汗
「やられたらやり返すだけでしょう?」
と返したルイスに、
「確かにそうだが」
とウィンストン辺境伯は、声をどうにか絞り出す。
そうして数ヶ月後。
「こ、これは……」
ある物を目の前にして、王が言葉を詰まらせる。
「ウチで売り出す予定の陶器です。先ずは陛下にと思いまして」
と言ったルイス。
場所は王城の謁見の間である。
「こんな白い陶器など、見た事がない……」
それは釉薬の白ではなく、全てが白い陶器であった。
「どこかの陶器は土色がメインですが、ウチは白や赤など、料理に合わせて選べるようになっております」
と胸張るルイス。
「どこかとは、ミューラー子爵領産の陶器の事か? あそこは急に質が下がってのう。昔は良かったのだが、最近は数は多いが安かろう悪かろうでの」
ルイスを目を細くして見ながら、王が言うと、
「へー、いったい何があったんでしょうねー?」
どこか棒読みなルイス。
「知っておるくせに……というか、お前だろう、ルイス?」
「はて? とんと心当たりがございませんが?」
と誤魔化すように言ったルイスだが、
「とぼけるのが下手じゃのう?」
と呆れる王。
「バレました? やられたらやり返すのが貴族だと思いまして。高貴な方から命は奪うなとの事でしたので」
確かに命令を出したのは王だし、それなりにウィンストン辺境伯から説明されていたのだから、分からない方がおかしいのだ。
「確かにな。ウィンストンには命は取るなと言ったが、まさかこんな手でやり返すとはのう」
「誰一人として殺してないので」
ルイスがやったのは、陶芸職人や陶芸作家の引き抜きである。
土に動物の骨の灰を混ぜて焼くと、白い陶器が出来上がるし、鉄分を加えると赤くなるのだが、そのサンプルを職人達に見せ、ディトロナクスの下で仕事をするなら、作り方を教えてやると唆したのだ。
陶器の新たなる可能性を見せられて、心動かぬ職人達ならば必要ない。
ルイスはそう思っていたし、それなりの人数がルイスの言葉に心が動いた。
そうしてかなりの数の職人達がディトロナクスの下へと移り住み、陶器作りに没頭した。
一方ミューラー子爵領からは、若くてチャレンジ精神のある陶芸家や、ベテランでも現在に満足していない作家が居なくなった事により、平凡な作品しか生産されなくなり、収入は激変、減る一方となっていく。
「模倣品の方は良いのか?」
と王が、魔物大戦の紛い物の事を口にすると、
「大した売り上げではないでしょうし、別に構わないでしょう。ウィンストン辺境伯も、誤差の範囲だと言っていましたので」
「誤差の範囲の仕返しがコレか。ミューラーの泣き顔が目に浮かぶのう」
と、少し笑う王に、
「自分で言うのもなんですが、お人好しの風雲児とか言われてますけど、悪意には悪意で返しますので」
ニヤリと笑ったルイスを、横から見ていたデザトリス宰相の背中は、汗でびっしょり濡れていた。




