誓い
「そこの負け犬腰巾着! お前はまだ戦うのか?」
パトリシアが馬上から、地に伏せるタライトンを見下ろしながら言うと、
「タライトン中尉、頼みがある」
ルイスが口を開く。
「なんでしょう? 逃げろは聞きませんよ?」
ルイスの眼をしっかり見つめながら、タライトンが言うのを、
「ちぇ、じゃあ俺が負けたら俺を連れて逃げてくれよ」
と返したルイスに、
「ふん! 私が殺すから逃げれんぞ。だがそこで負け犬は見ているだけで手を出さないなら、お前は殺さないでやろう。ディトロナクスの死を広めるのに役に立つ」
「こう言ってるんだし、見ててくれや。あとこいつの言うとおり、もし俺が死んだら俺の死を国に伝えて貰わないとダメだしな」
「本意ではありませんが引き受けました」
「てな事でやろうかねぇ、パトリシアちゃん」
「ふざけよってからに!」
「さて、では開始でいいか?」
「いや、馬から下りてやろう。このままやるとまた馬を狙うだろう? 卑怯者だからな」
「敵の機動力を奪うのは当然だと思うが?」
「それを当然と言うあたりが卑怯者なのだ!」
「まあ卑怯者と呼ばれても俺は困らないがな」
「正々堂々、剣で勝負だ」
「前にも言ったが、俺の武器は斧なんだけど?」
「最後に剣を使っただろうがっ! しかもかなりの腕だっただろうっ!」
「速いだけしか取り柄がねぇんだけど」
「剣の速度は一番重要な事だろうがっ! ええいつべこべ言わずに剣を抜けっ!」
「へいへい、しゃーねーなぁ」
「ふざけた物言いしやがってぇ! 死ねえっ!」
斬りかかったパトリシアの剣を、
「死ぬかよっ!」
そう言って、紙一重で避けるルイス。
だが、振り抜いたはずのパトリシアの剣が、ルイスの喉を目掛けて戻ってくる。
「危なっ!」
と声を漏らしたルイスに、
「ちっ! もう少しで首に我が剣を突き刺してやったものを!」
と歯噛みするパトリシア。
「遠慮しとく」
そう言って再び振われたパトリシアの剣を、なんとか避けたルイスだったが、
「ぬかせっ!」
パトリシアのショルダーチャージを胸部に喰らったルイスが吹き飛ぶ。
地面仰向けで倒れるルイスの首元に剣を突きつけて、
「負けを認めて首を差し出せ!」
そう言って、勝ちを確信した顔のパトリシア。
ルイスは地面の土を握りしめて、笑みを浮かべるパトリシアの顔面に投げつける。
「くっ、卑怯なっ!」
「だから卑怯とか知るかよって話だ」
「勝てば何しても良いと言うのかっ!」
「そのとおり!」
パトリシアの膝を蹴ったルイス。
パトリシアが今度は仰向けに倒れており、その首元に剣を突きつけたルイス。
その顔には一寸の油断も無い。
「また負けたのか私は……」
「おしかったな、今回は流石に死ぬかと思ったわ。また俺のところに来て雪辱をとか言うのか? もうごめん被りたいがな」
「私に三度目は無いのさ……王家の決まりで、二度目の負けは完全なる敗北と見做されるから、王族として生き長らえることは許されんのだよ……子供、産んでみたかったな……さらばだディトロナクス!」
パトリシアはそう言って、隠し持っていた小さなナイフを取り出すと、自分の首に突き立てた。
血飛沫が舞い、パトリシアが口から血を吐く。
ルイスはそれを呆然と見つめる事しか出来なかった。
「こんなに若い女が自らの命を絶たねばならない決まりだと……アズマッシュ王家は滅ぶべきだ」
パロウを名乗り、将軍として生きてきたパトリシアの遺体を見下ろし、ルイスは小さく、だが硬い意志でそう言った。




