ディトロナクス男爵家
さて、ディトロナクス男爵家の誕生は、イスディニア王国中に広まる。
なにせ50年ぶりの新たな貴族だ。
半貴族と言われる騎士ではない。本当の貴族だ。
そして、かなりの数の貴族家から、ルイスのもとにお祝いの金品が届く。
普通なら、同派閥の貴族からしか届かないものだが、王城などで親交を深めた、他派閥の貴族からも届いている。
「御礼をどうしたもんか……」
と、ルイスは執務室の机の上にに並べられた祝いの書を読みながら、頭を悩ませている。
「何か返礼品があれば良いのですが、ウチは今は炭くらいしかありませんからね」
執務室に、ルイスより少し年上の男が立っており、そう言葉を発した。
その男に向かってルイスは、
「ジャンゴ、ウチで進めている酒はまだだよな?」
と聞く。
ジャンゴとはセバスチャンの息子で、ディトロナクス男爵家の家令の名である。
一番最初にあったときに、『ジャンゴさん』と呼んだら、ジャンゴに『私は部下ですので、呼び捨てにされますように!』と、キツく言われたルイス。
ルイスは人を使う側になったのだと、改めて実感し、気持ちを切り替えることを覚えた。
「あと少しかかるかと」
「うーん、それまでは礼状と問題集を贈っておくか」
「問題集ですか?」
「魔物大戦のな」
そんな話し合いの後、製作されたのは、詰め将棋の魔物大戦版の製作である。
出来上がった三手詰、五手詰の問題集を御礼として、後日完成予定の酒も贈ると書いた、礼状と共に贈ったのだ。
この問題集が、魔物大戦が好きな貴族達に大変喜ばれる事になる。
問題集の噂をどこかの家から聞きつけた商人から、平民用にも売り出さないかと、ルイスの下に打診が来ることになり、とりあえず三手詰を出版する事にすると、たちまちベストセラーになる。
文字の読めない平民も多いが、図が描いてあるので、文字が読めなくても、なんとなく分かったというのが大きい。
また、ちゃんと読みたいが為に、文字を勉強しだす平民も増えた。
一月後に五手詰も出版したが、第一刷は即日完売したらしい。
現在七手詰の執筆中のルイス。
何故か王から、『出版前に献上するように』とわざわざ使者が送られて来たほどである。
来たのはまたというか、やはりというか、リベアランス伯爵であった。
もちろん三手詰と五手詰は、ちゃんと王に贈ってある。
七手詰の問題集の完成と時期をおなじくして、ディトロナクス男爵家産の酒が完成する。
まあ簡単だったからだが、エールを蒸留したウイスキーモドキだ。
蒸留器の製作に、時間がかかっただけなのだ。
本来なら熟成に数年かかるわけだが、今回は熟成無しの酒である。
言うなれば、アルコール度数が高いだけのエールだ。
だが、これを王家や貴族に贈ったことにより、この国の酒文化に新たな道が開かれた。
造った酒をそのまま飲むか、熟成するだけだったのに、ルイスがリンゴ酒を造ったことにより、アレンジする概念が生まれ、次に蒸留するという概念が持ち込まれたのだ。
ディトロナクス男爵家産は、特に蒸留に蒸留を重ね、酒精度が90%を誇るものすらあるという。
まあ、蒸留する回数を分けて普通の酒も数種類造ってはいるが。
もちろんかなりの量を、熟成に回してあるのは言うまでも無い。




