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アカツキエイト  作者: 小沢 健三
第2章 孤児
10/22

第2章 孤児 -2 初めての朝

翌日。


その日は火曜日で、定例ミーティングのある日だが、楠木くすのきからゼンタは出なくても良いと指示を受けている。

ラフィは20時前、タムードも21時過ぎにはベッドに入ったにも関わらず、朝8時を過ぎても起きて来ない。

昨日タムードが言っていた様に、2人ともよっぽど疲れているんだろう。


ゼンタは、あかつき商事に入ってからと言うもの、目覚ましがなくてもだいたい6時前には目がめる。


目覚めてからラフィとタムードの寝室のドアを開け、2人が眠っていることを確認してから、楠木くすのき宍戸ししどにその旨を報告する。

5分も経たず、2人から了解したとの返信が来る。


思えば、あの2人に限らずあかつき商事のメンバーはいつ眠っているのか。

事務所には夜中であっても必ず誰かしらがいる。ヨーロッパ担当のマッシュやアメリカ担当のアンディ、中南米担当のパトリシアは、時差の関係でそもそも出勤時間が彼方あちらの時間に合わせたものになるし、その他のメンバーであっても、緊急の情勢変化を共有する為のグループBBSには時間を問わず書き込みがされていて、それに対しての返信も1時間以内に行われている。

みんなが365日24時間、休まずに働いているのかと思うほどだ。


当然、そんなわけはないので時間を見つけて眠ってはいるのだろうが、どう言うライフスタイルなのか、ゼンタには全くわからない。


ゼンタも、昨晩は殆ど眠れなかった。


タムードから聴いたラフィの過去。

日本に暮らしているゼンタではおよそ想像もつかない、壮絶な過去。

それも、歴史の中の話ではなく、つい半月前までラフィはその最中さなかにいたのだ。


そして、まさに今この瞬間も、ラフィと同じ様な環境の子ども達がトヴァンにはいる。


これが“情報”というものか。


つい数週間前、トヴァンのことを調べて、くわしくなった様な気がしていた自分をしかり飛ばしたくなる。

そんなものは情報とは言えない、と。


ただ、今回の件を知ったからと言って、じゃあどうするか、と言う選択肢はゼンタにはない。

恐らく、ラフィの存在をおおやけにして、ダミアン大司祭を糾弾きゅうだんするのだろうと言うことは想像がつくが、楠木くすのき宍戸ししどの言う、1〜2ヶ月後に始まるミッション、と言うものの内容は、想像すらつかない。


一度、宍戸ししどに聴いてみたが「そんなのはまだ決まっていない。」となかった。

ゼンタに対して隠していると言うことではなく、本当に決まっていないのだろう、とその言葉を受けて感じた。


楠木くすのき宍戸ししどは、リアルな“情報”を数限りなく集めている。

その“情報”を何十何百と組み合わせ、プランを立てては壊し、壊してはまた作る、と言う作業を何度も繰り返しているのだろう、と言うのがゼンタの考えだった。

その上で、楠木くすのきが言っていた“転換点”を待っているのだろう。


「やぁゼンタ、おはよう。」


声に振り返ると、タムードが起きてきた様だ。

そのままラフィの部屋へ向かい、ドアを開けて寝顔を確認すると、静かにドアを閉めた。


「ゼンタ、ありがとう。君のお陰で久しぶりにゆっくりと眠ることが出来た。僕もそうだし、ラフィもね。」


「いえ、僕はただ、ここにいただけですから。」


「それが有難ありがたいのさ。少なくとも、楠木くすのきをはじめとするアカツキのメンバーは信用出来る。もちろん、ゼンタのことも信用してるよ。だから僕もゆっくりと眠ることが出来る。それだけのことが本当に有難ありがたいんだ。」


「そう言って貰えると嬉しいです。あ、お茶かコーヒーでも入れましょうか。」


「あぁ、良いね。そう言えば僕は、ジャパニーズティーを飲んでみたいとずっと思ってたんだよ。お願い出来るかい?」


「もちろんです!」


「ありがとう。では僕は、シャワーをして歯をみがいてくるよ。」


「あとは、トーストとベーコンエッグでも、ルームサービスで頼もうと思ってるんですが、それで良いですか?」


「良いね。よろしく。3人分ね。」


「オーケー。」


そう言って、キッチンへ向かい、お湯をかす。

日本茶の茶葉を急須に入れる。

先にルームサービスを頼んでおこうと受話器を取ろうとした時、ラフィの寝室からけたたましい嬌声きょうせいが響いた。

あわててドアを開けると、ベッドの下でラフィがさけびながらのたうち回っている。


「どうしたの⁉︎ラフィ、大丈夫⁉︎」


ゼンタが慌ててラフィの肩を抑えると、恐怖の表情でその手をける。

昨晩、タムードに言われた言葉が頭をよぎる。

「ボディコンタクトはなるべく控えた方が良い。」と、タムードは言った。


だが、一瞬の逡巡しゅんじゅんのあと、ゼンタは転げ回って暴れるラフィを抱き締めた。


「大丈夫!ラフィ!大丈夫だ!俺は君を傷つけたりしない!大丈夫だ!」


暴れ続けるラフィ。

ゼンタは何度も、「大丈夫、大丈夫」とさけぶ。

なおも暴れ続けるラフィに対して、腕に力を入れて「大丈夫!大丈夫!」と繰り返し伝える。

ラフィを抱き締める腕はゆるめない。


何回“大丈夫”と言ったか分からないが、ようやくラフィが大人しくなってきた。


ヒクヒクと、引付ひきつけの様な呼吸音が聞こえる。


少しボリュームを下げ、ゼンタは「大丈夫、大丈夫だよラフィ、大丈夫だ。」とささやき続ける。


「大丈夫、大丈夫だよ、怖かったね、ラフィ、でももう大丈夫だ。もう大丈夫だよ、ラフィ…。」


少しずつ、ラフィの呼吸音が落ち着いて来るのが分かる。


「大丈夫、大丈夫…。」


ふと、ラフィの手がゼンタの胸を押し、距離を取ろうとした。

先ほどまでの様な、暴れて突き飛ばそうと言うのではなく、優しくゆっくりと。


ラフィの肩に手を置き、「オーケーラフィ。もう大丈夫だね?」と聞くと、静かに、恐る恐る、と言う感じでラフィはうなずいた。


「よし、大丈夫だラフィ。ここは安全だ。大丈夫。」


ラフィは、呼吸を整えている様だ。

そして、何も言わず、再びベッドに横になった。


落ち着いた様だ。


振り向くと、バスローブ姿のタムードがいた。


「大丈夫だったかい?」


「えぇ。落ち着いたようです。」


「そうか。良かった。今までこんなことはなかったんだが、ようやくこう言う落ち着ける環境に来られて、ラフィなりに張り詰めていた感情が一気に爆発したのかも知れないな。」


「そうですね…。」


「俺は精神分析的なことは全く分からないが、今の反応はラフィにとってポジティブなものなのだろうか…。」


「う〜ん、どうなんでしょうね。僕もその辺りは詳しくないので…。ボスが用意してくれているプログラムの中にラフィのカウンセリングもありますので、それを通じて少しずつ精神的に良くなるのを待つしかないでしょうね。」


「そうか。改めて礼を言わせて貰うよ、ゼンタ、本当にありがとう。」


「いえ。このくらい全然…。」


タムードとゼンタは、どちらからともなく同時に深く息を吐き、うなずき合った。


「あ、そうだラフィ、トーストとベーコンエッグを注文するんだけど、君も食べるかい?」


そうゼンタがたずねると、ラフィは向こうを向いて横になったまま、わずかにうなずいた。

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