ミノタウロス戦 準備①
ギルド協会が管理する12番倉庫。
そこには簡易魔法が納められた術式符が管理されている。
魔法が得意でない冒険者、特に市民向けに販売されている商品だ。
ダンジョンなど暗い場所を明るく照らす照明符。
少しの間だけ浮遊を可能にする飛翔符。
簡易的な毒を解除する解毒符。
種類は多くあり、その使用は人々の生活に根付いている。
勿論、攻撃に関する符もあるが威力は弱めで使われる場面は少ない。
1000枚にも及ぶ爆砕符を並べて腕組みをする僕にソフィーは、
「流石に爆砕符でミノタウロスは倒せないと思うけど……」
「いや、この爆砕符を組み合わせてより強力な攻撃方法を編み出そうと思って」
僕の魔力回路で一から強力な符を錬金するには時間が足りない。
であれば、すでに完成された符の組み合わせで何とかならないか?
大量にある符を前にスキル"錬成"で答えを導き出そうとするが、
「ミノタウロスを倒すくらいの威力となると難しいな」
同じ種類の符でも威力や範囲が少し異なる。
符を作成した魔術師の特性によっても爆発の仕方に差異があったり……。
「話が見えないな。何をするつもりなの?」
「村の入口にある納屋に爆砕符を仕掛けるつもりなんだ」
「ミノタウロス相手だと1000枚仕掛けても全然足りない気がするけど」
「それぞれの符が持つ個性。適切な配置。そこに小さい僕の魔力を流して大きな爆発を生む陣を錬成できないかなって考えてみたんだ。何十億通りも組み合わせがあるから、スキルで答えを導くにしても大変で」
「何十億って……可能なの?下手すると望む答えがない場合もあるんだよね?」
「答えは必ず出すよ。1、2枚の爆砕符なら僕も作れる。そこに到達できるまでの絵が完成できればいい」
僕の錬成の遅さを知っているギルドメンバーからこんな依頼を頼まれたことはないし、彼等は腕利きの戦士であるから自力で魔物を討伐してしまう。
このような方法でスキル"錬成"を使うというのは初めてだった。
「ソフィー、悪いんだけど一番上の戸棚にある爆砕符を出してくれないかな?」
「まだ増やすの?流石にこれ以上は…、」
「あい♪」
僕が指差した戸棚にリーネが手を伸ばす。
幼いながら僕を手助けしようと思ってくれてるのかな。
「そうね。お父さんが頑張ろうしてるんだもんね」
「ごめん。使い走りみたいなことさせて」
「気にしないで。可能性があるなら全て試してみましょう」
新たに並べられた符を変数に加えて、再び式を構築する。
あらゆる可能性を見極め、理想にそぐわない符を選んでは除外していく。
残った符は何処か歪な性能を持つモノばかり。
一般人が普通に使ってもその差異は分からないだろう。
でも確かに個性は存在するのだ。
縦横に爆発が伸びる、爆発の持続時間が若干異なるとか色々である。
符を選び続けてどのくらいの時間が経過しただろうか。
これまでに選択した符は100枚近く。
もう少しで完成しそうだ。
最悪、1ピースくらいなら対象の符が見つからなくとも自分で作ればいい。
錬成への道筋がほぼ完成し始めた時だった。
ソフィーが自ら使用する符を選びながら、僕に質問をしてくる。
「少しライオネルハートについて聞いてもいい?」
「問題ないよ」
「元ライオネルハートのメンバー全員、ギースって人についていったの?」
「正確には2つのグループに分かれたんだと思う」
「2つってギース以外にも性格悪い奴がいるってこと?」
「どうなんだろう。ラスターは別の思惑があって離れたんじゃないかな」
ユリウスの死後、ライオネルハートはギースとラスターの2枚看板だった。
僕以上にユリウスを崇拝していたラスター。
彼が変わり始めたのはユリウスが死ぬ以前だったりする。
ダンジョンに迷い込んだ要人を救出するミッション。
その依頼中に強靭な魔物が出現し、ギルドは2者択一の選択を迫られた。
メンバーの半数を犠牲にして討伐するか、退却を選んで要人の救出を諦めるか。
ユリウスの下した決断は退却であった。
その日までライオネルハートはどのような依頼でも完遂してきた。
特に人命に関わるミッションは多少の犠牲を覚悟してでも、だ。
だけどその時は余りにもギルドの被害が大きくなることが想定された。
ユリウスとしても苦渋の選択だったと思う。
その決断に真っ向から反対したのがラスターだった。
貴方なら助けられる筈だ、と。
僕達を犠牲にしてでも前に進むべきだ、と。
その叫びにユリウスが首を縦に振ることは無かった。
「それからラスターはユリウスから距離を置くようになったんだ。究極の強さ、絶対的な正義を追い求めるようになった。力さえあれば全てを救えるんだって」
「ふーん、力が無くても自分を犠牲にしようとしていたお人好しもいたけどね」
「うっ、それは言わない約束……。だけど僕自身、考えは改めたつもりで、やっぱりすぐに変われないんじゃないかと思う。根底に流れる感情や思考は特にさ」
「だから仲間が必要なんでしょ。お互いに足りない部分を埋め合う事のできるね」
ソフィーの言葉で心が少し暖かくなる。
そいうえばギルドを離れる時、ラスターは何も言わなかったな。
彼が求める究極の正義。
いつかまたお互いの道が交わることがあるのだろうか。
今はその可能性を残すためにもミノタウロス戦に勝利しないと。
僕とソフィーの何気ない会話は続く。
そこであることに気付く、
「そういえばリーネはどこに?」
「透明な石で遊びたそうだったから、入口の広い場所で遊ばせてるけど」
「それって食べっちゃったら危険じゃない?」
「リーネの頭より大きい石だから問題ないと思うけど……」
その石は恐らくクリアライズストーンのことを言ってるのかな。
符に魔法を込める時に触媒として使う石だ。
符に混ぜる時は極少量なので安いけど、塊で買うと高価な石だったりする。
ハンマーで叩いても割れない石だから、砕けた破片で怪我はしないと思うけど。
僕とソフィーは同時に入口の方へと視線を向ける。
そこにはクリアライズストーンを美味しそうに齧るリーネがいた。
えっ?
うえぇーーーーー!!!
「リーネ、ペッしない!ペッって」
「うわーーー!大丈夫かな、死んだりしないよね!」
僕がクリアライズトーンを取り上げ、ソフィーがリーネを持ち上げる。
石に齧りついていた幼女はいきなりオヤツを奪われたのにご立腹で、
「うぅ~、みゅっ!」
「怒った時も鳴くのね、みゅって」
実はそこら辺にクリアライズストーンの半分が転がってたりしない?
棚の隙間など周辺を隈なく確認したがそれらしきモノは無かった。
僕達が目視した通り、どうやらリーネのお腹に納まっているらしい。
「ちょっと、待って……。リーネ少し成長してない?」
「別にそんな感じはしないけど……」
「大きめの服選んだのよ、私。ピッタリになっている気がするんだけど」
明らかに不満そうなリーネの顔を見る。
視線は真っ直ぐに固定され、僕に目を合わせる気がないようだ。
「確かにリーネは超絶貴重な鉱石を錬成して生まれた子だけど……」
「それって、鉱石もご飯に食べるってこと?」
「全然、分からない。ノルザ村を救った後に改めて調べてみるよ」
そのための資料はミクアさんにお願いしている。
ユリウスから託された古文書。
そこから生まれた聖剣"白銀の雷鳴"は人間であり、しかも幼女だった。
ユリウスはこの事実に気付いていたのかな……。
そして、リーネ……。
君は一体、何者なんだ?