23 俺だけを見ていて。
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鏡の前に立っている人は、まるで私ではないみたいだった。
結い上げられて、あえて残した髪の毛の束は、緩く巻かれて下がっている。
淡い水色のドレスは、氷みたいなゼフィー様の瞳の色。
――――やりすぎじゃ、ないですか?
「あの……」
「これくらいでいいのです」
まあ、マダムルーシーが言うのなら、そうなのかもしれないけれど。
「美しいですわ。まるで、ルナスティア様が目の前にいるみたいです」
「お母様が……」
「誰からも、愛される加護を持っていたルナスティア様は、社交界の薔薇と呼ばれていました」
「……そんなすごい人には、見えなかったのに」
幼い頃、父と笑いあっていた母はいつも幸せそうだった。
社交界の薔薇とか呼ばれているようには、見えなかった。
「屋敷の中で、自然に過ごすことが出来るのは、つまり幸せということです」
それなら、父はやっぱりすごい人なのだろう。
騎士の正装に身を包んだ父は、今日はいつもはつけない勲章をつけている。
「……あの、勲章持っていたんですね」
「ああ、この勲章は表に出さないつもりだったけど。リアに何かあったら困るから」
「……?」
私に何かあることと、その勲章は何か関係があるのでしょうか。
そして、その勲章……どこかで見たことがある気がします。
「その勲章……いつもつけていれば、爵位だけで隊長をしているなんて誰も言わないでしょうに」
「――――ああ、そうかもな。だけど、あの日、これのせいで彼女の元に駆け付けるのが遅れた」
そう、父は母の死に目に会えなかった。
しばらくの間、抜け殻みたいになった父は、それでも領地の復興のためにすぐにまた、騎士として働きながら私のことを育ててくれた。
私にとっては、初めての夜会。
その夜は、親族のエスコートを受けるのが習わしだ。
ゼフィー様とは会場で待ち合わせしている。
「さあ、行こうか」
「今日のお父様、とても素敵です」
「そう……? じゃあ、姫のエスコートを頑張らないとな」
お父様のエスコートは手慣れていた。
それはそうだろう。何度もお母様と夜会に出かけていたのだから。
あの日までは……。
「こうしていると、まるでルナスティアがそばにいるんじゃないかと、錯覚しそうだ」
「お母様と……? 私なんて薔薇ではなくてタンポポですよ」
「ふふ。でも、夜会に行ったら本当に一人にならないで。絶対に」
どうして、こんなにも念を押すのだろうか。
「たくさんの人に囲まれると思うから、すぐにランディルド卿と合流しよう」
「えっ、どうして」
「返事」
「……はい」
ゼフィー様は、馬車の手配までしてくれていた。
父とともに乗り心地の良い馬車に揺られて王宮へ行く。
そして夜会の会場に足を踏み入れる。
その瞬間、驚くべきことに幾多の視線が私に向いた。
「え……?」
「はぁ。だから、連れて来たくなかったんだ。でも、リアスティア……。ランディルド卿とともにいるなら、この視線も避けて通ることができない。気を抜かないでくれ」
「え……?」
たくさんの男性が私の元に集まってくる。
そして、口々にダンスに誘ってくる。
「――――お父様。初めて来た令嬢が珍しいのでしょうか」
「ルナスティアもそういうところがあったけど、違うから」
少し恐ろしくなって、父の腕に縋りつく。
その時、集まっていた人の輪が急に左右に分かれた。
「――――待っていた。俺のリア」
「――――ゼフィー様!」
「じゃ、頼んだから」
他の貴族たちにあいさつに行ってくると父は私から離れていく。
「フローリア殿の予想通りになったな……」
「え?」
「いや……。初めての夜会でともにダンスを踊る栄誉を与えて頂けますか?」
優しい笑顔のゼフィー様に、会場からため息が聞こえてくる。
きっと、この姿を見た人は、ゼフィー様が冷酷だなんて思わないだろう。
「ずっと、俺だけを見ていて」
「えっ……。ゼフィー様こそ」
「俺は、リアしか見れないし、見たくない」
そのまま、滑らかなリードで踊り出す。
ゼフィー様の瞳に、私だけが映っているように、私の瞳にもゼフィー様だけが映っているに違いない。
周りのざわめきが消えていく。
二人の時間は、穏やかなワルツの音楽とともに過ぎていった。
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