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青年は1人になった

「お前等とはやってられない。ギルドから抜けさせてもらうわ」

「えっ、ギースが抜けるなら私も抜けるわ」

「だったら俺も」

「では、僕も抜けさせてもらいます」

――—―――。

――—―。

――。


 一瞬だった。

 30人もの大所帯であったギルド【ライオネルハート】が僕一人となってしまったのだ。

 意味が分からなかった。

 非戦闘員であり、簡単な道具の錬成しか役目のなかった僕が急に有名ギルドのリーダーとなってしまったのだから。


 皆がいなくなって一夜が過ぎた。

 今僕は、ギルド協会に隣接する酒場オラキオの個室を借りてライオネルハートの元リーダーであるギースと向かい合っている。

 ほぼ解散状態となったギルドの引継ぎを行うためだ。


「最後の一人になっちまったなキルア。今更ギルドから抜けようとしても、もう遅いぜ」

「抜けるつもりはないですけど……」

「お前ならそう言うと思ってたよ。死んじまったユリウスに恩義があるもんな」

「…………」


 ユリウス。

 ギルド【ライオネルハート】を立ち上げた初代リーダー。

 人々のために凶悪な魔物の討伐や難事件を解決し、ライオネルハートを有名ギルドに伸し上げた人物だ。

 そして、僕の命の恩人でもある。

 8年前のことだ。

 ユリウスは奴隷として売られていた僕を買い、大切に育ててくれた親のような存在だった。


 悲劇は3年前、突然に訪れることとなる。

 ユリウスはその功績から高レベルの未踏遺跡調査のメンバーに選抜され出発、そのまま帰らぬ人となってしまったのだ。

 調査隊は全滅したため、最期がどのようなモノであったか記録に残っていない。

 隊の帰還が遅かったことで、別働隊が遺跡に向かったところ全滅が確認された。

 

 ユリウスを失ってからギルドの方針は大きく変わってしまった。

 人の生活に寄与する活動から、単純に金儲けへの活動が主となったのだ。

 そして、僕への扱いも大きく変わることとなる。

 荷物持ちは当たり前、無理難題な道具の錬成やミッションの事前調査など、かつて分担していた雑用は全て僕一人に押し付けられることになった。

 僕にとって辛く悲しい日々が続いた。

 それでも、このギルドから離れなかったのはここがユリウスのギルドだからだ。

 

 魔力回路を失い、精神が壊れた僕に一筋の光を灯してくれた存在。

 己の力を弱き者のために奮う、僕の憧れであり理想の英雄。

 僕もいつかユリウスのようになりたいと願った。


「まあ、良かったじゃないか。これで、晴れてお前がライオネルハートのリーダーになれるんだからな。馬鹿なくらいお人好しのユリウスも天国で喜んでるだろうよ」

「ギースさん……」

「睨むなよ。お前みたいな無能が俺に勝てると思ってるのか」


 卑下するような笑みで僕を見下すギース。

 勝てないことは百も承知だが、譲れない思いがある。

 睨む事しかできないとしても、ただ媚びへつらうように笑ってその場を取りつくるような真似だけはしたくない。

 嫌悪の視線を向け続ける僕に対して大きく溜息をつき、ギースが1枚のカードを投げつけてきた。

 無残に2つ折りにされたライオネルハートのギルド証……。

 今にも笑いそうになるのを必死に堪えながらギースが言う。


「もういらねぇわ、その塵。俺達は新しいギルドを立ち上げたからな」

「……貴方は人として屑以下だ」

「お褒めの言葉ありがとよ。そんなキルア君に、はいプレゼント」


 テーブルの上へ乱雑に書類が投げつけられる。

 それはライオネルハート名義の高額な借用書の束だった。

 そして、今の僕にはこなせないであろう高ランク依頼の数々。


「優しい優しいキルア君はユリウスが作ったギルドを解散させるなんてこと出来るわけないよな」


 やられた。

 僕がユリウスのギルドを解散できないことを見込んで仕組まれた罠。

 ギルドが解散出来れば、これらの責任は契約した本人、つまりギース達が請け負うことになるだろう。

 でも僕にはその選択が出来ない。

 ギースが生きた証であるこのギルドを消滅させるなんて真似だけは……。


「あははっ!ユリウスと同じで人の思いだの情だのを信じるから馬鹿を見る」

「後悔するなよ……」

「何だって?」

「いつかアンタのギルドを……、いや、ユリウスがいた頃より偉大なギルドに再興して後悔させてやる」

「魔力回路も無い無能がよく言うぜ。それにお前は3日後には死んでるかもしれないんだぜ?」

「それは、どういう……」


 ギースが一枚の依頼書に人差し指を落とす。

 それは魔物の討伐依頼書だった。

 難易度Bランク、歴戦のギルドでも死ぬ可能性がある高難度の依頼。


「ノルザ村の進路上を突き進むミノタウロスがいるらしくてな……。お前が何とかしないと村人達は大切な場所を失っちまうぜ。ちなみに他のギルドに頼るのは無理かもなぁ……。噂に聞くと、ここら周辺でBランクの依頼をこなせるパーティーは居ないみたいだからな」

「ふざけるな!嫌がらせをするなら僕だけにしろ!罪の無い人達を巻き込むな!」

「偉大なギルドにするんだろ?お前が助ければ済む話だ……なあ」

「どこまで屑なんだ……。ライオネルハートは有名ギルドだ。途中でメンバーが離脱して依頼を達成できなかったなんて噂が広まったら、貴方が作ったギルドにも傷が付くんじゃないのか!」

「俺達には別に討伐依頼があるんだよ。凶悪な魔物に狙われているとある領主様がいてな。俺達は領主様を、お前は村人達を、どちらも命を守る大切なお仕事だ。言ってる意味、分かるよな?」


 どこまでも用意周到だった。

 どちらも人命を守る為の討伐依頼。

 選択肢としてどちらを選ぶべきだったかという議論はあれど、一方的に非難の的に晒されるいう結果にはならないだろう。

 さもすれば、立派な肩書を持つ領主本人から弁護を得られる可能性が高い。


「……お願いがある」

「何だ?」

「メンバーの数人を貸して下さい……。村を守る為に」

「いきなり人頼みか……。さっきまでの威勢はどうした?低い志だったな」


 僕のちっぽけな尊厳なんてどうでも良かった。

 ノルザ村が守られるのであれば、土下座して頼み込んだっていい。

 戦う力の無い僕が最後に出来るのは目の前の男に頭を下げる事だった。


「お願いします……」

「断る。俺達の依頼はAランクでな。メンバー全員居てもギリギリな依頼なんだ。お前に貸せる人材なんて一人もいないんだよ」

「…………」

「それじゃ、天国のユリウスに宜しくな。ライオネルハートのキルア君。あはははははっ!」


 高笑いを上げながら個室から去っていくギース。

 僕はこの絶望的な状況にただ茫然とすることしか出来なかった。

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