撤退を決断する
ここも一話の範囲です
その頃、パロウから距離を取ったディトロナクス少佐本人はというと、崖の上から少し離れた所で、部下達からの報告を聞きながら、指示を出していた。
崖下に迫ったアズマッシュ国軍に向け石が落とされだし、弓矢による攻撃がはじまったようだ。
崖の下から響く悲鳴が、ディトロナクス少佐のところにまで聞こえてきた。
その直後、
「敵の大半が罠にかかりましたが、敵将パロウは罠地帯を抜けましたぁ!」
その報告を聞き、ディトロナクス少佐は、
「マズイッ! 撤退しろっ!」
と、即座に命令する。
もう用意した兵器も作戦も、この場に無いからだ。
敵将パロウは一騎当千と呼ばれるような猛者であり、数々の武勇伝を誇るし普通の戦闘で勝てる見込みは少ない。
以前ルイスがやった戦法は、初見だからこそパロウに通用したと言ってもよい。
同じ事は通用しないだろう。
「ディトロナクス少佐は?」
この部隊の副官であるオワード大尉が、ディトロナクス少佐に聞くと、
「俺が一緒に逃げたら、パロウが追いかけてくるから、兵士が逃げられないかもしれないだろうが! アイツ、一度俺に負けたのを根に持ってやがるからなぁ。俺は別方向に移動してパロウを誘導するから、お前たちは砦に逃げ込めっ!」
そう言ったディトロナクス少佐に、オワード大尉が、
「多少なりとも護衛を!」
と提案するのだが、
「護衛って、パロウと追いかけっこ勝負とか、半分死にに行くようなもんに、仲間の命をかけられる訳ねぇだろうがっ!」
「しかしっ!」
「しかしもカカシもねぇ! 行けっ!」
ディトロナクス少佐がキツく命令すると、渋々了承したのか、オワード大尉が、
「御武運を!」
と、敬礼してから部隊を率いて砦に向かって去っていく。
ルイスは部隊が去っていくのに、未だ動かないベガに向かって、
「ベガッ! 砦に置いてきた兵器の使用の指揮を! 俺以外ではウィンストン閣下とお前にしか使い方教えてないんだ。上手く使えっ!」
と命じる。
「それでは閣下の護衛がっ!」
「俺より国だ! もっと言えばサラだ! お前にはサラの護衛を頼む! 俺はなんとか逃げるさ」
ベガに、自分よりも妻のサラを守れと命じたのだ。
「本当に逃げて下さいよ! 死んだなんて報告は聞きませんからね!」
ベガがルイスに敬礼する。
「中尉もベガと一緒に逃げろ!」
ルイスはタライトン中尉にも撤退するよう命じたが、
「いえそれは!」
と拒否しようとしたタライトン中尉に、
「上官の命令だっ!」
キツく睨んでルイスが声を上げる。
「くっ、承知しました」
納得いかない表情だが、タライトン中尉が敬礼する。
その後、部隊が走り去る方向とは正反対の方向に馬を走らせるルイス。
「ふぅ。パロウのやつは何で俺なんかを、そんなに狙うのかねぇ……ちょっと凹ましてやっただけなのに。ほんと、ツイてないなぁ」
ルイスの呟きに、
「パロウに唯一の黒星をつけたのが、『赤い斧』だからでしょう?」
そう言った人物が居た。
誰も居ないはずなのにだ。
ルイスはその声に聞き覚えがあった。
というか、さっき別れたばかりの人物だ。




