20 少しだけその味はほろ苦くて。
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今現在、私はとても困惑している。
何だろうこの状況?
それに、どこに行ってしまったんだろう。ゼフィー様は。
「かわいいわぁ」
「こんないい子をあのゼフィーが連れてくるなんて」
ゼフィー様そっくりの、氷の色をした瞳を持つ貴婦人。ゼフィー様のお母様だ。
対して、プラチナブロンドに赤みがかったブドウみたいな瞳をしたお義姉さま。
どちらも、絶世の美女という呼び名がふさわしい。
そんな二人に囲まれて、次から次へとドレスを着替えさせられている。
「それにしても、刺繍の腕が素晴らしいわね……。というより、社交界で噂になっていた刺繍の乙女ってリアスティア様のことだったのね!」
――――刺繍の乙女。なんですかそれ。
「深窓の令嬢が心を込めて刺したという刺繍。手に入れるのが困難なほど人気なのに」
――――うわぁ。懇意にしていた商人のセールストーク!
そう言って、ゼフィー様のお義姉様が見せてくれた刺繍の入ったサシェは、確かに私の作品だった。
「……確かに私の作品ですが、商人が尾ひれをつけたのだと」
「まあぁ……。この刺繍を持っている人は、必ず愛する人と結ばれるという噂なの! 私の友人も、絶対に叶うはずのなかった恋を叶えたのよ」
……うわぁ。商人のカール様にはお世話になっていたけれど、なんだか大事になっていますね。
「――――たぶん、偶然か努力の結果叶ったのだと思います」
「……そうかしら? この刺繍から魔力を感じるのだけど」
「……え」
「そもそも、ゼフィーと一緒にいられること自体が」
「ミリア……それは」
小首を傾げる私と、気まずそうな様子のミリアお義姉様。
悲しそうに瞳を伏せた、ランディルド侯爵夫人。
「……なにか、あるんですか」
「……リアスティア様は、ゼフィーの瞳を見てどう思う?」
その質問、もう何度目だろうか。隠密騎士のシーク様からも、ゼフィー様からも同じような質問を……。
私は、椅子から勢いよく立ち上がった。
あんなに、私の傍から離れないゼフィー様が、実家に帰ったのにこの場所にいない違和感は。
――――ゼフィー様!
その場所に辿り着けたのは、運が良かったのかもしれない。
それとも……どこかで。
「ゼフィー様!」
「……え? リア、もう話は終わったの? あの二人がそんなにすぐ離すとは思えないけど」
「私……ゼフィー様と、ここで会ったことがありますよね?」
「リア……?」
確かにこの場所で、ゼフィー様と会ったことがある。
その時ゼフィー様はなんていったのだろうか。
『俺の瞳見て、怖くないの?』
怖くなんてないですよ。
ただ、嫌われていたらと思うと不安になってしまうだけで。
「私は、怖くなんてない! 大好きです。その瞳が、私を見つめる優しさが」
「……リア。何か聞いたの」
私は勢いよく首を振る。ただ、幼い頃のことを思い出しただけで。
「――――好きです。ゼフィー様」
「……リアのこと、これ以上離せなくなるの、困る。自由にしてあげることもできなくなりそうだから……。これ以上、依存させないで」
その瞳を見た人は、ゼフィー様のことを全員冷酷だといった。
その答えが今ならわかる。
「その瞳……加護がかかっていたんですか」
「加護っていうのかな……」
たぶん、誰もがその瞳を見てゼフィー様のことを誤解する。
ゼフィー様の優しさを知っている家族ですら、恐怖を感じてしまうほど。
「――――リアだけだ。俺のことを真っすぐ見てくれたのは」
「もう、大丈夫ですから」
「リア……こんな理由で婚約を無理に進めたなんて、俺のこと」
「好きです……。婚約なんてする前から、ずっと見ていたんです」
「え……」
私は、ゼフィー様のことを強く強く抱きしめた。
その瞳に見つめて欲しいと思っていた。
私だけを見て欲しいって。
ゼフィー様が、私のことを婚約者に選んでくれた理由が、私のことを好きだからではないのだとしても。
少なくとも私は、ゼフィー様のことが好きだから。
「好きです……。もっと、私のことを見てください」
ゼフィー様の氷みたいな瞳に、私の姿が映る。
そして、少しずつその瞳が近づいて、私は初めての口づけをした。
少しだけ、その口づけはほろ苦かった。
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