22 そばを離れたらいけない。
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あれから、何度かマダムルーシーが我が家を訪れた。
父に命を救われたというのは、本当の話だったらしい。
まさか、父がねぇ……。
家にいるぼんやりとした父からは想像もできない。
そう思っていたところ、あまりにだらしない父のボサボサの髪の毛をマダムルーシーが「こんなの赦せない!」と、ザクザクとはさみで切ったら、なぜかイケオジが完成した。
「お父様……どうして、いつも前髪を伸ばしていたのですか」
「ルナスティアが、顔を隠しておいて欲しいと言ったから」
……犯人は、亡きお母様でしたか。
お父様の瞳は、私と同じタンポポの葉みたいな色をしている。
知らなかった。父は美男子だったんですね?
垂れ目がちな瞳が優し気で、かまってあげたくなる。
今だって、とても私みたいな大きな娘がいるようには思えない。
「まあ、確かに自分は誰にでも愛されるけれど、あなたに近づく人間を阻むのには必死だったものね。ルナスティア様は」
「――――そうかな。俺は、いつも彼女がなぜ俺を選んでくれたか不思議に思っていたけど」
お母様はきっと、鈍感系の美男子が好きだったに違いない。
たしかに、カッコいい人はたくさんいるけれど、父を見ていると思わず守ってあげたくなる。
お母様もそうだったのだろう。
「さあ、今夜が本番よ! 腕によりをかけるわ」
「よっ、よろしくお願いします!」
マダムルーシーの店から帰った翌日。
フローリア伯爵家に侍女が来た。
侍女の名前は、ティア。
危うく、二ケタもの侍女を用意されそうになったけれど、それは丁重にお断りした。
「……ティア」
「ええ、私も腕によりをかけますから!」
それから、毎日磨き上げられて、今では肌も髪の毛もツヤツヤだ。
素晴らしい技術。私に使ってもらうのがもったいない。
「……いよいよ、社交界に行くのか」
「お父様?」
「――――絶対に、ランディルド卿か、俺のそばを離れてはいけないよ」
父が心配そうに私に語り掛ける。
まるで、それは初めてお使いに行く幼い子に語り掛けているようだ。
「さすがに、大丈夫だと思いますが」
たしかに、私は夜会に行ったことがない。
社交界にも顔を出したことがない。
「先日のこともある……。それに、おそらくランディルド卿の傍を離れたら、騒ぎが起こるから」
「えっ。そこまで信頼されてな……」
「違う」
父が首を振る。なんだか深刻そうだけれど、ゼフィー様にご迷惑をかけないようにおとなしくしようと決めているのだけど。
――――何をそんなに、心配しているのだろうか。
そのことは、慌ただしい準備の中で、すぐに私の脳裏から消えてしまった。
そして父の言ってたことの一端を知るのは、夜会の真っ最中のことだった。
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