ミクア
「うん、とっても可愛いよ!」
「きゃっきゃ♪」
にゃー、とか言いながら高い高いをしつつ回転を決めるソフィー。
フリルが印象的な白と黒を基調とするワンピースに幼女も喜んでるようだ。
いや、高い高いに喜んでるのかな?
「お腹空いてない?これ食べる?」
「だう、あーん、あむ……みゅっ♪」
「おいちぃ?」
「ちぃー!」
「はぁ~、聖剣がこんなに可愛いなんて……、私死んでもいいかも」
なんて言いながらソフィーが急に机に突っ伏した。
そしてプルプルと震えながら小言で何かを呟いている。
やたら低い声で、楽しんでるんじゃないわよ私、とかいう声が……。
絶賛自己嫌悪中だった。
真面目だな、本当に。
隣では机に座る幼女がソフィーの頭をこんこんと叩く。
幼女の行動ににゅっと顔を上げると、
「この子、名前はどうするの?」
「この子の名前は白銀の雷め、……」
「えっ?殺されたいの?」
「言葉の暴力が怖いよ!?」
「ころ!」
そして、物騒な言葉を真似ないでほしい。
名前か……。
確かに幼女、赤ちゃん呼びも可哀そうだ。
「リーネとかどうかな?」
「意外ね。少しは悩むのかと思ってたけど。どうしてリーネなの?」
「それは……」
白銀の雷鳴に一番大事な素材。
鳳凰という伝説の霊鳥が古き身体を脱ぎ捨て、新生する際に流すとされる涙。
その雫の結晶をリンネ宝玉と呼ぶ。
幻とされる結晶で本当に実在するかも怪しい素材。
それをユリウスが入手してくれたのだ。
衣服の所々が丸焦げで大変だったと大笑いしていたのを思い出す。
「リンネ宝玉から文字を取って女の子っぽくしてみたんだけど、どうかな?」
「良い名前ね。私は好き。この子にも聞いてみなよ、はい」
両腕で抱えた幼女をソフィーがずいっと僕の前に差し出す。
僕は目線を合わせるようにして顔を近付け、
「君の名前だけど……、リーネ、なんてどうかな?」
「みゅっ♪」
「喜んでるみたいね。ていうかこの子、みゅっ、て鳴くのが癖なのかな?」
「ミュウの方が良かったとか……」
「ペットじゃないんだから安易に鳴き声で決めるのは駄目だと思います」
「あっ、はい先生」
「よろしい。それで、キルアの答えは決まった?」
僕が出した答え。
皆と協力してミノタウロスを退ける。
そのためにやるべき事をはっきり言う事でソフィーに対する答えとする。
「村長と対策を練りたい。勿論、黙ってたことも謝罪しなくちゃいけないと思う」
「そっか……。それじゃあ、もう一度村に戻らないとね」
「いや、その前にギルド協会に行きたいんだ」
エルザの街にはギルド協会の支部がある。
先日、ギースと話した酒場オラキオの隣にある白レンガ造りの建物だ。
ルザック地方は稼げるダンジョンや強力な魔物が少ない。
そのため派出所程度の規模で本部から派遣された人員も極少数だ。
僕達3人はアトリエを離れて早速、ギルド協会支部へ向かった。
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ギルド協会に入ると深い青髪が美しい女性が受付嬢として座っていた。
本来、王都に居る筈の彼女が何故ここにいるのか。
僕が声を掛ける前にミクアさんもこちらに気付いたようで、
「あー、お久ですねー、キルア君。元気してましたか?」
「なんでミクアさんがここに?」
「いやー、左遷されちゃいましたー。私ってば素行が悪かったようで」
「何というか、見た感じ駄目よね……」
呆れた様子でミクアさんを見るソフィー。
そんな視線にも巨大なパンを齧りながら営業スマイルな受付嬢。
手持ちのパンだけならまだいい。
彼女の横には大量の食料が入ったバスケットが折り重なっていた。
「今、片付けますので。んぐっ、邪魔……はい!ギルド協会へようこそ!本日はどのようなご用件でしょうか?」
「何からツッコめばいいのかしら?」
「仕事は出来る人だから……」
「ですです。どうせ安月給なお仕事なので最低限頑張ればオッケーですよ」
相変わらず残念な人だった。
ミクアさんと僕の付き合いは結構長い。
特にユリウスが死んでからは、高頻度で顔を合わせていた。
雑用係だった僕は依頼報告や情報収集などの使い走りをさせられていたからだ。
その時、ギルドの受付嬢として対応してくれたのがミクアさんだった。
ライオネルハートは王国周辺を拠点とすることが多かった。
彼女はギルド協会でも花形である王都勤務だった筈なのだが……。
「キルア君に会いたくて追ってきちゃいました。はむっ、コレ美味しいですよ」
「食べながら喋らないで下さい。それに左遷ってさっき……」
「冗談ですよ、冗談。それでご用は何です?」
ギルドが僕1人になったとか、ノルザ村の件は伏せて話を進める。
流石にギルド嬢まで僕の厄介事に巻き込むつもりは無い。
「ギルド協会が管理する武器庫に立ち入りを許可してほしいんだ。急ぎで」
「ルザック地方は安全な地域ですから強力な装備とかないですけどねー。ちなみに倉庫番号の指定とかあります?」
「術式符だから……12番かな」
「では入場許可証を発行するので少し待って下さいね。他には何か?」
「協会管理の書庫から情報を引き出したい。ミクアさんの方で人体錬成と聖剣に関する文献を見繕って欲しいんだ。期限は3日間で出来る限り情報を集めて欲しい」
ノルザ村の仕事が完了した後、僕はすぐにリーネの生まれについて調査するつもりでいた。
ミクアさんの手が止まる。
以前にも同じような依頼をしたことがあった。
それはユリウスが死んだ時で……。
「まさか、また人体錬成をしようとか考えたりしてません?」
「えーと、何というか、全然別件で命の神秘について調査しようと思って……」
流石に聖剣を錬成しようとしたら赤ちゃんが誕生したなんて言えない。
リーネは特殊な存在だ。
今は伏せて置いた方がいい。
嘘が下手な僕の後ろでソフィーはリーネの相手をしている。
その様子を見たミクアさんは勝手な解釈を始めて、
「あー、成程ー。意図せず生まれちゃったんですね。命の神秘とか遠回しな表現しなくても良いんですよー。お2人とも好奇心が勝って合た……」
「「違います!」」
「ちーす♪」
僕とソフィーは同時に叫んでいた。
ついでにリーネも楽しそう声を上げる。
残念です、と解釈の難しい言葉を呟きつつもミクアさんの手は動き続けている。
ふざけつつも僕が頼んだ依頼の手続きは進めてくれてるようだ。
「はーい、許可証が完成しましたよ。書庫の件も期限までに調べておきますね」
「ありがとう。偶然だけどミクアさんが居てくれて良かった」
ソフィーにも許可証を手渡し、ギルド協会を去ろうとした時だった。
凛とした声が僕の背中を押す。
「では3日後、生きてまた会いましょうね。信じてお持ちしておりますので」
破天荒だが仕事は完璧にこなすミクアさん。
どうやら僕達の事情も全てお見通しのようだった。
その上で何も聞かず送り出してくれる彼女に感謝しつつ、僕達は倉庫に急いだ。