7.5 あの日の刺繍は彼女の手によるもので。
リアと過ごす時間は、まるで夢の中みたいだった。
足元にふわふわとしたクッションが敷き詰められてしまっているみたいに。
でも、今日はリアと行きたいところがある。
「今度は俺の番」
「はっ、はい!」
まだ、緊張しているらしいリア。
その服は、シンプルなワンピースだ。
たまたま、だろうけれど、俺の瞳の色を纏ったリアは、いつも以上に愛しく見えてしまう。
春風の訪れのような、リアの色合いには、春の空のような優しい水色がよく似合う。
氷みたいに冷たい俺が、こんなに見た目も中身も日向ぼっこの窓辺みたいに暖かい人とともにいても許されるのだろうか。
そんな思いを振り払おうと、侯爵家の馬車に乗り込むリアに手を差し伸べる。
少しのためらいをリアから感じる。
それでも、手を取って微笑んでくれるリアは今日も可愛い。
馬車で向かい合って、「え? 会話が続かない? 服とか得意なものとかを褒めたらどうですか?」と言っていた、部下のロードの言葉を思い出す。
婚約者がいるだけあって、その言葉はためになる。
意を決して、俺は口を開いた。
「そのワンピースの刺繍、素晴らしいね」
「えっ! お恥ずかしいです」
その瞬間、見つめてしまい怖がられたらと下を向いていた時に、いつも心を和ませてくれていた、フローリア伯爵家のテーブルクロスの刺繍がまぶたの裏に浮かんだ。
……同じ作者の刺繍? そして、微かにその刺繍から感じる魔力は。
「……まさか、自分で刺繍した?」
「はっ、はい」
リアが嬉しそうに頬を赤らめた。
こんなに嬉しそうな顔を見るのは、初めてかもしれない。
密かにロードに感謝する。
「まさか、いつかのお茶会のテーブルクロスに刺繍されていたミモザの花も」
「……ちゃんと、見ていてくれたんですね」
お茶会のたびに、テーブルクロスはいつも新しい刺繍が施されていた。
ある程度、領地の問題が片付いてからも、質素倹約を心がけているフローリア殿にしては、ずいぶん贅沢をしていると思っていたけれど……。
まさか、お茶会に合わせて、リアが刺繍をしてくれていたと言うのだろうか?
「ハンカチとか……」
そう、それなら普通の婚約者同士のように、ハンカチに刺繍して欲しいと……。
「えっ」
リアが驚いたように、その春に芽吹いた若葉みたいな瞳を見開いた。
しまった、口に出てしまっていた。
「あ、なんでも」
「あのっ、ハンカチに刺繍とかしたらお使いになりますか」
リアは気が付いていないのだろうけれど、その刺繍にはリアの魔力が込められている。
「是非!」
食い気味の返答をしてしまった。
誰かからの贈り物に、こんなに期待してしまったことなんて、子どもの頃から一度だってなかったのに。
「ふふっ。では、腕によりをかけますね!」
「……っ」
笑ったリアは、いつもと違って自信を表に出して、堂々と言い切った。
その瞬間、初めてリアに会った時みたいに、時間の流れが止まってしまったような錯覚に陥る。
そう、まるでもう一度、恋に落ちてしまったみたいだ。
「……? どうしたんですか。ゼフィー様?」
「なんでも、ない」
赤くなってしまったであろう頬を見られたくなくて、窓の外に目を向けた。
「刺繍は好きか?」
「ええ、とても」
「そうか……」
次の贈り物が決まった。
最高級のものを贈ろう。
早速、家に帰ったら手配しなくては。
沢山のリボンや刺繍糸が入った裁縫箱を開けた瞬間のリアの驚いた顔を想像して、俺は思わず口の端を上げた。
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