第1章 -1 87連敗
関東甲信越を中心に30店舗を運営するペットショップ「ペットの花沢」。
さいたま市大宮区にあるその本社ビル会議室では、新卒採用面接の2次選考会が行われていた。
「明鏡大学経済学部4年、蕪木 善太と申します。本日は宜しくお願い致します!」
「はい。蕪木君ね。君は明鏡大か。そんな一流大学を出て、なぜうちの様な中小のペットショップに?」
「はい。私は幼少の頃から、犬や猫が好きで、あ、ただ、自宅がマンションでペットは飼えなかったので飼ったことがないんですが、ずっと憧れを持っておりました。就職活動を進める中で、ペット業界を色々調べさせて頂いた中で、御社のペットを大切にする姿勢に惹かれ、志望させていただきました。」
「そう。でも、うちの新卒はペット関連の専門学校出身者が殆どだよ?管理部門で4大卒もとってはいるけど、今年度は管理部門の採用は予定してなくてね。他の子たちと一緒に現場に立ってもらうことになるけど、それでも良いの?」
「はい。私は、まず現場でペットショップの経営を学ばせて頂いて、いずれ、然るべきタイミングが来たら、大学で学んだ経済学の知識を活かして、本社で、御社の企業理念をより多くの人に知っていただく為の、事業拡大の為の業務に就くことが出来ればと思っています。」
「大学時代に力を入れたこと…、あぁ、履歴書には国際支援サークルでの活動となっているけど、これはどういう内容だったんですか?」
「はい。私が行ったのは、カンボジアの地雷を撤去する為のチャリティ活動です。飲料メーカー様にご協力頂いて、収益の一部を地雷除去専門のNPOに寄付して頂く、という活動でした。私自身も2度カンボジアへ行き、現地の悲惨な状況を目の当たりにする中で、何かこの状況を改善出来ればと強く感じました。」
「海外留学もされてるんですね?」
「はい。アメリカに1年だけですが。」
「う〜ん…、蕪木君。君が取り組んで来たことは素晴らしい事だと思うよ。とても、優秀なんだろうとも思う。ただ、うちは海外との取引は一切ない、中小のペットショップなのでね…。」
「あ、はい。それは存じております。そう言った海外での経験を活かして、御社の業容拡大に微力を尽くせればと考えております。」
「分かりました。結果は近日中に郵送でご連絡させていただきます。今日はありがとうございました。」
「はい!宜しくお願い致します!」
礼をし、踵を合わせて回転し、ドアの前でもう一度礼を言ってから退室する。
就職活動生の見本の様な態度。
ドアを閉める瞬間まで、ミスのない様に気をつけていたが、善太は確信していた。
“ダメだこりゃ。”
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東京都世田谷区。
東急世田谷線という2輌編成の小さな電車が走る町。
居酒屋のテーブルに善太はいた。
「いや、それにしてもゼンタ!オマエやっぱスゲーよ!これで87社目だろ⁉︎そんなヤツ聞いたことね〜!ハハッ」
「な!俺もホント聞いたことね〜わ。」
テーブルを挟んでゼンタと向かい合っているのは幼馴染のヤマト。
ヤマトはゼンタより数ランク落ちる大志館大学出身だが、既にサラリーマンとして働いている。
ゼンタは留学している為にヤマトよりも1年遅れて就職活動をしているのだ。
「うちの大学でもそんだけ落とされたヤツいないと思うよ。それが明鏡なのにそんだけって、ゼンタきっとなんか呪われてんだよ!松陰神社でお祓いして貰った方が良いよ。」
「いやもうホントそのレベル。落ち込むわ〜。」
「まぁ、良いじゃん。どっちみちペットショップで働きたかったわけじゃないんだろ?」
「まぁな。結局んとこは、あんまりにも内定貰えないからいっそどこでも良いからイッコでも内定取りたかった感じだよな。」
「面接官も察してんだろうしな。」
「それな。もうなんか、はじめから“どうせうちには来ないんでしょ”って感じの受け応えだったよ。専門学校卒ばっかりだとか、海外には出られないとか、そう言うのばっかり言ってさ。俺に志望して欲しくないって感じだった。」
「まぁ、実際そうなんじゃね?うちの会社も新卒採用してるけど、6大学とかのヤツは結局辞退するケースが多いらしくて、人事の人としてはギリギリまで人数を確定させられないから嫌みたいよ。一昨年くらいにそれで10人採用する筈だったのが3人しか取れなかったとからしくてさ。けっこう大問題になったらしいよ。うちなんて若いベンチャーだし、新卒始めてまだ3年くらいだから、そう言うノウハウも貯まってないんだろうけど、何年も新卒採用やってるとこなんてその辺そりゃすげぇシビアでしょ。」
ヤマトは、スマホアプリの開発会社に就職をして、営業マンとして働いている。
なんでも、スマホアプリとのコラボをして商品を宣伝する、そう言ったニーズのある企業に営業をかけるそうで、時代背景もあってなかなか好調らしい。
まだ入社して半年だが、ヤマトの後に中途で10人以上が入社して来ているそうだ。
ヤマト自体はそれほど優秀なわけでもなかったし、就職活動時にもさして調べたりせずにあっさり決めてしまったのだが、縁に恵まれたのだろう。
「最初の頃は、なんだっけ?商社と新聞社が第一志望だったんだっけ?」
「あぁ。商社か報道。テレビ局とか出版社とかネットメディアの会社も受けたけどな。」
「まぁ、その辺は、ゼンタにはワリィけど内定取れないのも分かるよな。東大京大当たり前みたいな感じだろ?」
「まぁな。」
「で、次がコンサル会社か。まぁここも、似たようなもんだわな。問題はその後だよな、ゼンタが迷走し始めたのは!パチンコ屋とアパレルと電気屋と…あとなんだっけ?」
「いやいや、めっちゃあるよ。電鉄系も受けたしメーカーもあちこち受けたし、IT系とか広告代理店とかイベント系とか…。」
「で、今日のペットショップで87社目か。いやゼンタ、悪いけどウケんなオマエ!」
「いや俺も人ごとだったら大爆笑してると思うけど、さすがに笑えねぇわ。100いくぞこれマジで。」
「100行ったら、焼肉おごる。ハハッ」
「奢られなくねぇ〜ッ!」
しばらく飲んで、明日早いと言うヤマトの言葉で、慰め会はお開きとなった。
2人とも実家暮らし、家は近く、徒歩圏内だ。
「ただいま〜。」
「あぁおかえり。何よアンタ、ご飯食べて来たの?」
「あぁ。ヤマトと。」
「何アンタまた面接ダメだったの⁉︎」
「いやいや!決めつけんなよ!まだ分かんねぇよ!」
「ふぅん。まぁ良いわ、せっかく肉じゃが作ったのにどうしようかしらこれ。」
「あ、食べたい。今日ビール3杯だけで食べ物は殆ど頼まなかったから。」
「そう。じゃああっため直すから、着替えるかシャワーするかして来ちゃえば?」
「あぁ、うん。」
蕪木 梢。
ゼンタの母。
産まれた時から、ゼンタを母1人で育てている。ゼンタは父を知らない。
父と母が同棲していた時にゼンタを身籠ったが、籍を入れる前に事故で亡くなったらしい。
なので梢は、結婚歴のない母親だ。
息子のゼンタから見ても、母親は美人の部類に入ると思う。
スタイルも良いし、年齢よりも若く見られる筈だ。
小学校の頃の授業参観などでは「ゼンタの母ちゃんスッゲーきれいだな!」と友達に言われて鼻が高かったのを覚えている。
なので、言い寄られるもあったのだろうとは思うが、ゼンタの知る限りでは結婚を考えたことはない様だ。
父の話は殆ど聞いたことがないが、今でも忘れられないのかも知れない。
シャワーを浴びてダイニングに戻り、肉じゃがを食べる。
梢はゼンタの正面に座って、レシートの金額をノートに書き写している。
「やっぱり野菜高いわ〜。」
なんて独り言を言いながら。
「あ、そう言えばこんなの届いてたわよ。」
と、ゼンタの前に封筒が置かれる。
裏面を見ると、株式会社暁商事、とある。
“アカツキ商事?そんな会社エントリーしたっけな?”
見ると、「この度は当社の求人にご応募いただき誠にありがとうございます。ついては、面接にお越しいただきたく、下記URLまたはQRコードからご都合のよろしい日程をご入力下さい。」とある。
暁商事と言う会社に覚えはないが、手当たり次第にエントリーしていた時期があるのでその時に送っていたのだろう。
スマートフォンでQRコードをスキャンしてサイトを見てみる。
よく分からないが、輸出系の商社の様だ。日本の伝統工芸云々と言う文字や職人らしき写真と、どこか外国の展示会の様な写真が貼られている。
“うん、悪くない。”
recruitと書かれたボタンをタップし、封書に書かれていたIDを入力、5つほど記載されていた候補日の中から、1つを選び、登録ボタンを押した。
するとすぐに、その日時にお待ちしております、とのメールが届いた。
“アカツキ商事か…、ちょっと色々調べてみなきゃな。"