SS お弁当の約束と卵焼き。
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卵焼きをクルッと巻く。私の卵焼きは厚焼きだ。
そして、父の好みに合わせて甘い。
この卵焼きはお母様直伝の味だ。
ゼフィー様は、甘い卵焼きはお口に合うだろうか?
好き嫌いはなさそうだったし……。
その他にも、細々とおかずを詰めていく。
「それにしても、完全に残り物で作ったものばかりなのだけど……」
本当に、侯爵家のお方にこんな庶民的なお弁当を渡してもいいものなのだろうか?
それでも、ゼフィー様は、お弁当の材料を買いに行くと言ったら、仕事を少し抜け出してまで買い物についてきてくれた。
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時は、昨日に遡る。
今日もなぜかお弁当を忘れていった父のために、騎士団を訪れた。
父は、めずらしいことに不在で代わりにゼフィー様が対応してくれた。
お弁当をじっと見ているゼフィー様。これは、この間の約束について切り出す機会なのかもしれない。
「明日から、ゼフィー様の分のお弁当を作ろうと思うのですが」
もしかして、社交辞令でお弁当が食べたいと言っただけだったらどうしようかと思いながら、そんな言葉を切り出した。
「――――うれしい」
その瞬間、ゼフィー様が笑った。
最近、私の前では随分表情が豊かになってきたゼフィー様だけれど、今日の笑顔はまぶしいほどだった。そして、子どもみたいに無邪気だと思った。
そして、硬いものが落ちる音が、たくさん聞こえてくる。
周囲を見回すと、今まで訓練をしていた騎士たちのほとんどが、剣をとり落としてこちらを呆然と見ている。
そして、騒めく騎士団の訓練場。
何が起こったのだろうか?
いや、ゼフィー様のそばにいると、今まで経験したことの無かったことが起こる。気にしては負けなのだろう。
「……今から、材料を買い出しに行きますが、好きなものあります?」
「今から? ……俺も行く」
「えっ。仕事中じゃ」
「休みなく働いているから、少し休憩を取るように言われているんだ」
それならゆっくり休んだ方が良いだろうに。
でも、うれしくなって止めるのが遅くなってしまった。
その間に、素早くゼフィー様は短時間休憩のために外出する許可を得てきてしまう。
エスコートとは違う、力強く握られた温かくて大きな手。
もうすっかり慣れてしまったらしいゼフィー様に手を引かれて、いつものお店へと向かう。
八百屋の女将さんには「結婚するんだってね! お嬢様は幸せになると信じていたよ」と、泣かれた。そして、結婚祝いだとたくさんの野菜を頂いた。
肉屋のおじさんは「毎日、お弁当を作るって? いいプロポーズだなぁ。それにしても、婚約者様は、ずっとお嬢様のことばかり見つめてるな! 熱い熱い!」といって、ベーコンをおまけしてくれた。
でも、皆さん勘違いしていると思いますが、お熱いからではなく、視線を向けて皆さんに恐怖を与えないためのゼフィー様の配慮だと思いますよ? ……たぶんですけど。
「ふふっ」
「どうしたの、リア?」
「ゼフィー様が、こんなに庶民的な場所でお買い物しているなんて、騎士団の皆さんが知ったら、驚くでしょうね?」
「――――そうだな。一生いじられそうだ」
騎士団の皆さんにいじられるゼフィー様。
それは、微笑ましい光景に思える。
「ずっと、フローリア殿とロード以外には、遠巻きにされていたんだけどな。ああ、あと騎士団長は別か」
騎士団長と言えば、平民出身でありながら叙勲して騎士団長になったという方よね?
「そういえば、お父様はゼフィー様の瞳を見てもなんともなさそうですよね?」
魅了の瞳を持っていたという母と結婚しても、娘の私と居てもへっちゃらな様子で過ごす父。
もしかして、何かの加護を持っているのだろうか?
……周りの空気を和ませる加護とか?
「……まあ、勲章の数と、騎士としての強さは別問題だから」
「――――?」
その言い方だと、父が強い騎士みたいに聞こえてしまいますよ?
「俺でも、決闘を挑まれたら、勝てるかわからないな」
「ご冗談を……」
「フローリア殿が、決闘を挑んだのは1回だけらしいけど」
「え……?」
父が、誰かに決闘を挑むなんて、想像もつかない。
家でも、騎士団にお弁当を届けに行っても、のほほんと笑っている父が。
ゼフィー様は、少し笑って私のことを見つめた。
「――――君の母上を手に入れるために、王族に決闘を挑んだという話は有名だ。知らなかったの?」
「ふっ、不敬!」
「決闘は、それくらい神聖なものだ。そこに身分とか関係な……」
その瞬間、全身の血の気が引くのを感じた。
決闘って、そこまで神聖なものだったの……。
世間知らずな私は、過去の自分に平手打ちしてしまいたくなった。
そんな神聖な決闘で、無敗のゼフィー様に私は……。
「――――リア」
「私っ、あの節は大変なる失礼をっ……」
「加護の力で、決闘では負けたことがない。それが俺のことをずっと縛っていたから」
「え?」
ゼフィー様は、相変わらず優しく私のことを見つめていた。
どうして私は、この人のやさしさにずっと気がつくことができなかったのだろうか。
「無敗の騎士なんて言う呪縛を解いてくれてありがとう」
そう言ったゼフィー様の笑顔と言葉は本心で。
そして、たぶん半分が優しさなのだ。
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考え事をしていたら、卵焼きを少し焼きすぎてしまった。
「……どうせなら、完璧を目指したかったのだけれど」
そう思いながらも、ほんの少しこんがりとしてしまった卵焼きをお弁当箱に詰めていく。
食べ物を粗末にするのは、信条に反する。
少しくらいこんがりしていても、味は変わらないだろう。
刺繍をしたハンカチで、父とゼフィー様のお弁当箱を包む。
これから毎日、こうやってお弁当を作っていくのだから、少しだけ失敗した卵焼きだって、未来にはちょっとした笑い話にできるに違いない。
最後までご覧いただきありがとうございました。
誤字報告ありがとうございます。
ゼフィー様との約束を回収しました。
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