15 たぶん俺の方がずっと。
玄関に駆け出していくと、ゼフィー様がこちらに目を向けた。
相変わらず、氷のような瞳は冷たく感じるのに、うれしそうに細められただけで、どうしてこんなに印象が変わるのだろう。
私の頬は逆にどんどん熱くなっていく。
いつもの靴よりも、今日の靴はヒールが高くて走りにくい。
でも、早くそばに行きたい。
でも、やっぱりこの高さで走ろうというのは、無理があったらしい。
私は、バランスを崩してしまった。
「――――きゃっ」
でも、いつまで経っても衝撃は訪れない。
その代り、まるで鳥かごの中に囚われてしまったみたいに、優しく抱きしめられた。
「……結構距離があったのに」
「少し、魔力を使えばこれくらいの距離はすぐにたどり着ける」
こんなことに、魔法を使うとか魔力の無駄遣いではないでしょうか。
でも、会えたら一番初めに言いたかったことは、こんな可愛くない台詞ではない。
「――――会いたかったです」
「っ……リア、たぶん俺の方がずっと会いたかったよ」
私のことを抱きしめる力が強まった。
「騎士団の訓練場に来ていたんだって……?」
「あ、そうです。父がお弁当を忘れて」
「……なるほどね? そうだ、クッキー美味しかったよ」
「そうですか。良かったです」
抱きしめられたまま、時間が過ぎていく。
会いたかった、と言ってもらえてうれしい。
でも、そろそろ羞恥心の方が勝ってきました。
恥ずかしくてモゾモゾと動いているのに気がついたのか、ゼフィー様が腕を緩めてくれる。
「俺も、リアの作ったお弁当が食べたい」
「え?」
「シークとロードからリアの様子を聞くたびに、胸が苦しくなる。フローリア殿が持ってくる、リアのお弁当が羨ましくて仕方がない」
「え? 私の作ったお弁当なんかより」
「リアの作ったお弁当が食べたい。毎日」
父に毎日作っているから、二個作るのは全く構いませんが……。残り物が入っている庶民弁当で、侯爵家の次男様が召し上がるような、豪華なお弁当ではないですよ?
「リアの作った卵焼きが、いかにおいしいか、フローリア殿が毎日自慢してくるんだ」
……父はいったい何をしているのだろう。
そして、ゼフィー様もそれで私のお弁当が食べたいとか子どもみたいです。かわいいです。
「……ふふっ。わかりました。じゃあ、ゼフィー様が飽きるまでは、届けてあげますね?」
「リアの作ったお弁当に飽きるなんて、たぶん一生ないけど……いいの?」
「仮にそうなら、喜んで一生……」
お弁当を作るのは、嫌いではない。そう思って答えただけなのに、なぜか、ゼフィー様が私を見るその瞳が急に熱を帯びた気がした。
「じゃあ、俺に一生お弁当を作って持たせて」
なんだか、結婚を申し込まれているのではないかと錯覚してしまった。
父がお弁当の自慢なんてするから、可笑しな勘違いをしてしまいそうだ。
「……ゼフィー様が、飽きるまでです」
「ああ、それはきっと一生飽きないよ。だって俺は……」
力を緩めていても、温度を確かめるみたいに、私のことを抱きしめていた腕から解放される。
なぜかゼフィー様はその言葉の続きは言わなかった。
そして、その言葉の代りみたいに、少し赤くなった目元を細めて私に笑いかけた。
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