03 機嫌が悪い……あ、平常運転ですよね。
昨日の出来事は、やっぱり夢だったのかもしれない。だって、今日もゼフィー様は、目を合わせてくれない。
「どうしてここに」
機嫌が悪いことこの上ない、ゼフィー様。
いや、昨日の思い出が邪魔をしているだけで、たぶん、これこそが平常運転だろう。
そう、少しだけいろいろな表情を見たせいで、いつもの顔が機嫌悪いように見えてしまうだけ。
「――――ごめんなさい」
「……いや」
髪の毛をかき上げて、首を振るゼフィー様。
なんだか、困らせてしまったらしい。
それもそうだろう。
謝りたいと、勢い余って押しかけてしまったけれど、形だけの婚約者が、こんなところまで来たら困惑するよね。
私は突っ走って、昨日に続けて今日もまた、失敗してしまったらしい。
「……ロードとは」
「え?」
「さっきの騎士だ。……知り合いか?」
「え、初対面ですけど」
どうも、先ほどの騎士様はロード様というらしい。
どうして、知り合いだと思ったのだろうか。
長いため息が聞こえた。
「……だから、来てほしくなかったんだ」
そんなにはっきりというほど、来てほしくなかったのですね⁈
「あぅ。――――ごめんなさい。あの、すぐ帰りますから」
そもそも、ゼフィー様が、決闘で負けたことがないとしても、昨日のことは勝敗の数に入らないに違いない。
ゼフィー様にとっては、遊びのような……。
「……送っていく」
「――――迷惑、でしたよね。大丈夫。一人で来たんですから、一人で帰れますよ? 何回か父にお弁当を届けに来たこともありますし」
我がフローリア伯爵家は、本当に貧乏だ。
今日私が着ている服だって、お古を繕って直している。刺繍で誤魔化しているだけだ。
だから、父のお弁当も、毎日私が作っている。
「……いや、送らせてくれないか?」
「あ、あの。これ以上、ご迷惑かけたくないです」
ちょっと泣きそうだから、勘弁してほしい。
こんな風になってしまうから、早く婚約破棄してもらいたかったのに。
私の手を掴んで、ゼフィー様が私の瞳を覗き込んでくる。
……なんて、きれい。遠い北の端で、神聖な水が凍ったみたいなその瞳の色。
あまりに綺麗で、思わず目が離せなくなる。
溜まりかけていた涙も、いつの間にか引っ込んでしまった。
「――――残った仕事だけ、片づけてしまうから」
なぜか、ためらうように私の手を掴んだゼフィー様。連れて行かれた先は、ゼフィー様専用の部屋だった。
さすが、侯爵家次男。上司であっても、貧乏伯爵家の父とは待遇が違う。
「そこに座っていて」
「はい……」
机の上には、大量の書類が積み重ねられている。
緊張しながら見つめている間に、その山がすごい勢いで処理されていく。
……すごい。ゼフィー様は、本当に有能なのね。
侯爵家の力で騎士団に入ったなんて言う人もいるけれど、どうみても本人の実力だ。
一度だけ、父のお弁当を届けた時、遠目に見たゼフィー様は、次々と訓練の相手を打倒していた。
文武両道……。やっぱり私なんかじゃ、釣り合うはずもない。
そんな姿を見ながら、急速な眠気に襲われる。
そういえば、昨日のことが衝撃的すぎたから、一睡もできていなかった……。
あとから考えたら、自分の後頭部を叩きたくなったけど、私は思わずそこで眠り込んでしまったのだった。
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