12 隠密騎士とお買い物。
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その日から、どこに行くにも必ず誰かがついてくるようになった。まあ、誘拐されたのだ、当然といえば当然なのかもしれない。
今日一緒に行ってくれるのは、あの黒い髪に黒い騎士服を着ていた「隠密騎士様……」だった。
「なんでしょうか。隠密とは」
首を傾げると、珍しい黒髪がサラサラと揺れる。
「失礼しました。まるで、ゼフィー様に、影のようにしたがっていらしたので」
「……そうですか。これからは、リアステア様の安全をお守りいたします。影のように従いますので、御覚悟ください?」
「まあ、うふふ! ご冗談を」
「……我が主から、厳命を受けていますので」
隠密騎士のシーク様は、意外なことに気さくな印象の話しやすい人だった。ゼフィー様ともこうやってコミュニケーションをとっているのだろう。
私も見習いたい。
シーク様の瞳は、髪の毛と同じ黒に見えるけれど、光が当たると青く輝き深い瑠璃色をしていることが分かる。
綺麗な瞳をじっと見つめてしまった後、父からの言いつけを思い出して、慌てて目を逸らす。
あまりにシーク様が、自然体だから、男性と二人きりなのに、つい目を合わせてしまった。
「シーク様は、ゼフィー様についていなくていいのですか?」
「リアスティア様をお守りするように厳命されております。それに、我が主は、とても強いので、俺がいなくても大丈夫ですよ」
私が呼ぶと、どこからともなく現れるシーク様は、本当に隠密騎士と呼ぶのがふさわしい。
タンポポのような地味で平和な生活を送っている私につくなんて不満だろうに……。フォローまで、完璧だ。
なんだか才能の無駄遣いをさせているようで、申し訳なくなってくる。
最近は、フローリア伯爵領もようやく過去の痛手から回復しつつある。
余裕の出てきた父は、先日ようやく私がお古のドレスを自分でお直ししていたことに気がついた。
「流石に、リアの服を買ってあげるくらいは、お給料もらっていたのに。渡していたお小遣いは、どうしたの?」
「刺繍糸になりました」
そのお金で買った刺繍糸と布で、ゼフィー様のために、ひたすらテーブルクロスに刺繍していたのは、私だけの秘密だ。
「うちの娘が、健気すぎる!」
泣きながら新しいドレスを買ってくれようとしたけれど、すでに我が家にもシンプルなドレスが何着も届いているのでお断りした。
ゼフィー様から送られてきたドレスは、そのどれもが淡いきれいな色合いで、私のクローゼットに、春が来たみたいになっている。
そんなドレスは、クローゼットの中にしまい込んで、今朝も私は、いつものワンピースに袖を通した。
「そういえば、贈ったドレスを着てもらえないと、我が主が嘆いておられましたよ」
「え? だって、今度ゼフィー様にお会いするときに袖を通すのだもの」
「えっ? なんですかそれ。驚くほどかわいいですね」
「……お世辞が上手です」
隠密騎士シーク様は、お世辞を言うのが上手だ。
なぜか、私の貴族令嬢としては失格だろう、少しずれた言動まで、いちいち褒めてくれる。
分かっている。ゼフィー様は、自分に会う時に着るようにとは言わなかった。
普段から使うと思って、ドレスを買ってくれたに違いない。
「お世辞ではないですが……。それでも、我が主が誰かに関心を持つなんて、初めは驚きましたが、今は理解できる気がします」
微笑むシーク様は、優しげだ。
でも、この人は冷酷騎士と呼ばれるゼフィー様に仕えている隠密騎士。
この姿は、仮初のものに違いないと勝手に想像している。
月の出ない夜に、屋根から屋根に飛び移りながら、隠密活動をするシーク様。胸が高鳴る。
「……シーク様は、騎士団の方ではないのですか? なぜ、ゼフィー様のことを我が主と呼ばれるのですか?」
「俺は、ゼフィー様の守護騎士ですから。それに、侯爵家に直接雇われていますので、騎士団の人間ではありませんよ」
「守護騎士」
途端に、頬が燃え上がるように熱を持つ。
剣を渡されたあの瞬間、命令するような声に逆らえずに思わず肩を剣の背で叩いてしまった。
貧乏伯爵家の令嬢が、侯爵家の次男を守護騎士にするなんて、あってはいけないことだ。
それでも、あの時の瞳は真剣で冗談だなんて思えなかった。
人生に一人だけ持つことを許される、守護騎士。
その誓いは、誓約魔法に守られて、誰にも冒すことができない。
つまり、婚約破棄をしたところで、ゼフィー様は私の守護騎士でい続けるのだ。
……死が二人を別つまで。
「あれ?」
……なんだか、婚約よりもずっと大ごとのような気がするのは、気のせいだろうか?
「まあ、守護騎士の守護騎士って事は、最終的にはリアスティア様の事を俺がお守りするって事ですね」
「え? ゼフィー様を守ってくださいよ」
「我が主は、自分の身は自分で守れますよ。それより、あなたを失った時の暴走が恐ろしい」
「……そう簡単に死ぬ気はないのですけど」
少しだけ、シーク様がため息をついた気がした。気のせいだと思いたい。
「――――ところで、リアスティア様は、あの瞳を見てもなんとも思わないのですか?」
シーク様が、何気ない一言であるようにその言葉を放った。
あの瞳、と言われれば、氷のように美しく相手を凍り付かせるようなあの瞳しかないだろう。
「……ゼフィー様に見られるたびに、嫌われているのだと感じました。いや、むしろほとんど目を合わせてもらえなかったので……」
「――――っ、嫌われている? 恐ろしいと思うのではなく?」
少し大袈裟な、シーク様の反応。たしかにゼフィー様の瞳の色は、冷たくて綺麗だけれど。
「嫌われていることを思い知るのは怖かったですね。でも、なぜか今は、ただ美しいとしか思いません。」
「……そうですか。それでは、ますますリアスティア様のことを全力でお守りしなくてはいけませんね」
シーク様は、そう言って私に微笑みかけると「ああ、少し話しすぎました。あとで我が主に怒られてしまいます」と言って、口をつぐんだ。
私は、どうして急にゼフィー様の瞳の話になったのかと、首を傾げながらも、特売の野菜を選ぶのに真剣になってしまい、そのことはすぐに頭から抜け落ちていった。
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そして、後日。大きな箱が、我が家に届いた。
『今度会う時には、このドレスを着るように。この前贈ったドレスは、普段からちゃんと着てほしい」
そんなメッセージカードが添えられて、随分豪華なドレスが贈られてきた。隠密騎士は、主にすべての情報を流しているらしい。
装飾が多くて、繊細なシルエットの豪華なドレス。どんなご令嬢だって、胸が躍るに違いない。
ただし、これを一人で着るのは、少しばかり難しいのだけれど……。
我が家には侍女がいないので。
そう思いながらも、何とか頑張って着て行こう、せっかく頂いたドレスも普段から着よう、と心に決める私は、心が浮き立っていた。
やっぱり単純なのかもしれない。
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