6.5 守護騎士は俺だけだから。
不思議な感覚だった。
リアがいつも買い物をしているらしい八百屋では、「お嬢様の婚約者? いい男だね! たくさん貢いでもらうんだよ」と、笑顔で話しかけられた。
肉屋の主人も「頼りになりそうな人じゃないか。良かったなぁ」と、リアと俺のことを祝福してくれる。
リアのそばにいると、俺を取り囲む冷たい冬のような空気が、明るい日差しの小春日和みたいに変わっていってしまう。
こんな風に暖かい環境にいつも彼女がいることに、思わず安心してしまって笑みがこぼれる。
そして、荷物を持つ俺をちらちらと申し訳なさそうに見ているリアは、今日も可愛い。
「なるほど」
「ゼフィー様?」
「これだけ見守られているのなら、安全なのかもしれないな」
久しぶりに笑ったことを、自分でも自覚している。
そんな驚いた顔をしないでほしい。
それとも、俺は笑顔すらやはり怖いだろうか……。
「影武者?」
唐突にリアが呟く。もしかして、市井ではやっているという小説の話だろうか。
「ははっ! なんだ、影武者って」
確かに、今までの俺だったら考えられない。
でも、全てがリアと居ると変わってしまうみたいで。
「あっ」
思わず口を両手でふさいだって、出てしまった言葉を隠せるわけではないのに。
「……失礼いたしました」
「いや、楽しいよ」
――――本当に。たぶん、今まで生きてきた中で、一番楽しい。
「もう、買い物は終わり?」
本当に楽しかったから、ずっとこうしていたいけれど。
「は、はい」
「じゃあ、今度は俺に付き合ってくれるかな?」
「え……?」
控えさせていた守護騎士のシークに合図を送る。
それにしても、俺にすら気配を感じさせない技術。相変わらずさすがとしか言いようがない。
「これ、フローリア伯爵家に届けておいて」
「はっ」
「隠密」
またしてもリアは、小説の中の言葉を口にする。
「何それ? ただの、護衛騎士だけど」
そう言いながらも、その言葉があまりにもシークに似合いすぎて、思わず笑ってしまう。
今度から、隠密騎士と呼んでみようか。どんな顔をするだろう。
「……そういえば、リアには護衛騎士がいないな」
まあ、もしもリアにいつも護衛騎士が付き従っていたりしたら、きっと嫉妬してしまって大変なことになるだろう。
「ええ、ご存知の通り貧乏伯爵家ですから」
「良かった」
だから、良かったというのは本心で。
子どもじみた自分に少し嫌気がさすけれど。
――――誰にも、渡したくない。もしも、婚約破棄されるのだとしても、許してくれるならずっと守りたい。
「……え?」
体が自然に動いてしまった。
取り返しがつかなくなる。もしも断られれば、彼女のそばから消えなくてはいけないだろう。
剣を捧げる。
だって、もうこの剣よりも命を懸けるべき、尊重すべき、神聖な存在を見つけてしまったから。
「私、ゼフィー・ランディルドは、リアスティア・フローリア様の剣として生涯仕えることを誓います」
「は……」
「ほら、早く剣で俺の肩を叩く!」
「はっ、はい!」
こんな風に、不意打ちのようにその立ち位置を得ようとする自分。
それでも、この場所を誰にもゆずりたくなくて。
俺の一方通行な想いだとしても。
守護騎士の誓いは、護衛騎士のそれとは違う。
生涯たった一人に、その剣を捧げる誓い。
この選択を後悔することは、きっと生涯ないだろう。
それだけは、確信できる。
肩を軽い力で叩かれる。
その瞬間に、確かに一生に一度だけの守護騎士の誓約魔法が発動したのを感じる。
――――絶対に守るから。
「これで、リアの守護騎士は俺だ。これから先、護衛騎士を持つことになっても、守護騎士の席は俺のものだから」
たぶん、状況なんて把握していないのだろう。
呆然としたまま、コクコクとうなずくだけの可愛らしい人を見つめて、俺は思わず微笑んでいた。
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