prologue
「大司祭。本日はお願いがあって参りました。」
「なんでも仰って下さい。唯一神サンジャイは常に敬虔なる信徒と共に御坐す。」
「あ、ありがとうございます!実は、先月の洪水で、私どもの牧場に甚大な被害が出ております。牛や豚たちの中には伝染病を患っているものもおり、出荷可能な個体は全体の40%以下と言う状態です…。このままでは我々は破産です!どうか、さらなるご慈悲をお願い出来ればと…。」
「ふ〜む…。先月の洪水は、確かに唯一神が与え賜うた試練と呼べるものでした。私も心を傷め、唯一神に祈る毎日です。尊い犠牲を払った方々には、唯一神の名の下に出来る限りの力になろうと考えております。」
「ありがとうございます!」
「ただ…。」
「ただ…?」
「あなた方は既に、私どもトヴァン正教会から唯一神の御名において融資させて頂いた40万クマールの利息、8万クマールの返済が滞っておられる様だ。」
「そ、それは…、おっしゃる通りなのですが…。」
「唯一神は、その海より深い御心で常に私たちを聖地ラガルランよりご覧になっておいでです。きっと、あなたやあなたの家畜たちにもご慈悲を与え賜うことでしょう。ついては…。」
「…。」
「あなたの持つ牧場の権利書を、唯一神にお委ねなさい。」
「と、土地の権利書を、ですか?」
「えぇ。あなたにご融資させて頂いた40万クマールは、唯一神の血であり肉であり涙です。それを返さないと言うことは、恐れ多くも唯一神への冒涜を意味します。」
「いえ!返さないつもりは全くございません!牧場の経営が元に戻れば、必ずお返し致します!」
「元に戻る…ですか。しかし、先ほどあなたはおっしゃった。出荷出来る個体が40%にも満たないと。その状態からどう元に戻すのですか?」
「ですから、その為のご融資をと…」
「融資があれば元に戻る、とお考えですか?」
「その可能性は高まります…。」
「あぁ…。唯一神はお怒りです。先月の洪水は、唯一神が下された天罰。尊い血•肉•涙を、無駄に浪費してしまったことへのお怒り。」
「そんな!無駄に浪費してなど!」
「いずれにしても、今のあなた方には利息と合わせて48万クマールの返済が出来るとは思えません。そして、利息はどんどん増えていきます。我々に土地の権利書を渡すと言うのであれば、融資分とは別に300万クマールを支払いましょう。」
「…恐れ入りますが大司祭様、あの土地はどう低く見積もっても1,000万クマールは下りません。それを340万クマールというのは…。」
「1,000万クマールですか…。たしかにその価値があったかも知れませんね。つい先ほどまでなら。」
「つい先ほどまで…と仰いますと…?」
「今はもう、1,000万クマールの価値はないと言うことですよ。唯一神サンジャイの怒りに触れた土地ですからね。300万クマールはおろか、国中探しても買い手はつかないでしょう。」
「そ!そんな!あの土地は先祖代々守って来た土地です!それを…!」
「では、私どもから提示した条件を飲まれますか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい!そんなのは脅迫じゃないですか!」
「脅迫とはまた、酷い言い様ですね。仮にも私は聖職者です。口にお気をつけなさい。」
「せ、聖職者だなんてどのツラ下げて言ってるんだ!こんなのは強奪だ!」
「…どうやら、私どものご提案は受け入れては頂けない様ですね。」
「と、当然だ!こんな汚いやり方に屈してたまるか!」
「分かりました。お引き取り下さい。追って、唯一神からの使者が貴方の元へ参るでしょう。」
「唯一神からの使者…?まさか!俺に裁きが…下るとでも言うのか⁉︎」
「お帰りだ。」
大司祭がそう声を掛けると、屈強な男が3人、男を抱える様にして部屋から連れ出す。
「ちょ!ちょっと待ってくれ!大司祭!!」
大司祭は、男の声に耳を傾けることなく、ドアが閉められた。
外からはまだ男の喚き声がしばらく響いていたが、やがて静かになった。
部屋に残ったのは、大司祭と男が1人。
「思ったよりも早かったですね、大司祭。」
「そうだな。あの牧場の商品はトヴァン正教の規格に準拠していない、食べることで唯一神の怒りを買うだろう、と国中に触れ込みを出せ。すぐにだ。」
「畏まりました。」
「あと、あの男の牧場だ。国中の不動産屋に対し、あの牧場一帯は唯一神の怒りに触れた土地だ、と伝えろ。」
「畏まりました。」
これらの仕打ちは、この国においては事実上の死刑宣告に近い。
「…これで大司祭様は、僅か40万クマールの融資で、1,000万クマールは下らない広大な土地を手になさるわけですね。」
「…ふん。そう言うことだな。国王陛下…あの色欲狂が進めているカジノリゾートの件も、我々主導で動かすことができる。」
「あの牧場主の家族はどうなさるおつもりですか?」
「ふん。知らんよ。唯一神の怒りを買った男がこの国でどう生きていくのかなど。お前に任せる。」
「分かりました。ただ確か…、あの家族には子どもがいました。8歳の男の子だったと思います。」
「…。」
「牧場の子どもらしく、如何にも純真無垢で天真爛漫な美少年だとか…。」
「ほう。その男の子は、唯一神のおそばでお仕えする資格があると?」
「それは、大司祭様がご判断下さい。近いうちに、こちらに連れて参りましょう。」
「分かった。下がれ。」
「はっ。」
男が出ていくと、大司祭はソファに腰を下ろす。
計画は順調だ。
もはや自分を止めることが出来る人間はこの国には存在しない。
自分こそが、現代の“唯一神”サンジャイ•クマールだ。
これから、このトヴァン王国は目紛しく発展するだろう。
計画されているカジノリゾートは、アジアで最大級のものとなる。
今日、場所の確保に目処が立った。
この為に大司祭は3年も前から計画し、ビーチに面していて空港からも近い、これ以上は望めないと言う立地にある牧場に目をつけ、“行動”を続けて来たのだ。
もっと時間が掛かると思っていたが、偶然起こった洪水と言う天災が時計の針を進めた。
元々計画されていた家畜への病原菌注射も、洪水によって家畜たちが泥水に浸かったことで、なんの疑問も起きなかった。
その意味では、災害も唯一神の“加護”だ。
計画はこれ以上ないほど順調だ。
自分こそが、現代の“唯一神”サンジャイ•クマールだ。
窓から見える夕日を睨む様に見つめながら、大司祭は笑った。
“マインドコントロールパネル”を書き終えてから、もうすぐ2年になろうとしています。
その間、何人かの方に新作を楽しみにしていると言う旨のご連絡をいただいたりもしていましたが、なかなか思うような作品のイメージが出来ずにいました。
今回の作品“アカツキエイト”は、“マインドコントロールパネル”に比べるとかなりスケールの大きいものになる予定です。
基本的にはビジネス小説で、マインドコントロールパネルの時の様に、所謂“異能”みたいな特殊能力は一切出て来ません。
ただ逆に言うと、多くの人にとっては“異能”が出てくるマインドコントロールパネルよりも、特殊な能力が出て来ない“アカツキエイト”のほうがとっつきにくいかも知れないなと思います。
書いていても、それは少し感じます。
ただ、面白い作品ではあると思いますので、是非皆さん楽しみに、更新をお待ち頂きたいと思います。
宜しくお願いします。