11 立場が逆だと思うのです。
どのくらい、そうしていたのだろう。
ゼフィー様の体は、無理な魔法を使ったせいか、氷のように冷たかった。
私は、その体を温めたくて、ますます強く抱きついた。それと同時に、破れてしまった服から覗く、肩口の傷にハンカチを当ててぎゅっと上から押さえる。
「ゼフィー様」
「……」
私に抱きしめられたまま、ゼフィー様は、動かない上に返事もしない。まるで、もとのゼフィー様に戻ってしまったみたいだ。
それでも、私は、今までみたいに諦めて、うつむいてしまおうとは、思えなかった。
「ゼフィー様、助けに来てくださって、ありがとうございます」
「――――っ。当たり前だ」
ゼフィー様が、私の肩口に、すがりつく子どもみたいに押し当てていた額を、ようやく離して私のことを見つめた。
「……すまない。幸せに、平和そうに笑っていたリアを見ているだけで、満足するべきだったのに」
「ゼフィー様……?」
ゼフィー様が、私のことを見ていた?
私が目を合わせても、あんなに冷たく無表情で一瞥するだけだったのに。すぐに、目を逸らしてしまっていたのに。
「俺のことを恨んでる人間なんて、星の数ほどいると分かっていたのに」
ゼフィー様は、戦場で数々の武功を立てている。そして、騎士団でも期待の星で、侯爵家次男として貴族の間での発言力も強い。
ランディルド家は、次男でありながら、ゼフィー様が継ぐという噂もあるくらいだ。
そんな世界に身を置くゼフィー様からすれば、私みたいな、同じ騎士でもうだつの上がらない父を持ち、借金だらけの伯爵家令嬢の生活なんて平和そのものに見えるだろう。
そして、私とゼフィー様の生活は、きっとそう言う意味でも全く違う。
「……リアからの、婚約破棄を受け入れるよ」
「え?」
おかしなことに、私がゼフィー様に対して婚約破棄するみたいに聞こえましたが?
……まさかね?
「リア、侯爵家からの申し出を断れないことを分かっていながら、無理に婚約を迫って申し訳ないことをした。君からの婚約破棄を受け入れる。それに、慰謝料もフローリア伯爵家が立て直すことができるだけ支払うことを約束しよう」
「へ?」
何を言っているのだろう。ゼフィー様の言っていることが、いまいち理解できない。
どうして、選ぶ側の人間のはずのゼフィー様が、私に捨てられるみたいな話になっているのだろうか。
どうして、婚約破棄される側の人間が、慰謝料を払うと言う話になるのだろうか。
世間一般の誰もが首を傾げるようなことを言っていながら、ゼフィー様は、そのことに気がついていないようだ。
「あの……」
たしかに、慰謝料を払ってもらえば、フローリア伯爵家は救われる。ほんの数日前の私だったら、頷いただろうか。いや、逆に怖がったかも。
だけど、それよりも、私には、まだゼフィー様に伝えていないことがあった。
「ゼフィー様? 私、まだ何もお礼できていません」
「え?」
「ドレス、本当はとても嬉しかったんです。こんなに良くしてもらえる理由が分からなくて、釣り合いが取れていないと思われてるみたいで不安だっただけで」
「……」
ゼフィー様は、返事ができないみたいだった。もしかしたら、お茶会の席でも、ただ今みたいに返事ができずにいただけなのだろうか。
返事がないことも、冷たい瞳の色も、ゼフィー様と私を取り巻くものは、何一つ変わっていないのに、もうその態度や瞳に凍らされるように錯覚することはない。
「私、ハンカチを贈ります。受け取ってくれますか?」
「ああ、楽しみにしている」
冷たい氷の色をしたその瞳は、少しだけ揺らいで私のことを見つめていた。
最後までご覧いただきありがとうございました。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。




