第94話 ダメ姉は、アドバイスされる
申し訳ございません。来週は夜勤やら会議が入ってしまう為ほぼ間違いなく更新する余裕がないと思います。いつも通り待っていただけると嬉しいです。ああ、まとまった休みが欲しい……
ダメな私をちゃんと説教してくれたカナカナ。私の間違いを一生懸命正してくれたカナカナ。……私の為にいっぱい泣いてくれたカナカナ。
「―――あー、泣いた泣いた」
そのカナカナはだいたい10分程涙を流していたんだけれど。唐突に『……つかれた』と一言呟いたのち、私の胸の中に崩れ落ちてしまった。
「まさかこのわたしが……泣きつかれて動けなくなるくらい泣くなんてね。子どもじゃあるまいに。……つーか、初恋で失恋した時より泣いちゃったじゃないの。一生分泣いた気がするわよ……これから先、わたし涙出せなくなるかもよコレ」
「……えっと……その。か、カナカナおつかれさま……ごめんよ、泣かせてしまって……」
「…………ホントにね。でも……ま、いいわ。その代わりと言っちゃなんだけど……マコの膝枕を堪能させて貰っているわけだしさ。役得役得♡」
そんなお疲れモードのカナカナに休んでもらう為、自分の膝を枕代わりにしてカナカナの頭を乗っけている私。
……振った張本人の私がこういう事をするのはカナカナにとって屈辱なんじゃないかなとちょっと心配だったけど、存外カナカナは満足しているようで良かったよ。
「……ねぇマコ。どうしてわたしがあんたに告白したのか……その理由、わかるかしら」
「へ……?」
そんな事をぼけっと考えていた私に、カナカナは私の膝の上でポツリと呟いた。告白した……理由?それは……普通に考えたら……
「わ、私の事が……好きだから……じゃ、ないのかな……?」
「うん、そうね。その通り。あなたにわたしの好きだって気持ちをどうしても伝えたかったから……勿論それが一番の理由」
「だ、だよね」
「……けどね、もう一つだけ……あなたに告白した大事な理由があるのよ」
「え……もう一つ……?」
カナカナの意図が読めずに頭の上にクエスチョンマークを三つほど浮かべて首を傾げる私。そんな私の様子を面白そうに眺めながらカナカナはこう続ける。
「わたしはね、マコ。……あなたに自信を持って欲しかったの」
「…………ごめん、どういう事カナカナ?」
「立花マコという人間はね、勉強も運動もまるで出来ないビックリするくらいのおバカさん。その上乙女の恋心が分からない鈍感娘。更に言えば、妹ちゃんの事しか考えていない超シスコンで変態で変人なダメ人間」
「あ、うん……それは自分でも分かっていますです、はい……」
「うん……でもね。ダメなところもいっぱいあるけど、良いところもいっぱいある―――いいえ、ダメなところも全部含めて……あんたは素敵な女なのよマコ。あんたが自分で思っている以上に……本当に素敵なのよ」
そう言って愛おし気に私の頬を撫でるカナカナ。
「だけど一つだけ……あなたには良くないところがあったの。わたし的に、どうしても許せないところがあったの」
「……どうしても、許せないところ……?」
「……『私はダメな人間なんだ』と自己暗示をかけて……自分の良さを否定しているところ」
「…………ぁ」
とても険しい表情で、カナカナははっきりと私にそう告げた。そのカナカナの一言に私は心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。
『自己否定するところが嫌い』
だってそれは、夏休みに最愛の妹であるコマにも指摘されていた事だったのだから。
「あんたはいつだってそうだった。誰かに褒められてもすぐに謙遜する、否定する。親友のわたしに褒められても、妹のコマちゃんに褒められても。『そんな事は無い。私はダメな子だからね』って」
「……うん」
「マコはついこの間も……こんな事を言っていたわよね。『こんなダメな私なんかに告白するような物好きがこの世に居るハズないでしょう?』って」
…………言った、かも。確か……コマがどこぞのヤロウに告られた日に私そんな事を言っちゃったような覚えが……
「マコに恋していたわたしはね……そういうことを平気で言っちゃうあんたに本気で腹を立ててたし……不思議だった。どうしてそんな風に自分を否定するんだろうって。だからこそ告白したのよわたし。『どうしてマコは自分を否定するの?』『あなたには素敵なところがいっぱいあるのよ』『このわたしが本気で恋をしちゃうくらい素敵な女の子なのよ』って伝えたくて。もっと自信を持って欲しくて」
「……カナカナ」
……カナカナ、そんなにも私の事を想ってくれてたんだ。……どうしよう、すっごく……嬉しいや。
「それがあんたに告白したもう一つの理由。……さっきのマコのトラウマ話を聞かせて貰ったお陰で、あんたのその異様なまでの自己評価の低さの謎は解けたわ。『自分のせいでコマが6年もの間苦しい思いをすることになってしまった』―――正直わたしには全く納得できない話だったけど……理解はできた。『ああ、だからマコはこんなに卑屈なんだ』って」
「……うん」
「で、それを踏まえた上で親友としてアドバイスをしてあげる。マコ、あなたのその考えは―――間違っている」
再び険しい表情で、カナカナは私に語り掛ける。
「6年前のあんたの行動の一体何処が悪かったの?『コマを看病していれば』『コマを病院に連れて行っておけば』……確かそう言ってたわよね?」
「……い、言ったけど……それがどうかしたのかな?」
「当時小学校低学年のあんたに何が出来たって言うのよ。せいぜいご両親に『妹が風邪を引いている』と報告するくらいしか出来なかったハズ。あんたはその役目をちゃんと果たしていたわけだし……そもそも、コマちゃんの看病はあんたのご両親がやらねばならなかった事じゃないの」
「……それは、その……」
「『両親の仲たがいを止められなかった私が悪い』……あんたこうも言ってたわね。その理屈で言うなら、あんたの妹のコマちゃんも悪いって事になるわよマコ」
「はぁ!?」
「だってそうでしょ。マコ同様、コマちゃんだってご両親の喧嘩を止められる機会はいくらでもあったハズなのに……それを止められなかったんだしさ」
「なっ、何言ってんのさカナカナ!?コマが悪いわけないじゃない!あ、あの荒れていたうちの親を止めようとするなんて自殺行為だったんだよ!?下手に関わったら虐待されてたかもしれないのに……それを止めろだなんて無理!不可能!コマが悪いはずがない!」
「なら、その双子のあんたも悪くないって事よね」
「…………ぅぐ」
悉く、私の理論を論破していく我が親友。ま、まあ所詮私の理論なんてスカスカのハリボテみたいなもんだけどさ……
「コマちゃんの味覚障害も、味覚を戻すっていう口づけだってそう。マコは『余計な事をしてしまった、コマに恨まれているかも』って嘆いていたけどさ、もしマコがコマちゃんに口づけしなければ……一生、コマちゃんは味覚を失っていたままだったのかもしれない」
「……そうかな」
「きっとそうよ。だからあんたがそれを後悔する必要は無いし、コマちゃんも恨むどころかあなたを―――」
「え?コマも……何?」
「…………いえ、ごめんなさい。何でもないわ…………(ボソッ)流石に、ここまでコマちゃんをフォローする義理は無いわよね……」
何か言いかけて、でも複雑そうに途中で話を止めるカナカナ。そ、そこまで言うなら最後まで言って欲しいなって思うんだけど……
「とにかくねマコ。あなたはただ単に逃げていただけなのよ。『自分のせいでコマが~』って言い訳をして、必死に自分の恋心とコマちゃんに向き合わないようにしていただけ。その恋を意識しないように、そして戒めの意味も込めて『自分が悪い』と自分自身に言い聞かせ続けたから……だから、結果的にそんな卑屈な性格になっちゃったのね」
「…………凄いねカナカナ。私以上に、私を理解してる」
「そりゃそうよ。だってわたし、マコの事が大好きだもの。大好きだからずっとあなたの事を見てきたし、ずっと見てきたからこそあなたがどんな思考をしているのかを読み取る事も出来るってわけよ」
そう言って誇らしげに(無い)胸を張る私の一番の親友。……ホント、カナカナ凄いなって思う。こんなに真っすぐに好意を向けられるなんて……
「……だからねマコ。卑屈にならなくて良いの。あなたは何も悪くないのだから。自信を持って良いの。あなたは本当に素敵な子なんだから。そして……もっと自分の恋に素直になって良いの。あなたにはあなただけの自由な恋愛があるのだから」
「……いい、のかな……」
「良いのよ」
柔らかな笑みを浮かべて、私に優しい言葉をかけてくれる。そんな親友の……私を好きになってくれた人の、私を許すような言葉にずっと心に刺さっていた棘が……抜けたような……そんな気持ちになる私。
…………ああ、今凄く……凄く楽になったかも……
「それから……ついでにもう一つアドバイスしておきましょうかマコ」
「もう一つアドバイス?」
「ええ。……もしかしたら、件のコマちゃんの味覚障害を治せるかもしれない、そんなちょっとしたアドバイスを」
「…………な、なんですとぉ!?」
衝撃のカナカナの一言に、危うく膝枕していたカナカナをひっくり返しそうになる私。
え、いやまって……待って!?今この私の大親友、何て言った……!?コマの味覚障害を治せるかもしれない……だと……!?
「ど、どどど……どゆこ、どういう事カナカナ!?治せる!?コマの味覚を!?治せるのカナカナ!?なじぇ!?」
「落ち着きなさい。治せるかも、としか言ってないでしょうが。それにちゃんと話を最後まで聞きなさいよね」
慌てふためく私をよそに、苦笑いをしながらツッコむカナカナ。お、落ち着けって無茶を言いなさるなカナカナさんや……!?6年という長い時間をかけても治らず仕舞いだったうちのコマの味覚障害を治せるかもしれないだなんて……動揺するに決まってるわそんなん……!?
「さっきも言った通り、出会ってから今に至るまで……一年とちょっとの短い時間だったけど、わたしはずっとマコを―――そしていつもマコのすぐ隣にいるコマちゃんを見てきたわ」
「う、うん……」
「そんなあなたたち姉妹を見てきて思ったことがあるの。……わたしはね、マコとコマちゃんほど仲の良い姉妹は見たことがないわ。わたしが知る限り、一番の仲良し姉妹だって確信しているの」
「いやぁそれほどでもー♪」
姉妹仲を褒められて、大事な話の途中だったハズなのについ無邪気に喜んでしまう私。……だ、だって仕方ないじゃない。シスコンな私にとっては最高の褒め言葉なんだし……
「けどね……その一方で。ある一定のラインを超えたあなたたちは、他人以上によそよそしさがある。双子なのに、家族なのに……二人の間にとてつもなく大きな壁が在るように感じるのよね」
「…………え」
他人以上に……よそよそしい?大きな……壁……?私とコマに壁……?そ、そんなバカな……
「ねぇマコ。聞いても良いかしら?」
「へ?あ、ああうん……わ、私に答えられる事なら……」
「そう。なら聞かせて頂戴な。あなたは―――いいえ、あなたたち立花姉妹は……」
「わたしたちは……?」
「本気で喧嘩した事って何回くらいあるの?お互いの本音を……お互いの気持ちをさらけ出し合った事って、これまでの人生で一体何回くらいあるの?」
……そう言えば何回くらいだろう?ハッキリと覚えているのは……今年の夏休みにコマに平手打ちを喰らったあの日くらいなような……?
「その様子だとほとんど無いんでしょ。本来は家族で、それも双子の姉妹なんでしょ?なら尚の事さ、遠慮せずに真正面から気持ちをぶつけ合うもんじゃない。それなのにあんたたちは……相手を傷つけるのを恐れているみたいに……自分を良く見せようとしているみたいに……本音をさらけ出そうとしていないのよ」
……カナカナに指摘されて考えてみる。……コマはどうなのかはわからないけれど……確かに私……コマを大事にし過ぎるあまり、コマが傷つけまいと自分の気持ちをコマに本気でぶつけた事なんて……これまでほとんどなかったかもしれない。
「そこに壁が在るって言ってるの。そしてその壁が、コマちゃんの味覚障害の治療を妨げているんじゃないかしら」
「…………どういう事?」
「あんた自分で言ってたじゃない。『コマの味覚障害は、心因的なものが原因だ』って。コマちゃんにとってあんたは一番の、唯一とも言っていい心を許せる味方。だからそのあんたとコマちゃんの心の距離が本当の意味で縮まらない限り……いくら毎日口づけを交わして物理的に近づこうとも、コマちゃんの味覚障害はこれから先もずっと治らない―――そんな気がするのよ」
「…………」
…………そんな事考えた事もなかった……
「例えばあんた、さっき私に話してくれた4年間コマちゃんがうなされていたって事実をコマちゃんに話した事はある?その時あんたがどんな思いをしていたのか伝えた事は?…………立花マコとして、コマちゃんに本気で恋をしているって打ち明けた事は?」
「……あるわけないじゃないの。下手したらコマが動揺して……それで味覚障害が悪化する可能性もあるんだし……」
「ほらね。そういう所がダメなのよマコ。コマちゃんが傷つくことを恐れて、きちんと言わなきゃいけない事さえも言えなくなっちゃっているじゃないの」
ぴしゃりとダメ出しされる私。ダメか……そうかダメなのか……
「そんなんじゃコマちゃんとの心の距離は縮まらないわ。一生かかってもコマちゃんは味覚障害に苦しめられることになるわよきっと」
「じゃあ……私、どうすれば良いのかな……?どうすれば良いと思うかな……?」
「簡単よ。本音でぶつかれば良いのよ。4年間苦しんだって話も。負い目を感じていた事も。……コマちゃんの事を好きだって気持ちも。全部まとめて打ち明けちゃえば良いのよ」
「えぇー……」
…………随分簡単に言ってくれるけど、それが出来れば苦労はしないと思うんだけどな……
「…………(ボソッ)コマちゃんはきっと望んでいるわ。マコが本音でぶつかってくれる事を。あなたの気持ちをぶつけてくれる事をずっとずっとね……」
「へ……?」
「…………何でもないわよ。それよりわたしのアドバイスはこれでお終い。……一応言っておくけどさ、最初のアドバイスはともかく、今のアドバイスは見当はずれかもしれないって事を肝に銘じておいてよね」
だってわたしそういう味覚とかの専門家ってわけじゃないし、とカナカナは続ける。
「仮にマコがわたしのアドバイス通りの事をしたとしても……コマちゃんの味覚が戻るとは限らない。あくまでも親友としてのちょっとしたアドバイスよ。……これでコマちゃんの味覚が戻らなくても……文句は言わないでよね」
「……ん、それは大丈夫。……それより、ありがとうカナカナ。マジで参考になったよ」
文句を言うどころか感謝しなきゃならない。正直、私では考え付かないような貴重な意見だったし……色々と考えさせられる話だったし……
「あらそう?だったら良かったわ。…………なら、アドバイス代としてキスでもして貰おうかしら」
「え?ああ、うん了解。わかっ―――うん?」
……アドバイス代?キス?
「ほらほらマコ。ここよここ。ここにチューしなさいな♪」
自身の唇を指差して意地悪そうに私にキスをねだる大親友。え、ええっと……これは……カナカナの冗談か……?それともガチか……?
「……えっと、その……か、カナカナ?本気で……?」
「わたしはいつだって本気よ。ほらマコ、はーやーくー」
「…………」
唇を尖らせてキス待ち顔をするカナカナさん。口では冗談っぽく言ってるけど……目はちょっと期待に満ちている。本人の言う通り、内心本気でキスして欲しいって気持ちが流石の私にも伝わってくる。
……さてどうしようか。カナカナには貴重なご意見を貰ったし、何より泣かせてしまった負い目もあるし……
…………いや、でもだけど……
「…………よ、よし。良いよ。わかったよ」
「…………ぇ、ちょ……マジでいいのマコ……?い、今のは4割くらい冗談で―――」
少し考えをまとめてから膝の上でキス待ちしているカナカナの方に屈む私。カナカナと同じように唇を尖らせて、ゆっくりと濡れた唇とカナカナに近づけ……
「―――んっ」
私は言われた通り、カナカナにキスをした。
「…………おでこ?」
そう、カナカナのおでこに。
「……ごめんねカナカナ。これで勘弁して貰えるかな」
「…………マコ。唇には、してくれないの?」
「……うん、本当にごめん。でも……そこへのキスはさ……他の……ただ一人の為のものだから」
「…………そっか。うん、そうね。そうよね」
私のその一言に、カナカナはキスをしたおでこをさすりながら、少しだけ寂しそうに……でも何故か……どこか嬉しそうに……満足げな笑みを浮かべていた。
同時に。もう一生分の涙を出し尽くしたと言っていたカナカナの瞳からは、一筋の涙が零れ落ちていった。