青年
新作開始です。よろしくお願いします。
「ディトロナクス少佐! 敵が突っ込んできましたぁ!」
部下の兵士の報告に、ディトロナクス少佐と呼ばれた青年が馬上から、
「よし! 作戦通り罠を仕掛けた予定地に誘導しろっ!」
そう声を張り上げて命令する。
命令した青年の容姿は、お世辞にもかっこいいとは言えず、どこにでもいそうな顔つきに、珍しい黒い頭髪と、黒い瞳を持つ。
身長は175センチほどだろう、たいして大きくもないその体。
程よく鍛えられた身体の、主要部分を青い革鎧で覆う。
唯一左肩だけは鉄製である。
どこかで観たことのある、緑色の量産型の巨人と同じ形状をしている。色は青だが。
青年がよく使う武器である斧も、どこかのヒートホークを想像させる。
今、その斧は右腰に吊り下げられている。
左腰には、短剣と片手剣もある。
「了解であります!」
兵士が敬礼して去っていく。
予定地とは、渓谷を抜ける街道の一番広い場所。
罠作戦とは、その広い場所が切り立った崖に面しているので、崖の上から大きな石を落としたり、弓矢にて攻撃して敵を倒すという作戦である。
現在、ディトロナクス少佐の所属する国、イスディニア王国は、隣国であるアズマッシュ神聖国より攻め込まれており、防衛戦を繰り広げているまっ最中である。
ディトロナクス少佐本人はというと、崖の上から少し離れた所で、部下達からの報告を聞きながら、指示を出していた。
石が落とされだし、弓矢による攻撃がはじまったようだ。崖の下から響く悲鳴が、ディトロナクス少佐のところにまで聞こえてきた。
その直後、
「敵の大半が罠にかかりましたが、敵将パロウは罠地帯を抜けましたぁ!」
その報告を聞き、ディトロナクス少佐は、
「マズイッ! 撤退しろっ!」
と、即座に命令する。
なぜなら、敵将パロウは一騎当千と呼ばれるような猛者であり、数々の武勇伝を誇る将軍なのだ。
「ディトロナクス少佐は?」
副官であるオワード大尉が、ディトロナクス少佐に聞くと、
「俺が一緒に逃げたら、パロウが追いかけてくるから、兵士が逃げられないかもしれないだろうが! アイツ、一度俺に負けたのを根に持ってやがるからなぁ。俺は別方向に移動してパロウを誘導するから、お前たちは砦に逃げ込めっ!」
そう言ったディトロナクス少佐に、オワード大尉が、
「多少なりとも護衛を!」
と提案するのだが、
「護衛って、パロウと追いかけっこ勝負とか、半分死にに行くようなもんに、仲間の命をかけられる訳ねぇだろうがっ!」
「しかしっ!」
「しかしもカカシもねぇ! 行けっ!」
ディトロナクス少佐がキツく命令すると、渋々了承したのか、オワード大尉が、
「御武運を!」
と、敬礼してから部隊を率いて去っていく。
「ふぅ。パロウのやつは何で俺なんかを、そんなに狙うのかねぇ……ちょっと凹ましてやっただけなのに。ほんと、ツイてないなぁ」
ディトロナクス少佐の呟きに、
「パロウに唯一の黒星をつけたのが、『赤い斧』だからでしょう?」
そう言った人物が居た。
長い金髪を一つに纏め、整った顔立ちにスラリとした身体。身長は170センチほどであろうか。青い瞳は意志が強そうに見える。
赤い革鎧に身を包み、馬の背に乗る姿は凛々しい感じである。
その人物が言った、『赤い斧』とはディトロナクス少佐の二つ名である。
「その小っ恥ずかしい名で呼ぶなよ、タライトン中尉。それに逃げろと言ったはずだが?」
ディトロナクス少佐が、タライトン中尉の眼を見つめて言うと、
「一人ぐらい、少佐のお供であの世についていっても、陛下は怒らないでしょう?」
と、微笑みながら言うタライトン中尉。
「お前には、俺の後釜に収まって欲しかったし、お前のお父上には、無事に返すと言っちまったんだけどなぁ?」
「私には、ディトロナクス少佐のような真似は出来ませんし、戦争なんですから絶対はありませんよ?」
「お前は俺より強いだろうに」
「それ、練習の時だけでしょう?」
「いまさら逃げろとも言えんか。物好きめ。まあいい、やれるだけやってみるぞ……」
「お供しますよ」
どこまでもねとタライトン中尉が、小さな声で続けたのだが、ディトロナクス少佐には聞こえていない。
「何で俺は戦場に立ってるのかなぁ。ほんとツイてないなぁ」
そうボヤくディトロナクス少佐。
このディトロナクス少佐は、わずか数年前まではただの平民であった。それどころか兵士ですらなかった。
何故彼が戦争の指揮を担っているのかを、彼の過去を振り返りながら、説明していこうと思う。
正午に2話目を投稿します。