夢の中の幼馴染
これは僕だ。
けれど僕じゃない、誰かの記憶。
「また、泣いてるのか。アリア」
「だって、聖女の修行って厳しいんだもん……」
青の花が咲き乱れる野原に寝転がるのは僕と少女。
彼女の年齢は10歳くらいだろうか。
アリアと呼ばれた少女は木造の杖を両手で抱きしめ、半べそをかいている。
そんな彼女を僕は躊躇いもなく両腕で抱きしめて、
「大丈夫。いつか今の努力が、誇らしく思える日がきっと来るよ」
「ぐすっ……。偉大な聖女様になれるかな、私」
「俺が保証する。それに君のことは俺が必ず守るから」
"俺"という言葉に違和感を覚える。
普段は自分のことを"僕"と呼んでいるからだ。
少女から身を離して地面に手を当てる。
僕を中心にして咲く花が光と共に散り、青の花冠が出現する。
周囲の花を錬成によって加工したのだろう。
今の僕には出来ないことを、昔の僕はいとも簡単にやってのけた。
花冠を少女の頭にそっとのせると、
「来週はアリアの誕生日だろ?実は新しい杖のプレゼントがあるんだ」
「本当に?でも、来週は勇者様が村に来るって言ってたけど……」
勇者が来る?
かつての僕は勇者に会っていたのか?
「勇者様の案内役を任されてはいるけど、少しくらいの時間は作れると思う」
「無理しなくていいよ。少しくらい遅れても平気だから」
「ありがとう。ちゃんと計画を立てて準備してるからさ。楽しみにしててよ」
「うん、分かった……。そうなると、この杖ともお別れになるんだね……」
少女は愛おしそうに木造の杖をゆっくりと撫でる。
彼女にとってすごく大事なモノであることがすぐに分かった。
そして、朧げだけどその杖もきっと僕が作ったのだと思う。
「2つとも大事にすればいいと思うよ」
「そうだね。この子は夜寝る時に側に置いてあげようかな」
「アハハッ。まあ、そういう使い方もありかな」
2人とってこの何気ない日常がとても幸せなんだと思う。
この夢が本当だったとしたら、僕にこんな可愛い幼馴染が居たことになる。
不意に淡い赤髪の少女の表情がパッと脳裏に浮かぶ。
ソフィー……。
特に深い関係ではないのに、彼女を思い出すと少し後ろめたい気持ちになるのは何故だろうか。
「そろそろ僕は戻るよ。村長と勇者様を迎えるための話し合いがあるからさ」
気になる事がある。
勇者、聖女という言葉だ。
5つの大国に振り分けられた勇者の使徒。
彼等は秘匿され、その姿を知る者はごく限られた人しかいないらしい。
それこそ、王族やそれに近しい身分の人くらいだとか……。
少女が本当に聖女であるならば、勇者の使徒のうち1人が分かったことになる。
そして、夢がこの先に続くのであれば勇者の姿も確認できるはずだ。
けど、この心に押し寄せる言いようのない不安はなんだろう。
決して覗いてはいけない禁断の扉があるような気がしてならない。
僕の記憶喪失と何らかの関りがあったりするのか?
僕はアリアの頭を軽く撫でて、その場を後にする。
急にフワリと身体が浮遊するような錯覚に捕らわれる。
夢が終わるのだ。
待ってくれ。
そう叫ぼうとしたが急速に視界がぼやけていく。
もう少し長くこの場所に……。
――この記憶を貴方が持つには、まだ早すぎます。
背後に誰かの気配を感じた。
振り返ったと同時に、僕の胸へ光り輝く白銀の聖剣が突き立った。
えっ、という疑問と共に……。
…………。
……。
…。
――私はキルアを守りたいの……。だから、もう少しだけ、おやすみなさい。