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夜の来ない街

作者: Haru



私の住んでいる街には、夜が来ない。

この街の住人は、夜の存在を知らない。

なんせ、時計の針が午前0時を指しても、太陽がギラギラと街を照りつけている様なのだ。


他の街へ出たことのある住人は、初めて夜の存在を目の当たりにし、皆同様に「夜ってのは怖い。真っ暗で、真っ黒で、なにも見えない。まるで地獄のようだった。もう二度とこの街から出たくない。」と口を揃えて怯えている。

話を聞くに、起きる時間、仕事の時間、帰宅の時間、寝る時間……生活のサイクルはこの街とほとんど同じようだった。


当の私は、まだこの街から出たことが無い。

この街の住人皆が夜の存在を嫌っているが、私はその存在に興味があった。

いつかこの街を出て、夜を見に行きたいと思っている。

しかし、なかなか街を出ることに踏み出せずにいた。

何故この街だけに夜が来ないのだろう。

その疑問を解ける者はまだこの街には居なかった。


私は仕事終わりに、いつもの公園でいつものようにブランコに座り、空を眺めながらコンビニエンスストアで買ったコロッケパンを食べていた。

この時間が私にとって唯一くつろげる時間だった。

いつにも増して日差しが暖かい。

私はパンを食べ終えしばらくすると、うつらうつらと眠ってしまった。


「………」


どれだけ時間が経っただろう。

重い瞼をを開け、腕の時計を見ると、午後の8時を過ぎていた。

相変わらず空からは太陽がギラギラと私を見下ろしていた。

ふと、視線を横にやると、隣のブランコに一人の女性が座っていた。

20代前半だろうか。見た限りでは、私と同じぐらいの歳に見える。


その女性は、ゆっくりとこちらを見て私に微笑みながら言った。


「ここは、夜が来ない街なのね。」


「……?」


この女性は他の街から来たのだろうか。

疑問に思いながら私は聞いた。


「ええ…貴方は夜を見たことがあるの?」


「あるわよ。教えてあげる。

とっても星が綺麗でね、月は神秘的で、素晴らしいものよ。」


女性は更に微笑みながら答えた。

私はそれを聞いて目を輝かせた。


「へえ…実は私、夜に興味があるんだ。

この街を出て、いつか目にしたいって思ってるの。それを聞いたら、余計に興味が湧いたわ」


興味津々な私は話に夢中になった。

その日から雨の日も晴れの日も毎日、私は公園で彼女と話に花を咲かせた。

私達が仲良くなるのにそう時間はかからなかった。


ある日、予想外のことが起こった。

彼女は私に会うなり突然言った。


「ねえ、今から街を出て、夜を見に行きましょうよ。きっと、星が綺麗よ。」


私は目を丸くして、少し考えてから答えた。


「いいわね。一人きりで街を出るのは抵抗があったのよ。貴方と一緒なら安心だわ。」


それを聞いて彼女は静かに微笑んだ。


「……案内するわ」


時計を見ると、他の街ではもう夜に当たる時間だった。

私達はかなりの距離と時間をかけて街を出た。

私が住んでいる街は、想像以上に広かったようだ。


街と街の境界線を越えた瞬間、さっきまで照りつけていた太陽が消え、辺り一面が真っ暗になった。

私は怖くなり目を瞑り、幼い子供のように彼女にしがみついた。


「ねえやっぱり、戻ろう」


「目を開けて。目を凝らして。

上を向いて。星が綺麗よ。

それに暗がりでも月が照らしてくれているから大丈夫。ほら。」


彼女は私の腕をとり、笑いながら言った。

私はゆっくりと目を開け、上を見上げた。

そこには疎らに散らばる星たちと、丸い月が私を見下ろしていた。

さっきまでの不安と恐怖が一気に消え、私は目を輝かせた。


「すごい。きれーい……」

「でしょう?」


彼女は夢中になる私を見て言った。

月明かりで彼女がいつものように微笑んでいるのがわかった。

私も微笑み返した。そしてまた夜空を見上げた。

夢のような時間だった。


何時間もじっくりと夜空を眺めた後、私達は住み慣れたあの街に戻った。

街と街の境界線を越えると、今度は眩しいぐらいの光が私を包んだ。

ほっとしたのか、名残惜しいのか、複雑な気持ちになった。

そして私達はいつもの公園で別れた。


「やっぱり慣れてる分太陽の光も安心するけど、夜ってとても素敵ね。夢が叶ったわ。ありがとう。」


私がお礼を言うと、彼女は嬉しそうに微笑みながら手を振って帰っていった。


しかし、次の日から彼女は姿を現さなくなった。

私はそれを疑問に思ったが、よくよく考えると彼女の家も電話番号も、そして名前すらも知らない。

また、すぐ姿を現すだろうと考えていた。

しかし、彼女が私の前に姿を現すことはもう無かった。


数年もの時が経ち、私は彼女の顔をだんだんと思い出せなくなっていった。

ただ、あの日のことは今でも鮮明に覚えている。

相変わらず、この街には夜が来ない。

今、私は新しい仕事をしている。

この街の謎をどうしても解きたくて、科学者になったのだ。

今でもふと、彼女のことが頭に浮ぶ時がある。


「名前ぐらい、聞いておけば良かったな。」


夜の来ないこの不可思議な街と、彼女との出会いに謎は深まるばかりだが、その謎を解くため、科学者になった私は日々地道に研究を重ねているのである。




ーEND





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