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第5話 クレープより安い女

「あ、せ〜んぱい! 一緒に帰りましょ」


 空が赤く染まり始める夕刻。

 授業後のホームルームを終え、そそくさと学校を後にしたにも拘らず、校門を抜けたところで待ち構えていた後輩に声を掛けられた。


「早いな。僕も教室からは一番最初に出たんだけど」

「だから大急ぎで移動してきたんですよ! まったく、どうしてこんなに健気な後輩を放って帰れるのか……」

「移動が遅れると電車に間に合わないからな。知らなかったか?」

「それは知ってますけど……一本遅れても、せいぜい十分の差じゃないですか。私と十分、どっちが大切なんですか?」


 地雷女に認定されても仕方がないような台詞を平然と口にする。

 わざとらしい上目遣いを添えて。

 ここまであからさまに煽られては、期待に応えない訳にはいかない。


「君に決まっている」

「ふぇあっ⁉ ……ほ、ほんとですか?」

「ああ、電車の一本や二本を乗り過ごす程度じゃ相手にならない」

「えへへぇ……って、それなら待ってて下さいよ! 台詞と行動が一致してませんからっ!」

「お、気が付いたか。えらいえらい」

「そんな適当な言葉で誤魔化されるような安い女じゃありません!」


 ふにゃっと崩れた顔から、ちょっとむくれた顔へとせわしなく表情が変化する。

 いつもなら、ちょっと浮ついた言葉で彼女をからかうところだけれど、都合よく今日は良いネタがあった。


「なぁ」

「何ですか?」

「駅の近くに新しくクレープ屋が出来たんだけれど、寄ってみないか? たまには奢るよ」

「やったぁ! 実はどんなお店か気になってたんですよ〜」

「……それでいいのか、自称安くない女」


 千円以下だった。流石に安売りが過ぎるぞ?

 僕にとって、最上に魅力的な女の癖に。


「もちろんです。だって、ただのクレープじゃありませんから」

「そんなに有名な店なのか?」


 何かと興味も知識もない僕が首を傾げる様子を見て、ふふっとほほ笑む。


「いえいえ、そっちじゃなくてですね」


 少しだけ駆けだしてから、身を翻して振り返り、


「珍しく先輩から誘ってくれたから、ですよ?」


 ――満面の笑顔で、告げる。


 隠すつもりなんて欠片もない、むき出しの心に、僕はほんの少しだけ顔が熱くなった気がした。

 けれど夕日が味方してくれたのか、後輩は気づかぬままに歩みを再開する。


「でも、いいんですか? 電車に間に合わなくなりますよ?」

「言っただろ? 電車の一本や二本……」

「あ〜、はいはい。私の方が大切なんですよね、分かってま〜す」

「語尾を伸ばすと、より馬鹿っぽいぞ」

「普段から馬鹿みたいに言わないで下さいっ!」


 そんな馬鹿みたいな会話をしながら、僕たちは足を進める。

 最寄駅とは少し違う方向へ。

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