17 プロは違います。
ほんの数十秒、見つめあっていただけなのに。
そういえば、家族以外の人と、こんなに長い間、見つめ合ったのは生まれて初めてかもしれない。
ゼフィー様が、先に私から目を逸らした。耳元が赤い。私の頬も真っ赤に染まっているだろう。
いつの間にか、視界の端にいた父は、いなくなっていた。
「……離せなくなる。ごめんね、リア」
「どうして、そういう話になったんですか?」
「リアは、俺の……。いや、予約の時間になってしまう。行こうか?」
何かの感情を、無理に押し殺したように、ゼフィー様が、私に笑いかける。それでも、その瞳は、さっきみたいに泣きそうではない。
今日も、馬車の中ではゼフィー様は、言葉が少なかった。でも、時々目が合えば、優しく微笑んでくれるから、ほんの少しも息苦しさを感じることはなかった。
「さあ、行こうか」
「えっ。こ、ここで作るんですか⁈」
ドレスを作るために、ゼフィー様が連れてきてくれたのは、王族も御用達というマダム・ルーシーの店だった。
予約も通常なら、半年から数年待ちという噂の店。どうやって、予約を取ったのだろうか。
「あの、私なんかが」
言いかけた言葉は、長い人差し指に押さえられて、そこで止められてしまった。
「そんなこと言わないで。リアは魅力的だから」
店の中にエスコートされて入っていく。
そこは、まるで別世界だった。
自分でもなかなかの裁縫と刺繍の腕だと思っていたのが、独りよがりだった事に気付かされる。
こんなに素敵なデザインや刺繍を見ることができるだけでも、本当に価値がある。
「いらっしゃいませ。ランディルド卿、お久しぶりです」
妖艶な美女が、出迎えてくれる。
「こちらのお嬢様が、婚約者様ですか?」
品定めされるような視線。
やっぱり私なんかには、ドレスを作りたくないと断られたらどうしよう。
「……ランディルド卿には、失望致しましたわ」
「あ……」
やっぱり私なんかを連れてきたから。
「どういうことだ、マダムルーシー?」
「本当に、もう少し気がきくと思っていましたのに」
マダムルーシーは、扇子で口元を隠す。
その間も、私から、視線が外されることはない。
「ドレスというのは、一人では着られないものです。しかも、こんなに装飾品の多いドレス……。贈られた方の困惑が目に見えるようですわ」
たしかに、このドレスを着るのはとても大変だった。特に背中にあるリボンなんて、どうやって結べば良いのか。
「こちらにいらして」
「は、はい」
店の奥に案内される。そこには大きなドレッサーがあり、従業員の女性たちが控えていた。
「このドレスも、私が作ったものです。たしかにお嬢様には、お似合いになると思います。でも」
私は、あっという間に五人に囲まれた。
そして、抵抗する暇もないままにドレスを剥ぎ取られる。
「コルセットの位置が、少し下過ぎます。これではせっかくのボリュームが活かせませんわ」
そうして、締め直されれば、たしかに苦しいけれど、それに見合うスタイルが作り上げられる。
「すごい」
「元々のスタイルが良いからですわ」
そのまま、もう一度ドレスを着れば、さっきまでのシルエットと全く違う。背中のあれだけ苦戦したリボンも、綺麗に結んでもらえて、ホッとした。
そして、自己流で頑張った化粧も落とされて、目元を強調するようにアイラインが引かれる。一方、口紅の色は艶を出すだけで、ごく控えめだ。
「瞳が美しいのですが、優しい色のせいでぼやけてしまうのです。色を足すより、はっきりとラインを引いて際立たせる方が良いと思います」
黄色味が強い髪の毛は、あまり挑戦したことのないアップヘアにまとめられた。
「別人」
「おしゃれした姿こそが、女性の本当の姿です」
……なるほど。マダムルーシーの言葉には、どこか重みがある。
「さ、ランディルド卿に見せて差し上げて」
ゼフィー様は、その美しい氷色の瞳を見開いた。
そして、なぜか口元を押さえたまま、「完敗だ」と呟いた。
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