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ゴブリン戦

 星の輝きがうっすらと暗がりの道を照らす。

 僕が借りている宿屋はノルザ村から徒歩で2時間程離れたエルザの街にあった。

 距離はあるが舗装された道に沿って行けば自動的に辿り着く。

 ルザック地方は魔物も弱いため街や村を結ぶ街道など設備が充実しているので助かる。

 凶暴な魔物が生息する地域では人工物など壊される可能性が高く、工事するのも危険なため平野が続くだけなんてのもザラだ。

 移動する際は地図や魔物の気配を確認する必要があるのも手間だったりする。


 大分、歩いたと思ったが10分くらいしか経っていない。

 楽な道のりではあるが宿屋の帰途につく足取りは重く……。 

 結局、ノルザ村の人達に真実を告げる事が出来ずに宴は幕を閉じた。


「痛いくらいの信頼だったな。下手すると村から避難しなくてもいいよね、とか言い出しかねないかも……」


 村が襲われる心配はない。

 その前にライオネルハートがミノタウロスを倒すから。

 そんな考えを村の人達が持つことだけは避けないといけない。

 死者を出すなんて、そんな話は論外だ。


――村人を逃がして、お前も逃げればいい。

――誰も死なない最良の方法だ。


 不意に悪魔の囁きが聞こえてくる。

 

――ユリウスもお前が死ぬことは望んでいないよ。

――生きていればどうとでもなる。命あっての物種だろ?

――逃げてもいいんだ、キルア。


 都合の良い解釈を心の悪魔が並べ立てる。

 逃げれば楽になれる。

 でも……。

 何度も心の中の悪魔と逃げる、逃げないという自問自答を重ねていた時だった。


「ごぶりゃああああああ!」


 僕の背丈と同じくらいの魔物が飛び出してきたのだ。

 知る限り最弱モンスターに分類されるゴブリン。

 けれど、魔術回路が壊れている僕には勝てない相手だ。

 子供が簡単に行使できる魔法も、魔力を膂力に変換して身体能力を高めるという当たり前の行いが僕には出来ない。


 反射的に錬金術で作った閃光玉に手を伸ばす。

 目を眩ませて、その隙に逃げる。

 魔物が現れた際のお決まりの手順だ。

 だけど、今日の僕は違った。


「逃げるな。戦え」


 腰に下げた短刀に手を伸ばす。

 冷静な判断など出来る筈もない。

 僕の心を満たすのは"逃げるな"、いや"逃げたくない"という思いだけだった。


 余りにも遅く、児戯にも等しい鈍重な突進を仕掛ける。

 短刀を振り被るより早く、ゴブリンのこん棒が僕の側頭部を打った。


「がはっ!」


 草むらに叩きつけられ、何度か転がって止まる。

 いや、止まらない?

 そう錯覚する程に視界が大きく揺れている。

 そして、鉄さびにも似た味が口の中を満たす。

 近付いて来る音だけを頼りに視線を向ける。

 ぐにゃりと歪んだ緑色の何かが迫って来ていた。

 視界と同じく様々な感情がぐしゃぐしゃに入り混じって……。


 こんなところで死にたくない。

 

 ギースの言う通りで僕は何を成す事も誰を救う事も出来ない無能なんだ。


 いや……、ここで死ねば苦しみから解放されて楽になれる。

 

 死への恐怖、悔しさ、そして安堵……。


 僕のすぐ傍で立ち止まるゴブリンの気配。

 次の瞬間にはこん棒を振り下ろされ、僕の頭は砕かれるだろう。

 それかゆっくりと嬲るように叩き殺されるのか。

 どうせ死ぬのなら楽に……。


「避けて下さい!」


 誰かの大声と共に歪んだ視界がハッキリと開く。

 そして、心なしか身体が軽い。

 目の前には大きくこん棒を振り被るゴブリンの姿があった。


 避けられる。

 そう思ったと同時、身体は本能的に回避を選んでいた。

 あまりにも無様な横っ飛び。

 他人からはそう見えたに違いない。


 背後で地面を穿つ音が響く。

 追撃に対処しなければ!

 そう思いゴブリンに再度、視線を向けた時だった。


 結った赤の髪を宙に舞わせ、大きく手を振り被る少女の姿が映る。

 高速で振られた平手はゴブリンの左頬に直撃し、雷鳴の如き音を奏でた。

 暫く地面をのたうち回るゴブリン。

 そして、すぐさま立ち上がると、


「ごびゃあああああああ!」


 大きな泣き声と共にこの場から逃げていってしまった。

 あっけない幕切れ。

 いや、子供でも勝てるゴブリンとの戦いなんてこんなものだ。

 普通の大人なら少し頭を小突いて終了。

 わざわざ殺す必要は無い。

 魔物と言ってもゴブリンは恐怖の象徴とならず、人にとって取るに足らない矮小な存在なのだ。


 そんな魔物であるゴブリンに一方的にやられる僕。

 情けない。

 そして、隠れたい。

 僕を助けてくれたソフィーさんから……。


「何故、ここに……」


 来たのか、と言い切る前に何となく察しがついてしまった。

 宴の最中、猜疑心を持った眼差しで冷ややかに僕を見つめていた彼女。

 疑われていた、いや最初から分かっていたのか?

 ソフィーさんは僕に近付くと、身に付けていたスカーフをするりと解いた。

 躊躇いもなく、血で濡れる僕の額をそっと拭いながら、


「家に来た時から不安そうにしてたから、少し話を聞きたくて追って来たんです」

「し、んぱい?」

「皆は気付いてなかったみたいですけど……。すごく、不安な顔してましたよね」

 

 額から頬へ、そして唇へ。

 伝い流れた血の跡をなぞりながら優しく僕の顔に触れる。

 その表情は柔らかく慈愛に溢れた笑みを携えていた。

 もう心配はいらないよ、そう言っているかのように……。


 その瞬間に感情のタガが一気に外れた。

 目尻からポロリと一滴の雫が零れる。

 止めようと思った。

 でも、堰を切ったように涙は流れ続ける。

 嗚咽が込み上げ上手く喋ることができない。

 それでも、今の感情をやっとの思いで口にする。


「あり、がとう。そして、ごめ、なさい」


 彼女は何も言わない。

 ただ泣き崩れる僕を両手でそっと抱き寄せ受け止めてくれた。

 暫く僕はソフィーさんの胸で泣く事しかできなかった。

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