電子書籍化記念SS 二人の時間は、淡い色の世界で
電子書籍配信記念SSです。
気合いを入れて作ったお弁当と、デザート。
意外にも甘いものがお好きなゼフィー様のために、甘いアイスティーも用意した。
最近は、父まで私に服を買ってくれるものだから、クローゼットに春が訪れたように色とりどりのワンピースやドレスが並んでいる。
でも、外に出かけるのなら、刺繍するのは外せないから、結局のところ毎日違う服を着ることはまだできていない。
「ゼフィー様!」
待ち合わせ場所に、30分以上早く着いたにもかかわらず、ゼフィー様は、すでにそこにいた。
私は、少しあわててしまって、走り寄ろうとしたとたん、石につまづいてバランスを崩す。
「きゃ!」
「リア!」
今日も当たり前のように、ゼフィー様は、魔法まで使って私に駆け寄って、抱き留めてくれる。
最近私が転んでいないのは、間違いなくゼフィー様のおかげだ。
……よかった。バスケットにつめてきた、お弁当と飲み物も無事だわ。
「ふぅ。目が離せないな」
けれど、この状況は……。
道行く人すべてが、私たちに視線を向けてから通り過ぎていく。
タンポポのような髪の色、その葉っぱのような瞳の私と、最高の芸術家が作り上げた氷の彫像みたいなゼフィー様。どう考えても、釣り合わない。
「――――刺繍されたワンピースだな」
「そうですね。これで、私たちの瞳の加護は、ずいぶん緩和され」
「……ということは、やはりリアの素の魅力が周囲の視線を」
「……!?」
おそらく、今までずっと、瞳の加護のせいで、周囲から怖がられていたせいなのだろう。
ゼフィー様は、自分の容姿に関する自己評価がとても低い。
そして、私が持っているらしい、瞳の加護に影響されていないはずなのに、私の容姿に関する評価がものすごく高い。
「あ、えっと。ゼフィー様のおすすめの場所まで、まだ遠いのですよね?」
「……ああ。あの山を越えた先だ」
「……あの山を」
見上げた山は、ずいぶん高い。
ピクニックと聞いていたから、動きやすいワンピースと、かかとの低い靴にしたけれど、もしかすると登山の準備をしてきた方がよかったのかもしれない。
「さ、ここからは」
フワリと抱き上げられ、地面から遠ざかる。
「え? ええ!?」
「さすがに、リアを歩かせるわけにはいかないから」
「――――無茶ですよ!!」
「……? いつも、フローリア隊長との訓練では、リアより重いものを担いで登っている。その時に見つけたんだ」
……お父様!? ゼフィー様になんて無茶な訓練を課しているのですか!!
「魔力を使ってはいけないという制約があるときは、少しばかり息が上がるが。フローリア隊長だって、これくらいは簡単にこなす」
少し、少しどころではなく、かなり、私は父のことを見直した。
私の重さなんて、まったく感じていないようにゼフィー様は、坂道を軽やかに上っていく。
それでも、登るたびに揺れるから、私は思わずゼフィー様にすがりつく。
「ほら、あと少しだ」
息を乱すこともないところを見ると、本当にゼフィー様にとっては造作もないことだったのだろう。
一体、普段どんな過酷な訓練をこなせば、こんな風になれるのかしら。
そして、それは驚くほど急に現れた。
淡いピンク色の花が、まるで雲みたいに咲いた大きな木。
急に開けた空。ピクニックをするのに、これ以上の場所なんてないほどの最高の空間。
「わあ……!!」
ゼフィー様がそっと降ろしてくれたから、思わず走り出そうとして、転んではいけないと、はやる気持ちを抑えて、その木にそっと近付く。
「なんてきれいなの……。刺繍したい!!」
私の頭の中は、どの刺繍糸を使えば、この美しさを表現できるかでいっぱいだった。
だから、気がついたときには、ゼフィー様の顔がすでに間近にあって……。
「刺繍はいいけれど、今は俺を見てほしいな」
「……っ! ご、ごめんなさ」
「リアが、喜んでくれて、うれしい。それに、リアと二人きりでいられるのも」
ゼフィー様が微笑んで、私の心臓が鷲づかみされてしまった瞬間、少し強い風が吹く。
舞い散る淡いピンク色の花びら、そして本当にその色によく似合う淡い水色の瞳。
このあまりにきれいな色合いが、一瞬でも見えなくなってしまうことを少しだけ惜しく思いながら、私はそっと目を閉じて、ゼフィー様と口づけした。
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