諦める
「どうぞ」
持ってきた瓶から柄杓で掬った液体を、木製のカップに入れて差し出したルイス。
「これは?」
「私には安いエールしか買えませんので、エールにリンゴを漬け込んだものになります」
「確かにリンゴの香りがするな、味のほうはどうなのか」
そう言って一口飲んだウィンストン辺境伯の目が、カット見開かれる。
「うむ! ワインとは違うが果実の風味とほんのり甘く、だが、スッキリとした味わい。美味いではないかルイス!」
「お口にあって良かったです。サラちゃんはこっちを。リンゴを絞って水で割ったものです」
サラに別のカップを差し出し、サラがそれを一口飲むと、
「美味しい!」
笑顔でルイスを見るサラ。
「まだまだ有りますので、護衛の方達もどうぞ。あ、酔っ払って護衛に支障が出ない程度でお願いしますね」
ルイスは護衛にも酒を勧める。
「美味いな!」
「うむ。エールとは思えぬ味だ!」
と、評判は上々であった。
「パンはないので、代わりにこれをどうぞ」
パンモドキを皆に配ると、
「平たいな?」
言われたルイスは、
「はい。パンと同じく小麦粉から作ってますが、パンのようにフワフワしたのではなく、少し固めですが、日持ちするんです。固いので、こちらのスープに浸して、柔らかくしてから食べてもらっても良いと思います」
と食べ方の説明をする。
「このスープも美味いな」
「良かった! 久しぶりに、大人数での食事だし、私も楽しいです!」
そう言ってルイスもスープに口をつける。
「サラ」
ウィンストン辺境伯が、娘を呼ぶと、
「お父様、どうしました?」
「ルイスだが、お前が従士待遇にと言った時、正直、お前の恩人に対する礼のつもりだったが、思わぬ拾い物かもしれん。この酒は見事だ」
カップを少し上げ、ウィンストン辺境伯が言うと、
「そんなに美味しいの?」
とサラに聞かれ、
「少し飲んでみるか?」
自身のカップを、サラに手渡したウィンストン辺境伯。
「お酒、飲んだことないけど、お父様がそう言うのなら……甘くて美味しい……」
少し飲んで、味を確認したサラが、そのまま飲み進める。
「あ、そんなにゴクゴク飲むもんじゃないぞ」
と、サラを諌めたウィンストン辺境伯だったが、時既に遅し。
「ルイス! こっち来い!」
赤い顔をしたサラが、ルイスを呼ぶ。
「閣下……」
ルイスがウィンストン辺境伯の方を見て言うと、
「すまんルイス……ワシの分の酒を、全部飲みよった」
空のカップをルイスに見せたウィンストン辺境伯。
「酔っ払ってるわけですか……どうしましょう?」
「生け贄になってくれ……酔った妻にそっくりだ。逆らったら地獄を見る事になる……」
少し怯えた表情のウィンストン辺境伯。
「従士待遇ルイス、これより死地に向かいます」
そう言って敬礼するルイス。
「生きて帰ってこいよ……」
ウィンストン辺境伯も敬礼で返した。
サラの下に向かったルイスは、サラにがんじがらめに抱きつかれ、サラの口に食事を運ぶ、まるで雛に餌を運ぶ親鳥のようになるのだった。
ウィンストン辺境伯はこの日、屋敷に帰るのを諦めた。




