*4 アダナの理由
……その
「お願い」の次の日からの夏樹は、すごかった。
のぞみが朝登校すると、のぞみの席の周りには男子がたくさん集まっていた。
正確には、夏樹の席の周り。
昨日まで浮いててひとりっきりで欠伸をしていた夏樹の周りに、クラスの男子が数人集まっていた。
人だかりの中心で、突然夏樹が
「うあー!」と叫んだ。
「マジで!? うわ俺それ超勘違いしてたっ」
「お前バカだなー、バカっぽかったけどほんとにバカだったのかよ」
「バカバカ言うな! ……泣くよ!?」
泣くなよ! と周りの男子が一斉に笑った。
……なんだこの人だかりは。
ぐたっとして生気がなかった夏樹の目は今やキラキラと輝き、髪型も無造作だけどぼさぼさの伸ばしっぱなしではなくなっていた。
制服もそこそこちゃんとしている。
夏樹がのぞみに気付いて笑った。
「あ、橋本さん。おはよ」
「……おはよう。人気だね」
「え? 人気じゃないって全然!」
夏樹はにこにこ笑っている。
……あ。この笑顔は、昨日とおんなじだ。
そう思った矢先に、クラスの男子達が喋りだした。
「にしてもジョナ、お前ってなんで“ジョナ”なの?」
「あ、それ俺も気になってた。でも昨日までのジョナには聞きづらくってさあ」
さて、どこから話せばいいのかな、と夏樹はおどけて言った。
「ちっちゃいころから夏樹ちゃん、夏樹ちゃん、と呼ばれていた俺は、とにかく自分の名前が気にくわなかったワケですよ」
昔話は唐突に始まった。のぞみは鞄を置いて携帯をいじりながら、こっそり話を聞いていた。
「案の定、中学くらいになると本格的にからかわれはじめたから、俺は『ナツキ』って呼ばないでくれ、と周りのみんなに頼んだわけです」
「うんうん。それで?」
「だけど名字だと親しみがない。っていうんで当時の俺の友達の一人が付けたあだ名が“ジョナ”」
夏樹は(男だけど)花が開くような笑顔を浮かべた。
「シン『ジョーナ』ツキ、だからジョナ。結構無理やりだったけど、これ思いついた友達には感謝してる。以上。……ハイ、じゃあ他に俺に質問ある人!」
はーい、と背の高い山口くんが手を挙げた。
「なんでお前、急に明るくなったわけ? キャラ変?」
正直キモいぞ、という周りのからかいに、夏樹は笑顔で返した。
「んー。……秘密、かな」
「なんだそれ!」
ますますキモい! と笑う男子の群れから逃げるように、のぞみは廊下に出た。