ノルザ村
「あの有名なライオネルハートに村を守って頂けるなら大丈夫ですな」
午前中にギースと酒場で話し、午後にはノルザ村を訪れていた。
ギルドの現状を説明しようと村長に面会して開口一番に放たれた言葉が心に突き刺さる。
「この村は高齢化が進んでましてな、若い者は皆王都へ出て行ってしまって久しいのです。強力な魔物に対抗出来る者もおらず、困り果てていたのですよ」
「はあ……」
「唯一の若い者といったら私が養子として引き取ったソフィーくらいなもんでして……。おお、そういえばソフィーの紹介がまだでしたな。おーい、ソフィー!こっちに来なさい」
台所と思われる場所からカチャカチャと慌ただしい音が響く。
そして、床の軋みと相まって小走りで駆け寄る様子が容易に想像出来てしまう。
古い家なのだろう。
事前に調べたノルザ村の情報が脳裏をよぎる。
ノルザ村。
村民100人程度で平均年齢50以上という高齢者が多く住む村だ。
近年、王都の開発が進み人口が流れたことで、過疎が深刻化。
ノルザ村に限らず、こういった事象は王都周辺で深刻な問題となっている。
老人達では対処できない問題についてギルドや傭兵に依頼が来ることも最近では珍しくない。
村を訪れて最初に思ったことは老朽化した建物が多いことだ。
発展も望めず、修繕されることも無く老い朽ちていく村。
村長宅も例に漏れず随分と年季の入った家だった。
「失礼します」
断りの挨拶と共に1人の少女が入って来る。
僕と同じ年齢、18くらいだろうか。
彼女は丁寧に飲み物と手作りであろう一口大の菓子を並べていく。
後頭部で結われた淡く美しい赤髪、少しつり目だが美しく整った顔立ちに思わず息を呑む。
「美しいでしょう。儂の自慢の娘です」
「おじいちゃん。外から来た人に私のこと自慢するのは止めてって言ってるでしょ?」
「いいじゃないか。今の私が唯一、誇れるモノといったらお前くらいしかいないんだから。キルアさんでしたかな?貴方もそう思うでしょう?」
「あ、あはははは。そうですね」
2つの理由からなるべく引き攣った笑いが表に出ないよう取り繕う。
1つは心の底からソフィーさんを可愛いと思ったこと。
もう1つは、喜んでいる村長に村を守る事が出来ないという真実を告げねばならないという理由からだ。
唐突に絶望的な未来を宣告する、そんな大それたこと僕には出来ない。
まずはそれとなく会話の中から無理である事実を小出しにして真実を告げよう。
「先程、若い人はソフィーさんだけだと言ってましたが本当ですか?」
「恥ずかしながら、ソフィーを除けば50以上の年寄りばかりですよ」
「そうですか……」
あわよくば1人くらい屈強な戦士がなんて淡い希望は見事に打ち砕かれた。
しかも、若者は女の子であるソフィーさん唯一人。
簡単な支援も望めないという絶望的な状況。
心がどんどん重くなっていく。
「あの、実はですね……」
「もうすぐ、村中の皆がキルアさんをもてなすために集まるんですよ。決起集会、いや祝勝会ですかな!少し気が早いかもしれませんが、伝説のライオネルハートであれば勝ったも同然でしょう」
「あ、いえ、あの……」
「大丈夫、気になさらないで下さい。ミノタウロス討伐後にはもっと盛大な会を開きますゆえ」
まくし立てるように僕を褒め称え、宴の準備を進める村長。
次々に村長宅に押し寄せる村人達。
ライオネルハート、万歳三唱。
言えるわけがない。
何の不安も抱えず笑顔の村人達の前で"救えません"なんて誰が言えるのか。
僕の心は、明日真実を告げればいい、という先延ばしを選択していた。
暁の空が漆黒へと染まり、宴の盛り上がりは最高潮へと達する。
周囲の状況に反して僕の心は穏やかではなかった。
告げなければならない絶望の事実と、ある人物の視線が気になってそれどころではなかったからだ。
村長に養子として引き取られたソフィーという女の子。
彼女の笑みを含まない冷静な視線は、宴の間中僕を常に捉えていたのである。