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アカツキエイト  作者: 小沢 健三
第2章 孤児
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第2章 孤児 -3 Thank you

ゼンタとラフィ、そしてタムードの3人で過ごす、2泊3日のホテル滞在期間はあっという間に過ぎていった。

外出をしたのは、2日目に3人で皇居を散歩しただけだ。

ラフィはあの、ベッドで嬌声きょうせいを上げて以降は相変わらず声を発しない。

ただ、食事やトイレなどの際、「どうしたラフィ?トイレかい?」と聞けばうなずきぐらいは返してくれる。

皇居を散歩している時に東京タワーが見えてラフィが立ち止まり、「あぁ、あれは東京タワーって言うんだ。」と説明すると、一瞬だけ目を輝かせた。

恐らく初めての海外旅行で、しかも東京だ。

見るもの全てがラフィの目には新しく、刺激的に映るはずで、11歳の少年であれば本来はもっと大騒ぎするところなのだろうが、成田から東京へ向かう際、車内からスカイツリーを見た時に比べると、少しでも反応があると言うことがゼンタには嬉しかった。


楠木くすのき宍戸ししどは2度、スージーは1度、ラフィのお見舞いに来た。


そして、母のこずえも昨日やって来て、3時間ほどラフィとともに過ごした。

やはり言葉は発しないが、楠木くすのき宍戸ししど、ゼンタ、タムードに比べると反応が良いように思う。

ラフィは8歳で両親を亡くしている。それからは誰かに甘えると言うことは許されなかった筈だし、本当はまだまだ母親に甘えたい年齢だ。

こずえくらいの、自分の母親に近い年齢の女性はやはり安心感がある様だ。

実際には、恐らくラフィの母親はいま生きているとしても30過ぎだろうし、こずえは若くしてゼンタを産んでいるとはいえもう50近いので、スージーの方が実際の母親に年齢が近い筈なのだが、スージーよりもこずえの方に明らかになついた。

こずえも、恐らくゼンタで経験しているからなのだろう。男の子の扱いには慣れている、と感じた。


そして、ホテルをチェックアウトし、宍戸の運転で羽田空港へ向かう。

タムードは上海経由でトヴァンへ戻るとのことだ。

1〜2ヶ月後に始まるあかつき商事のミッションでは、トヴァンでの案内役を任せることになっているので、それまでの別れだ。


「ゼンタ、短い間だったが世話になったな。ラフィを頼む。」


「はい。任せて下さい。」


そう言うと、ハグをわす。


そして、少し腰をかがめてラフィと視線を合わせる。


「ラフィ、ゼンタやコズエに任せておけば安心だ。ここでは、誰もお前を危険な目には合わせない。」


そう言うと、タムードは恐る恐る、と言った感じでラフィにハグをした。

ラフィの顔が一瞬だけ強張こわばるのを感じたが、ラフィはタムードのハグを受けれた。

受けれたと言っても直立不動でされるがままにしているだけで、タムードの背中に手を回したりはしない。


「よし、良い子だ。俺たちは、ラフィの様な子をこれ以上作らせない様に、アカツキと連携して新しいトヴァンを作る。お前達の世代が、誇りを持ってトヴァン人だと言える様な国を。」


そう言うと、タムードはラフィに背を向け、搭乗ゲートへ向かった。


「ス…。」


ごくごく小さな声だが、ラフィが何か声を発した様に思って見ると、ラフィの口が動いている。

“Thank you”と。


「た!タムード!」


とゼンタが呼び掛けると、タムードが振り向く。

ゼンタはラフィの肩を抱き、「さ、今言ったことをもう一度、言えるかな、ラフィ?」とたずねる。


ラフィは数秒、強張こわばった表情のままだったが、やがてささやく様な小さい声で、“Thank you”と言った。

恐らく、声はタムードまで届いていないだろうが、口の動きで察したのか、タムードは深くうなずくと、右手の指を鼻に当て、少し鼻をすする仕草を見せた。

そしてその手を鼻から離すと、ラフィに向かって親指を立てた。


「よく言えたね、ラフィ。強い子だ。」


そう言って再びタムードに手を振ると、ラフィも本当に小さくではあるが、右手を胸の辺りまであげて、少し左右に振った。


タムードは手を振り返すと、強く一度だけうなずくと、搭乗口へ消えた。


「なかなか、感動の別れだったな。」


隣にいる宍戸ししどから声が掛かる。


「そうですね。ラフィは、タムードと2人だった時は張り詰めっぱなしだったので余裕がなかったんでしょうけど、タムードが味方だってこと、ラフィへの思いはちゃんと伝わってたんですね。」


「よし。では我々も行こう。ここから先は、こう言う心温まる出来事なんてないと思えよ。」


「はい。そうですね。」


そう言うと、ラフィを促し、車へ向かった。

手を繋いでくれるかと思って左手をラフィの前に出したのだが、その手が握られることはなかった。


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