魔術回路
ミノタウロス襲来まであと2日。
僕はギルド協会が運営するアトリエを貸し切っていた。
隣ではソフィーが不思議そうに錬成素材である宝石などを眺めている。
昨晩、結局のところ僕は街までソフィーに送ってもらった。
男の子として女の子に守られるのは恥ずかしい。
その思いで丁重に断ったのだが心配だからと押し切られた。
家に帰るのが遅くなり、村長に怒られなかったかなんて心配したけど……。
よく考えればソフィーが片道30分で移動できる事実を失念していたのだ。
魔術回路が壊れて片道2時間掛かる僕と違って……。
魔術回路――。
全ての生物に等しく与えられし才能を決める素養。
その素養は魔術回路の本数でおおよそ決まる。
おおよそというのは1本くらいの差は努力次第で埋まる可能性があるからだ。
現在、確認されているのは1人もしくは1体の魔物に最大5本まで。
一般的に9割の人が1本の魔力回路しか持たない。
2本で王国の騎士団長クラスの実力を持つ。
3本あれば良い意味でも悪い意味でも歴史書に名を刻む人物が多い。
4本はドラゴンやキマイラなど伝説級の魔物がほとんどである。
5本は――。
「勇者と魔王よね。歴史の中で確認出来たのは2人だけ」
児童書などでも目にする誰もが知る情報である。
1000年前の人類と魔王との戦争を描いた物語。
勿論、学校の歴史でも勉強する内容だ。
僕もソフィーも学校には行ってないけど……。
さて、何故に魔力回路の話題になっているのかというと理由がある。
ソフィーが持つ魔力回路の本数を確認するためだ。
ギルドや傭兵、宮仕えなど特殊な職に属する人以外は魔力回路の本数なんて検査しないのがほとんどである。
好奇心や期待から測定する一般人もいるが大体は肩を落として返っていく。
例に漏れず田舎に住むソフィーは測定したことがないらしく、
「戦闘に臨むのであれば確認するに越したことは無いと思うけど。知っておけば今後の人生が変わるかもしれないし……」
「そうなの?だったら確認する」
そんな話の流れとなったのだった。
魔力回路を確認する方法は簡単だ。
測定の儀式魔法が付与された洋紙に両手を翳して数字を確認する。
それだけだ。
儀式用の洋紙がかなりお高いので手を出せる代物ではないのが難点ではある。
今回はたまたまギルドに残っていた2枚をこの場に持ってきていた。
「一応、お手本を見せるね」
そう言って洋紙に手を翳す。
僕が魔術回路を確認する場合、大体の人が度肝を抜く。
数字が浮かび上がった直後、例に漏れずソフィーも、
「勇者様。いえ、魔王様と呼んだ方が良いのかしら?」
おふざけだろうがその場で膝をつき一礼する。
すぐに立ち上がると、
「昨日のゴブリンの戦闘といい、この結果といい納得できる理由を説明してくれる?」
「えっと……、魔力回路が壊れている僕が計ると誤作動して5って数字が浮かぶみたいなんだ。結構、込み入った話もあって、詳しくは後で話すよ」
10歳以前の記憶が無いとか、奴隷として売られていたとか、話すと長くなりそうなのでここでは触れないことにした。
それに、ユリウスの話題も含めると口が止まらなくなる可能性がある。
壊れてるねぇ、と納得いかない表情を見せるソフィー。
そう言いながらも彼女は渋々、もう1枚の洋紙に両手を翳す。
「4ね」
淡々と何の感情も込めずに結果だけを述べた。
僕からしたら、ファッ!?、って感じである。
ライオネルハートでも僕を除いてユリウスの3本が最高である。
不本意ながらギルドから離れたギース、ラスターも3本だったけど……。
4本なんて数字を持つ人に今まで会ったことはない。
治癒だけでなく身体強化も使える時点で才能の片鱗は垣間見えていた。
惜しむらくはその才能に気付く人物がいなかったこと。
畑仕事、家畜の世話、家事など村の為に多くの時間を使ってたんだろうな。
今の優しい彼女を作り上げたのはそんな何気ない日常のお陰で、誰もが羨む魔術回路なんて必要ないのかもしれない。
「普通の人は歓喜するけど、ソフィーは嬉しくないの?」
「あと2日でミノタウロスを倒せる実力が身に付くのなら泣いて喜ぶけど、そんな都合の良いモノではないんでしょ?」
「確かに研鑚を積む期間は必要だと思うけど……」
「なら、この話はお終い。さっさと聖剣を錬成しましょう」
滅茶苦茶さっぱりした子だな。
過去とか今の結果に囚われないというか、前だけを見てる感じだ。
そんな僕の思いはよそに鼻歌混じりで錬成素材へと近付いていくソフィー。
自分の才能よりも聖剣の方が気になるらしい。
「じゃあ、早速だけど聖剣のれんせ……」
「ちょっと待って?魔術回路も無いのにキルアは錬成できるの?」
ですよね……。
当然の疑問だと思う。
錬金術師は魔力回路を用いて術式を組み、魔力を流すことで物質構築を行う。
攻撃、治癒魔法も魔術回路を用いるという点では同じ原理だ。
「僕の場合、"スキル"を使った錬成を行うんだ」
魔術回路以外に才能を決める、もう1つの素養がある。
回路が1本だとしてもスキル次第では3本にも4本にも匹敵する能力を示せる可能性がある。
仲間であるソフィーには僕の"スキル"についても語った方が良いだろう。