02 無敗神話に傷をつけてしまいました。
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意味なく空になったコップの氷をカラカラと鳴らす。ため息を一つついて、昨日の出来事をもう一度脳内で整理してみる。
昨日のあれは、一体何だったんだろう。
困ったことに、一晩経っても、理解が追い付かないままだ。
「で、結局婚約破棄できなかったわけ」
赤い髪の毛の友人ヘレナは、そう言って他人事のようにケラケラと笑った。
確かに、他人事だろうけど……。そんなに笑わなくても良いのに。
ひとしきり笑った後、ヘレナは真面目な顔でずいっと私に顔を近づける。
「もう、侯爵家の次男で若き騎士様なんて婚約者として最高じゃない。難しいことなんて考えないで奥さんになってしまったらいいじゃない」
その言葉に、タンポポみたいな髪の毛を揺らして私は首をぶんぶんと横に振る。
「そんな簡単な話じゃないの……!」
だって、ゼフィー様は、しばらくの間、婚約者でいて欲しいといった。何か理由があるに違いない。
それに、どう考えても、ゼフィー様に私が選ばれるかもと考えるのは、図々しいと思うもの。
「いやぁ。騎士の中でも、最高に強いという噂の冷酷騎士様に決闘を挑む貴族令嬢なんて、あとにも先にもリアスティアくらいしかいないでしょうね?」
「……もう忘れさせて」
「そういえば、ゼフィー様って幾多の決闘を受けて無敗なんじゃなかった?」
「……え⁈」
背中に冷たい汗が流れていく。
昨日の勝負は、ゼフィー様が譲らなくて、私の勝ちという形になってしまった。
ゼフィー様の無敗神話に、傷をつけてしまった⁈
剣なんて、ほとんど触ったこともない、ど素人の私が⁈
「どうしよう。わ、私っ。ゼフィー様に謝ってくる!」
「あっ、ちょっと待っ」
ヘレナが止めようとする声を後ろに聞きながら、私は走り出した。
そんな私の姿をしばらく眺めた後に、ヘレナが呟くのも聞かないまま。
「突っ走ってしまう性格は変わらないわねぇ……。面白くなりそうだけど」
赤毛の友人は、ため息交じりに苦笑した。
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日頃の運動不足を軽く呪いながら、走り続ける。
ゼフィー様は、騎士団にいるはずだ。
私の父と一緒に訓練をしているはず。
父は、一応、ゼフィー様の上司に当たるが、近いうちに立場が逆転するのは間違いない。
「お、リアスティアちゃん。走ったりしてどうしたんだ? フローリア隊長に用事か?」
「緊急の用があるんです!」
「そうか、転ばないようにな」
「ありがとうございます!」
騎士団の訓練場は、よく父にお弁当を届けにくるから、顔パスで通してもらえた。今日ばかりは、そのことに、感謝を捧げる。
「お父様!」
「おぉ、リアか。どうした? 婚約者様の雄姿でも……」
「そう! とにかくゼフィー様にお会いしたいの」
「そうか。フローリア伯爵家の未来は、お前にかかっている。がんばれよ!」
のほほんと父はゼフィー様がいる、訓練場の場所を指差した。
未来はお前にかかっているじゃない!
世の中には、身の丈に合った幸せというものがあるんだから!
私は、息が切れるのも構わずに、全速力でダッシュする。
すると、急に目の前に現れた一人の騎士とぶつかってしまった。
「いたた……」
「申し訳ない。ご無事ですか? 可愛らしいご令嬢」
「かっ、かわいらしい?」
あ、社交辞令だわ。私は、自分の思い上がりに頬を染める。恥ずかしい。
「――――ありがとうございます」
「本当にかわいらしいですね。まるで、タンポポのように愛らしい。誰の娘さん、いや妹さんかな?」
「あの、ゼフィー様がこちらにいらっしゃると伺ったのですが」
「えっ。ランディルド卿?」
「は、はい」
その時、明らかに騎士の顔色が悪くなっていくのを見た。
騎士の視線は、私ではなく私の後ろを見ている。
不思議に思いながら、私は振り返る。
そこには、ブリザードが吹き荒れているのではないかと錯覚するくらい、冷たい瞳をしたゼフィー様が立っていた。
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