遺恨
デザトリス宰相が、自宅の公爵邸に戻り、執務室で一息ついた時、
「閣下、ミューラー子爵から泣き言の手紙がまた届いております」
と、デザトリス公爵邸の家宰が、一通の手紙を渡してくる。
「またか! ええぃ、鬱陶しい! あの無能めが! もっと上手くやれば良いのに、魔物大戦の模倣品とか、馬鹿にもほどがある! ウィンストンとディトロナクスの一強になりつつ有るから、それを封じるための布石になるならと、ミューラーのディトロナクス攻撃を黙認してやったのに、コレではさらに力を付けさせただけではないか! しかも今日、ディトロナクスが謁見のおりに、ワシの方をチラリと見て笑いよったのだぞ! アレはワシに対しての脅しかもしれん!」
ルイス本人はそんなつもりは無いが、デザトリス公爵にはそう見えたのだろう。
心にやましいことが有ると、そう見えても仕方がない。
「閣下が黙認していたのが、バレたかもしれないと?」
「可能性がある! 悪意には悪意で返すと言っておった。ワシがディトロナクスに思うところが無いとは言わんが、あやつは色々やり過ぎなのだ。貴族間のバランスを考えて貰わんと困るのだ。国の運営には、バランスが必要なのだ!」
デザトリス宰相は、国の運営を王と共に考える側なので、どこかの派閥が強くなり過ぎるのは、問題だと思っていた。
「直接ディトロナクスと、話し合われてみたらどうです? これ以上バランスを崩してくれるなと閣下が仰れば、ディトロナクスも多少手心を加えるのでは?」
「頭を下げろと言うのか?」
「そこまでは言いませんが、儲け過ぎて大変だろう、何か困った事が有れば力になるとか、暗に儲け過ぎでは敵を作るぞと諭してみては?」
「そんなこと言って、ワシが裏から手を引いたと確信されては困る。とりあえず行動を控えて様子を見るしかない。ミューラーにもお前がやり出した事で、ワシは黙認しただけだから知らんと伝えておけ! あんな馬鹿のケツ拭きなどできん!」
デザトリス宰相は、ミューラー子爵を庇う事を放棄したのだった。
一方、手紙がようやく返ってきたミューラー子爵邸では、
「デザトリス閣下からはなんと?」
「どうにもならんから耐えろとだけ」
「私に死ねと言うのか! 陶器の収入は減るし、軍盤(魔物大戦の模倣品の名)の売り上げは伸びないどころか、雀の涙程しかないというのに!」
と声を荒げるミューラー子爵。
「やはりやり方を間違ったのでは?」
「ヤツの手柄は魔物大戦からだろう? それを奪えれば、打撃を与えられるだろうが!」
「続々と新たなモノを生み出す男ですぞ? 一つ奪ったところで、痛くも痒くもないのでは? まさか職人達を引き抜かれるとは思いませんでしたし」
この人物の言う通り、ルイス達から魔物大戦の売り上げを奪ったところで、今となっては大した問題ではないくらい別の商売で儲けている、ルイスとウィンストン辺境伯である。
「職人達め、今まで厚遇してやったのに、あっさり裏切りよってからに!」
厚遇していると思っているのは、ミューラー子爵だけで、職人達はそんなこと思っていない。
どちらかと言えば、作りたいモノを作らせてもらえず、売れ筋の品ばかり作れと命令する嫌な領主と思われていたくらいである。
確かに金払いは良かったかもしれないが、芸術家や職人達は立ち止まるのを嫌う。
前進しないのは衰退と同義なのだ。
「何故こうなったのだ……何が間違っていたのだ……」
そう呟いたミューラー子爵だが、それすら理解できないようでは、最初から勝ち目は無かったのだろう。
普通なら王が独占販売権を認めた魔物大戦の模倣品を製造して販売したのだから、王より罰があるはずなのだが、その処罰はとある事象により後回しにされる。
遺恨を残したまま。




