ミノタウロス戦 前夜
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浴室の戸が閉められる。
落ち着け。
僕は精神的に8歳児だから女性と一緒にお風呂も許される!
なわけない。
思考がグルグルと駆け巡る中、先に声を掛けて来たのはソフィーだった。
「緊張してるの?後ろなんか向いて……」
「普通だよ、ふ、普通だから!」
「そうなんだ。私は初めてだから緊張してる……」
僕もめちゃくちゃ緊張してます。
変に虚勢を張るより、ハッキリ言った方が正解ルートに進めるのか。
ていうか正解ルートってなんだよ。
事無きを得る、大人の階段を登る。
僕にとってはどっちも……、いやどちらかという後者の方が正解?
よく分からなくなってきた。
「傷モノになっちゃわないか心配なんだ」
傷物って……、僕が、ソフィーを?
「最初は嫌かもだけど、気持ちよくなれる可能性もあるよね」
落ち着いて整理しよう。
初めて、傷モノ、気持ちいい。
もうエッチな事しか考えられない。
考えてみれば明日、死ぬかもしれないんだ。
これはソフィーなりの覚悟なのか。
男の子として僕は彼女の決意を受け止める必要があるのか。
「待って、少しだけ待って!覚悟を決めるから」
「早くしないと身体が冷えちゃうよ」
「……ご、ごめん。配慮が足りなくて!」
「みゅっ!!」
「みゅ?」
「あっ、静かにって言ったでしょ?リーネ」
娘の鳴き声が聞こえた。
ソフィーはリーネもお風呂場に……。
何かおかしい。
僕は背後に居るであろうソフィー達に振り向く。
そこにはタオルを胴に何重にも巻いたソフィーとリーネが居た。
リーネは悪戯っぽくペロっと舌を出して、
「バレちゃった?」
「どういうこと?」
「風呂場に入ったら、私に背を向けてるんだもん。少し悪戯したくなっちゃて」
「みゅ!」
「えーと、初めてっていうのは?」
「リーネをお風呂に入れるのが初めてってこと」
「傷モノって言葉は?」
「リーネって雪の子みたいに白いでしょ?触ると傷付けちゃいそうで」
「気持ちよくって言うのは?」
「赤ちゃんって水とか嫌がりそうでしょ。最初から気持ち良かったらいいけど」
「知っててワザと微妙な言葉を使ってたでしょ?」
「さて、どうかしら?」
鼻歌混じりに桶からお湯を汲むソフィー。
ザバッーとお湯をかけられたリーネは左右にプルプルと首を振る。
ソフィーはごめんね、と言いつつ、
「少しやりすぎたかも?怒ってる?」
「色々と煩悩から解放された安堵感の方が大きいかも」
うー、と唸ってはいたけどリーネは大人しく身体を洗われている。
暫く一緒に過ごして思ったけど、簡単な言葉であれば理解できるみたいに思う。
怒ったり、喜んだりで感情も豊かだ。
リーネの身体を全て洗い終えるとソフィーも湯船に入ってくる。
それにしても身体が異様に太い。
何重にタオルを巻いてるんだろう。
これが男女としての僕とソフィーの距離なのだと実感する。
「少しお喋りしようよ。好きな事とか他愛無いこと」
「お風呂で?就寝前の方が良くない?」
「寝る前だと恐怖からいつまでも喋っちゃいそうで。明日は万全で挑まないと」
言葉とは違ってソフィーの表情は柔らかい。
ソフィーとはギルドで1人になったとか暗い話しかしてなかったな。
「キルアは好きな子とかいるの?実は他の街で待たせているとか?」
「そういう話なんだ……」
「恋愛話とか苦手?」
「話す内容が1個も無いというのが辛いところです」
僕と同じ18歳の男子ってお付き合いの1つや2つとか経験してそうだよね。
8年間の記憶を辿れば、知識の習得で精一杯。
恋愛なんて経験したことがなかった。
けれど、これはあくまで今の僕が持っている答えだ。
10歳前の記憶を失っているのだから。
当時の僕はこの身を捧げてもいい、なんて好きな娘がいたりしたのだろうか。
「ソフィーの方はどうなの?」
「求婚されたことは何度かあるけど?ほえって感じで断った」
「ほえって……。確か、この街に同い年の子はいないって話じゃなかった」
「たまに来るのよ。どこぞの領主様とかが旅の途中でとかさ」
「勿体ないな。裕福な生活とか興味ないの?」
「うーん、お金に興味ないし、恋愛って感覚がイマイチ分からないんだよね」
ソフィーの言葉に僕も対象外なのね、と少し肩を落としたのは内緒だ。
ギルドで世界を旅して来た僕だけど、ソフィーの容姿レベルは高い。
本人がそれを自覚してないというのが罪だ。
優しいし、良い意味で前向きだし、勘違いする男子も多いんじゃなかろうか。
「でも将来は誰かのお嫁さんになって普通に暮らしたいなぁ、なんて思ってる」
「魔術回路が4本あるんだから、賢者様とか目指せばいいんじゃないのかな」
「私は聖人ではないので、周りの人間を幸せに出来る力があれば十分なの」
それは嘘だと思う。
適当な理由を付けて困ってる人を助けてしまいそうだもんなぁ。
僕を前向きにさせようと言葉を選んでる場面も多いし。
「ミノタウロスの件が終わったら、ソフィーはどうするの?」
「まずは村の立て直しかな。それから、普通の生活に戻る」
「やっぱり村に戻るんだね。少し、寂しいな」
「私も寂しいな。リーネだけ置いて行ってもいいよ。私が面倒見てあげる」
「リーネだけ?ぼ、僕も必要としてよ!」
「フフッ、冗談よ。リーネにはキルアが必要だと思うから」
「リーネにはソフィーの方が必要だよ」
「どうするリーネ?貴方は誰についていく?」
水面に映る自分の姿をジーっと見つめていたリーネ。
ソフィーの質問に答えるように、僕に視線を移す。
それから視線を若干、ソフィーに移動させる。
僕に視線を戻す、ソフィーに移動するを繰り返す。
視線移動だけなのでリーネを抱っこしているソフィーは気付いていない。
僕のことを直視しているとしか見えないだろう。
「うーん、残念。やっぱりお父さんの方が良いのか」
リーネの無言の圧力が突き刺さる。
男として気になる女の子がいるなら一緒に居たいと伝えろ。
そう言われているようだ。
確かにソフィーとは一緒に居たいけどさ。
色々と勇気がいる。
ミノタウロスと戦うのとは別の勇気が……。
ごめんな、リーネ。
ここは違う話題にさせてもらいます。
「ソフィーは養子って話だけど、村に来た経緯とか覚えてる」
「戦争孤児なのよ、私。10年前まであった国家間戦争のね」
国家間戦争。
10年前に集結した5つの大国による世界大戦。
終戦の理由は単純だった。
魔王復活の予兆と勇者の復活が同時期に重なったからだ。
共に魔王を倒すために、昨日の敵と手を取っただけという話。
その平和も仮初であると噂されている。
勇者の使徒と呼ばれる強大な力を持つ5人。
彼等を1人ずつ各大国に振り分ける協定を結んだのだ。
魔王に対抗するのであれば、5人を一緒の場所で育てた方が賢明だ。
それが出来ない理由は各国がお互いを信用していないからに他ならない。
魔王討伐後に再び戦争が始まるのであれば、勇者の使徒を利用するだろう。
勇者の使徒には莫大な予算を掛けて、英才教育を施している筈だ。
自国の最終兵器、または戦争の抑止力とするために。
「まーた、難しい顔してる」
「ごめん、ソフィーだけじゃなくて僕も似た様なもんだよ」
「10歳からギルドに所属だっけ?」
「10歳前からの記憶が無いんだ。ついでに闇市で奴隷として売られてた」
「私の話より重すぎなんですが……。結局、暗い話ばかりね、私達」
「ご、ご、ごめん!そんなつもりはっ」
「謝らなくてよろしい。暗い過去も含めて私達なんだから」
「そうだね。悪い話だけじゃない。そのお陰で良い人達とも出会った」
「その意見には同感。楽しかったし、幸せだった」
「少しだけ僕の話を聞いてくれるかな。僕が憧れる英雄の!」
「今までになく瞳がキラキラしてるんだけど……。いいわ、聞いてあげる」
それから僕は1時間にも渡ってユリウスの話をし続けた。
途中で制止しようとしたソフィーを無視して。
最後には思いっきりビンタを喰らって我に返るという失態。
すみません、ユリウス談義になると自分を失うんです。
その後、夕食を終えて僕達はすぐに身体を休めた。
風呂場での出来事が良かったのか、すぐに深い眠りへと落ちる。
そこで僕は記憶を失う前、幼い頃の夢を見ることになる。