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ソフィー

 ゴブリンに受けた傷も癒え、ようやく落ち着きを取り戻す。

 ソフィーさんは治癒と身体能力強化による魔法の使い手だった。

 ゴブリンに襲われた時を思い出す。

 急に視界が開けたのは治癒魔法による回復効果であり、身体が軽くなったのは身体強化魔法の恩恵だったということを。


 最初は助かったという安堵の思いが上回っていたが次第に疑問が浮かんでくる。

 どちらも高度魔法に分類され使い手がほとんどいない能力だ。

 ギルドの面接を受ければ即採用されること間違いなしである。


 不意に村長の言葉を思い出す。

 ソフィーさんは養子で引き取ったと言っていた。

 ノルザ村に来る前は有名な魔導士の師事でも受けていたのか、なんて妄想を膨らませていたが真実は違った。

 そんな僕の疑問に対するソフィーさんの答えは至って普通なモノで、

 

「村はお年寄りしかいないので、介護とかで便利だと思ったから勉強したんです」


 その努力量が異常で暇さえあれば練習していたらしい。

 魔法の教本は高価で村民が簡単に手出し出来る代物ではない。

 古くから村にあって理論も怪しげなボロボロの教本。

 毎日毎日、その教本を穴が開くほどに眺めては見様見真似で繰り返す。

 その努力の結晶がソフィーさんの治癒魔法だった。


 そういえば宴会の席で年齢の割に元気な老人が多いなと思った理由に妙に納得してしまう。

 腰が痛い、膝が痛いと言えば治癒魔法で。

 身体が重くて動かないとなれば、身体強化の魔法で活力を与えてやる。

 日々、老人達のために魔法を使うソフィーさんを想像して思わず笑みが零れる。


「何かおかしいこと言いました?人の顔を見て笑うなんて失礼だと思います」

「ごめんごめん。いや、ギルドではソフィーさんのような治癒役をヒーラーとか呼ぶんだけどさ……」


 僕が噂に聞くヒーラーは危機に瀕したパーティーを救ったとか英雄的な逸話に事欠かない。

 それだけ貴重な存在であり、社会にとって稀有な存在なのだ。

 病院に勤めたり、老人介護に能力を使うヒーラーなんて聞いたことが無い。

 医療の道に進みたければポーションなど薬を生み出す調合士を目指すだろう。

 それに病院で治癒魔法を行使する場面を発見されたら、真っ先に有名ギルドや王宮から声が掛かる筈だ。


「ヒーラーは戦士達、道を切り開く者達のために……って言葉があるくらいだよ」

「確かに冒険者は常に死と隣り合わせですけど……」


 私は興味ないな……。

 その通りなんだと思う。

 村の皆のために魔法を使うという君の笑顔はとても美しくて可愛くて……。


 ……"村のために"という言葉で思い出す。

 彼女には真実を告げねばならない。

 僕は重い口を開いて、ノルザ村の行く末を語るのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ライオネルハートが僕一人となった経緯。

 特に僕がいかに役立たずであるかをソフィーさんに力説した。

 ギースの言う通り調べた結果、近くに村を救えるギルドがいないということも。


 結論、ノルザ村は救えない。


 全てを語り終えて、ソフィーさんの顔を覗き込む。

 深く考え込む表情に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 僕を一瞥してから彼女はぽつりと呟いた。


「貴方はどうするんです?」

「僕?」


 意外だった。

 少しくらいの罵倒や嫌悪の言葉が投げつけられるのは覚悟していた。

 希望を託してライオネルハートに討伐依頼を出した結果どうなったのか。

 裏切られたのだ。

 急転直下、あまりの事実に泣き出してもおかしくない。

 けれど、ソフィーさんはただ冷静に僕の今後の行動について質問してくる。


「戦うよ。囮になって村から進路を逸らすくらいなら出来るかもしれないから」

「ゴブリンにも勝てないのにですか?」

「うっ……、確かにそうだね。だから村を失う覚悟は持っていて欲しいんだ」

「仮に私も手伝ったとして、村を救う方法はありますか?」

「えっ……?それは分からない。君のことをまだよく知らないし。作戦を立ててみないと」

「なら考えて下さい。私の能力を使う事も含めて、村が助かる道を」

「失礼かもしれないけど、なんでそんなに前向きなの?」

「ノルザ村が無くなれば、村の皆は遅かれ早かれ死んでしまいますから」

「どういうこと?」

「いいですか……」


 と、彼女が人差し指を立てて語り始める。

 ノルザ村には他人に復興を委ねる程のお金がないこと。

 100人まして老人ばかりの住人を簡単に受け入れてくれるような裕福な村や町が近隣に存在しないこと。

 仮に自分達で木を伐り、素材を運び、自給自足で住む場所を確保するにしても年寄りしかいないノルザ村の住人にとって不可能な選択であること。


「だから、私達が生きるためには村を守るしかないんです」


 命さえ残っていれば何とかなると思っていた。

 自分の知識の無さに腹が立つ。

 ここでも僕の不足が露呈してしまった。

 10歳の頃に記憶を失い、ユリウスに拾われて8年が経つ。

 同年代に追いつくよう一生懸命勉強してきたつもりだった。 

 

「僕は馬鹿だ。ゲフッ!?」


 無言の肘内が僕の腹部を襲う。

 少し涙目になりながらも何とか顔を上げるとそこには勝気な笑みを浮かべるソフィーさんの表情があった。


「自分の無力に嘆いても、仮に私が貴方に恨み言をぶつけたとしても、結果は変わりません。であれば、一生懸命に村が救われる方法を考えましょう。それに私、少しくらい馬鹿でも前向きな男の子の方が好きです」

「ソフィーさん……」

「大体、貴方の話を聞いてると元メンバーの方達に物凄い腹が立ってきたんですよね。この際だから村を救って言ってやりませんか?ざまあみろ、救ってやったぜ!って。ノルザ村を救うまでの間、私もギルドに参加してあげます。貴方と私の2人でライオネルハートです。ねっ?」


 天使のような笑顔で右手を差し出すソフィーさん。

 そうだった。

 何故、忘れていたんだろう。

 ギースの前で啖呵を切ったじゃないか。

 ユリウスがいた頃よりも立派なギルドに育ててみせると。

 冷え切った心の奥底にポッと小さな炎が灯るのを感じる。

 僕は彼女が伸ばす右手をぎゅっと掴んで、


「ありがとう、ソフィーさん。一緒に村を救う方法を考えよう」

「そのソフィーさんって言うの止めにしませんか?ソフィーで良いです。あと……、私もキルアって呼んで平気ですか?」

「名前で呼んでくれた方が僕も嬉しいよ、ソフィー。こちらからもお願いがあるんだ。敬称もだけど敬語とか堅苦しい話し方も無しにしたい。それでいいかな?」

「それでいいよ、キルア。ふふっ、なんかちょっと嬉しい」

「どうして?」

「私、同じ年くらいの子が村にいなかったから……。今の状況で少し不謹慎かもしれないけど……」

「僕もひとりぼっちになったと思ってた。だから、ソフィーが居てくれてすごく嬉しいよ」


 街道から少し離れた草むらで腰を下ろして隣り合う僕達。

 暖かい笑い声に居心地の良さを感じてしまう。


「今の時点で何か案はあるの?」

「実を言うと村を救う方法が全く無いというわけではないんだ」


 ユリウスから譲り受けた古の書物。

 そこには聖剣の錬成方法が記されていた。

 僕には錬金術の才があるとユリウスの勧めで書物を読み解き、長い時間を掛けて必要な素材も少しずつだけど収集してきた。

 そして今、図らずもこの絶望的な状況で全ての準備が整う状況にあるのだ。


「明日、聖剣の錬成に付き合ってくれないかな?」

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