第2章 孤児 -4 プラモデル
「いらっしゃい、ラフィ。今日からはここが貴方の家だと思って、寛いでね。」
相変わらず硬い表情のまま、ラフィが頷く。
今日から、ラフィは蕪木家で一緒に暮らす事になる。
ゼンタが産まれて以来、善太と梢、2人以外での生活は初めてだ。
蕪木家は2LDK。
残念ながら1人1部屋と言うわけにはいかない。
梢の部屋に簡易のベッドを買ったので、そこに寝て貰う事になっている。
最初は、ゼンタの部屋で寝て貰おうとしていたのだが、宍戸から反対を受けた。
ラフィは、これまで2年以上も、“男性”にレイプされて来たのだ。ゼンタのことを信頼はしても、恐れは消えない、と。
言われてみればその通りだと思い、梢に伝えたところ、むしろ喜んで一緒に寝ることを了承し、
「ゼンタ、寂しいならあなたも一緒に寝ても良いのよ。」
と舌を出した。
ゼンタは、家の中をラフィに案内する。とは言っても、60平米ていどのマンションだ。案内すると言ってもすぐに終わってしまう。
トイレや風呂を案内し、ゼンタの部屋へ入る。
部屋を案内すると、ラフィの視線があるもののところで止まった。
飛行機のプラモデルだ。
「お?ラフィ、飛行機が好きなのか?あれはビーチクラフト•ボナンザってセスナ機でね。高校生の頃にかなり飛行機に憧れた時期があって、プラモを買って来て作ったんだ。カッコ良いだろ?」
ラフィは目を輝かせて頷いている。
東京タワーの時もこう言う表情はしたが、今回の方が、分かりやすくキラキラして見える。
「よし。じゃあ、友情の印にラフィにあげるよ。」
と言うと、目を見開いてゼンタの方を見た。
そう言う反応をしてくれると、ゼンタも嬉しくなる。
「はい。どうぞ。ただ、プロペラのところとタイヤのところは、折れ易いから気をつけてね。」
そう言って渡すと、しばらくラフィの目はプラモデルに釘付けだった。
が、しばらくして、タムードの時と同じ様に“Thank you.”と囁やく様に言った。
「どう致しまして。ラフィが喜んでくれたのなら俺も嬉しいよ。それに、同じ飛行機好きってことが分かったのも嬉しいしね。」
ほんの少しだけ、ラフィは口角を上げて頷いた。
「さて、じゃあ食事にしよう。母さん、気合い入れてご馳走を作ってくれてるよ。」
食卓に並んでいる料理は、確かに“気合を入れた”と言うのに相応しいものだった。
サラダと主菜のチキンに加えて、ホウレンソウのお浸しや鰯のツミレなど、小鉢が4つも用意されている。
「さてラフィ、いただきましょう。」
梢がそう言い、手を合わせて“いただきます”と言ったので、ゼンタもそれに倣う。ラフィも見よう見まねで手を合わせている。
ラフィは箸を使えないので、フォークを使っている。
最初は恐る恐る、と言う感じだったが、特にチキンは気に入ったようだ。
それを見て梢がテリヤキにしたから口に合うかどうか心配だったけど、気に入ってくれて良かった、と笑う。
ラフィは、日本について最初の日は何も食べずに寝てしまい、翌日も朝はトーストとベーコンエッグを半分ずつしか食べず、昼も殆ど食べなかった。
だが、少しずつ食べる量は増えて来ている。
いままでろくなものを食べてこなかったのかも知れない。11歳と聞いてイメージするよりも小さいし、かなり痩せている。
そもそも、日本人とトヴァン人で違うのかも知れないし、一概には言えないが。
「無理しなくて良いけど、沢山食べてね、ラフィ。成長期なんだから。」
と梢が声をかけたが、ゼンタもまさに同じ様に思っていたところだ。
普段であればゼンタは、梢を気にせずに好きなものを食べる。
「まぁ!ゼンタったらお母さんには餃子を1つも残してくれないのね!」と梢に言われて初めて全て食べてしまったと言うことに気づいたこともある。
中学や高校の頃は毎日の様にそんな状況だった。
今でも食欲は旺盛だが、流石にラフィの分までは食べてしまわない様に気をつけている。
ラフィは、一番早くフォークを置いた。
やはりまだ、11歳の男の子が食べる量に比べるとかなり少ないだろう。
「ラフィ、もうお腹いっぱい?」
と聞くと、頷いた。
その後、風呂の使い方を説明して、ラフィには1人で入って貰う。
風呂は特にセンシティブなので、脱衣所にも立ち入らない様にしている。
風呂から上がってくると、まだ髪が濡れていたので、梢が拭いてあげている。
やはりボディコンタクトは、女性である梢の方が抵抗は少ない様だ。
その後、9時を過ぎる頃になると、ラフィが眠そうにしているので、梢が寝室へ連れて行った。
僅か15分ほどで梢が戻って来て「寝たわ。」と伝える。
「やっぱり、気を張ってるんでしょうね。」
「まぁね。11歳の男の子が、外国で知らない人たちに囲まれて過ごしてるわけだからね。そりゃ気を張るし、疲れてるだろうね。」
「ゼンタはあのくらいの時、11時過ぎまではしゃぎ回って全然寝なかったわ。」
「そうだっけ?けっこうサッカーで疲れてすぐ寝ちゃってた気がするけどな。」
「あら。自分に都合のいい様に記憶を塗り替えてるのね。ふふ。ゼンタが全然寝ないって永島コーチに話したら、練習に100%で取り組んでない証拠だって言われて走らされてたじゃない。」
「あ〜、それはなんとなく覚えてるかも…。」
「みんながそうなのかは分からないけど、あの歳頃は色んなことに興味を持ち始めるものね。変なヤンキー漫画に嵌ってたのもあの頃だったし。」
「はは。そうだったね。」
「ラフィは…、まぁ時間は掛かるんでしょうね。でも、あの子は強い子だわ。こんな短期間なのに、少しずつだけど、乗り越えつつある様に思うもの。」
「そうだね。俺も、そう思うよ。」
「それに、イケメンだしね。やっぱり女性としては、そこはポイント高いわよ。」
「はは。まぁ、そう言うもんだろうね。何れにしても、母さんが上手くやってくれそうで安心したよ。」
「えぇ、先のことは分からないけど、今は、楽しんでいるわ。」
「なら良かった。」
ゼンタは、梢の寝室のドアを開けてラフィの寝顔を見る。
さっきあげたセスナ機のプラモデルを抱いて寝ている様だ。
そのことに嬉しくなるが、プロペラの部分が折れてしまいそうなので、ラフィの胸からプラモデルを取り、ベッド脇のサイドテーブルに置き直した。
こうして、ラフィの蕪木家での最初の夜は更けていった。