第80話 ダメ姉は、手紙を受け取る
「―――お疲れ様です姉さま!」
「おまたせーコマ♡」
日頃の恨みを晴らすかのように先生に不満をネチネチ言われたり、成績や進路について余計な問答をしたせいで時間がかかってしまったけれど私の面談も何とか無事に終了。
面倒な面談が終わった解放感に浸りながら気分よく叔母さんと共に教室を出てみると、マイプリチーシスターコマがまるで愛犬が尻尾を振って主人の帰りを歓迎してくれるかのように、飛びつく勢いで私をお出迎えしてくれる。
「ごめんねぇコマ、待たせちゃったでしょう?結構面談時間かかっちゃったね」
「いえいえ。全然、全く、これっぽっちも待っていませんよ姉さま。姉さまの面談が終わるまで廊下で立ち聞―――コホン、廊下で読書していましたので、あっという間でしたよ」
5分で終わらせるつもりだったのに15分以上も無駄に待たせてしまった私。けれどコマはあどけない笑顔で全く気にした様子もなくそんな事を言ってくれる。ハァ……もうなんなの?うちの妹ホントに良い子すぎて好き、大好き。惚れたわ……ごめん違う、惚れたじゃなくて惚れてたわ……
「そっかそっか、なら良かったよ。んじゃ今日も二人で一緒に帰ろうねーコマ」
「はいです。二人一緒ですね姉さま♪」
珍しい事に今日は生助会宛の依頼や仕事は一つも無い。わざわざ学校に残ってやる事など無いわけだし、さっき約束していた通りコマと一緒にさっさと帰ってイチャイチャする時間に当てちゃおうじゃないか。
そう考えながらコマに手を差し伸べると、嬉しそうに私の手を取って優しくキュッと握ってくれる。ほんのりとコマの手の温もりが私の手に伝わってきて心地いいね。二人っきりで仲良くお手々繋いで帰宅とかマジ最高だわ。
「…………だからさぁテメェら。またナチュラルにアタシの存在忘れるの止めてくんないかい?今日はアタシも入れて三人で帰るんだろうが……流石に泣くぞ?今ここで泣くぞ?」
私とコマの背後から何か聞こえた気がするけど、多分妖精さんかなにかの声だろう。
「まあ、そんな冗談はさておき。コマ、それに叔母さん。今日の夕ご飯は何食べたい?リクエストがあるなら言ってみてよ」
「酒」
「オイそこの酒乱、何飲みたいかじゃなくて何食べたいかを聞いてんだろうが。……アル中の戯言は置いておくとして、コマは何が良いかな?」
「ええっと……そうですね。随分寒くなってきましたし、定番の鍋はどうでしょうか姉さま」
「おぉー!ナイスアイディアだよコマ。良いねぇ鍋。作るのも洗うのも楽だし、なにより体の芯までぽかぽか温かくなるもんねー。んじゃコマの言う通り鍋にしよっか。叔母さんもそれで良い?」
「ふむふむ、鍋か。……ならやっぱここは鍋と同じく、体の芯までぽかぽか温かくなる熱燗で決まりだなマコ」
「……飲むことしか頭にないのかアンタ」
「……あの。そもそも今日は休肝日のハズですよね叔母さま……?」
そんな会話をコマや叔母さんとしていたら、気付けばあっという間に昇降口まで辿り着いていた。
「んじゃ私、自分のローファー取って来るね。叔母さんは入り口のとこで待っててよ」
「へいへい。さっさと来なよお前ら」
「わかってるって。コマも上履きとローファーを履き替えたら入り口のとこで待っててね。お姉ちゃんもすぐ行くからさ」
「はいです姉さま。では私も取ってまいりますね」
靴をシューズバッグに入れている叔母さんはともかく、私とコマはクラスが違う為に当然靴箱の場所も違う。そんなわけで一旦コマと別れて自分の靴箱へと向かう事に。
「んー……鍋に決まったのは良いけど、今日はどんな鍋にしよっかな。水炊きに寄せ鍋、みぞれ鍋にかき鍋にもつ鍋にトマト鍋に闇鍋…………いや待て私、闇鍋は色々とダメじゃないの。……ま、とにかく帰って冷蔵庫の中身と相談しなきゃ何とも言えな―――ん?」
ブツブツと今日の鍋をどんなものにするか呟きながら靴箱の扉を開ける私。するとどうした事だろう。中には私のローファーの他に、何か別の物まで入っているではないか。
「……何だこれ?」
靴箱の中には今朝見た時は無かった一枚の封筒が、私のローファーに立てかけられるように置かれていた。あれれ?これ私の靴箱だよね……?一度靴箱を閉めてから、靴箱に貼られている名札を確認する。
『立花マコ』
うむす、大丈夫だ合ってる。……じゃあ何故にこんなものが入っているんだ?誰かが自分の靴箱と私の靴箱と間違ったとか?
「…………いや、そうじゃないっぽいな……コレ私宛の手紙だわ……」
「「……っ!?」」
身に覚えのない封筒の表には、とても綺麗な字で『立花マコ様へ』と書かれている。つまり正真正銘私に宛てた手紙という事みたいだ。
……でも何の手紙だろうか?パッと考えられるのは生助会への仕事の依頼か……もしくは非公式のコマファンクラブによる私への脅迫状くらいだけど……
「ね、姉さま宛の手紙ですってッ!?」
「何ィ!?マコ宛の手紙だとォ!?」
「ぅお!?」
封筒を開けずに首を傾げていると、いつの間やら私の背後にいたコマと叔母さんが大きな声を出す。び、ビックリした……コマも叔母さんもそんな血相変えてどうしたんだ……?
「ね、ねねね……姉さま!?手紙!?姉さま宛の手紙って……どういうことなのですか!?」
「へ?い、いやどうもこうも……よくわからんけどいつの間にかこの封筒が私の靴箱に入ってたみたいでね。宛先に私の名前が書いてあるし、多分私に向けられたものじゃないかと……」
「ほう……!ほうほうほう!何やら甘酸っぱいラブコメの匂いがするねぇ!で?で?どうなんだマコ?なんて書いてあるんだい?ホレホレ!遠慮せず叔母ちゃんに話してみなって!」
「誰からの手紙ですか!?どんな文面だったのですか!?姉さまはなんとお返事するおつもりなのですか!!!??」
「さ、さあ……?まだ読んでないから何とも……」
「なら読め!すぐ読め!アタシたちの前で今すぐ読んでみせろマコ!」
「私からもお願いします姉さま!一体誰が私の敵―――いえ、一体誰が姉さまにそんな手紙を寄越したのか、姉さまの妹としてハッキリさせておく必要があります故!」
コマは真っ青な顔でガタガタと震えながら、そして叔母さんはさっきの私の面談の時以上に面白そうに目を輝かせながら、二人とも私に送られた手紙を読むように促してくる。いやあの二人とも……?貰った張本人の私以上に興味津々なのはどういうことなの……?
「わ、わかった……わかったから!読むからとりあえずコマも叔母さんも落ち着いてって……」
コマと叔母さんの凄まじい剣幕に気圧されて、二人を宥めつつ中身を確認してみる事に。封をしてあるハート型のシールを破かないように慎重に剥がし、まずは封筒を開けて何が入っているのか確認。中身は……どうやら一通の手紙が入っているだけみたいだ。
…………良かった。昔の少女漫画みたく、封筒の中から剃刀が出てくる系のいじめとかではないらしい。
「じゃ、じゃあ読んでみるね」
「お願いします姉さま……!」
「おう!頼んだぜマコ!」
そうと分かれば後は手紙の内容を確認するだけだ。手紙を封筒から取り出して、コマと叔母さんの好奇と不安の入り混じった視線を浴びる中読んでみる私。
『立花マコ様へ。突然のお手紙申し訳ございません。貴女にどうしても伝えたいことがあってこの手紙を書かせていただきました。もしよろしければ、明日の放課後に屋上まで来ていただけませんでしょうか。一方的な呼び出しですし、気味が悪いと思われるのであれば無理に来ていただかなくても構いません。その時は素直に諦めるつもりです。……ですが、明日は貴女が来てくれることを心よりお待ちしております。ずっと待っていますから……』
その手紙には、とても綺麗な字でこんな事が書かれていた。
「良いねぇ、良いねぇ……!まさに青春じゃねーかオイ!面談に来て大正解だったわ!まさか最後の最後にこんなモノ魅せられるたぁ思わなかったよ!」
手紙を読むと叔母さんはまるでお酒を飲んでいる時のように興奮し。
「…………(ギリィ)」
コマは何故かかつて見た事のない程におっかない表情で、何も言わずただただ手紙を睨みつけ。
「…………ふむふむ。なるほどOK理解した」
そして手紙を受け取った私はある結論に至る。手紙の中身を読んでよくわかった。つまりこの手紙は―――
「―――この手紙は、果たし状か……!」
「「…………え?」」
◇ ◇ ◇
『―――それで姉さま?その果たし状……どなたから贈られた物なのかわからないのですか?』
「うん……残念ながらわかんないねぇ。だってこの果たし状には肝心の差出人の名前が入ってないんだもん」
『……』
帰宅後。いつものようにキッチンで料理をしながら、リビングにて問いかけてくるコマにそのように答える私。
お家に帰った後も封筒と手紙を隅々まで念入りに調べてみたけれど、結局果たし状を書いた人の名前はどこにも書かれていなかった。
『……それは本当に残念ですね。差出人の名前が書かれていないなんて…………(ボソッ)これじゃあ姉さまに告白される前に、不届き者を穏便に処理する事が出来ないじゃないですか……』
「だよねー。残念残念。これじゃ何処の誰が私に挑んで来るのか明日その人が現れるまで分からないし、対策の打ちようがなくて困っちゃうよねー」
『…………』
明日やって来た相手が武闘派な人だったらどうしよう……自慢じゃないけど私って小学生にも喧嘩で負ける自信がある。コマを守る為ならばどんな汚い手(催涙スプレーとかスタンガンとか)であろうと使うつもりだけど……流石にただの果し合いにそんな物を持ち出すのは無粋だろうし困ったなぁ……
『……なあマコ。お前さぁ……一体何をどう考えたら、その手紙が果たし状だって思えるんだい?』
「へ?」
ぐつぐつと音を立てる鍋を横目に見ながら明日はどうするか考えている私に、今まで黙っていた叔母さんが急にそんな事を聞いてくる。どう考えたら果たし状だと思えるかって……?
「いや、どうもこうも……日時も場所も書かれている上に、『呼び出し』とか『お前が来るまでずっと待ってるぞ』的な単語が書かれてたじゃない。誰がどう見ても果たし状でしょ?」
『どんな脳の構造してんだオメーってダメ人間は!?謝れ!その手紙を一生懸命書いた子に謝れや駄姉!?』
キレ気味な叔母さんの怒声が家中に響き渡る。あれ?違うの?
「…………ええっと。じゃあこれ果たし状じゃないの叔母さん?私てっきり『妹のコマちゃんを賭けて、いざ尋常に勝負しようじゃないか』―――てな感じの決闘の呼び出しかと思ったんだけど……」
『全然ちげーよバカ!いいか?ハートマークのシールで封をされていて、しかもめちゃくちゃ可愛らしい便箋を使ってるんだぞ!?おまけに丁寧な字と文章から伝わってくるお前への強い想い……これはもう誰がどう見ても、告白前の呼び出し―――(ドスッ)ふぐぉ!?』
と、何か喚いていると思ったら、いきなりカエルが潰れたような呻き声を上げる叔母さん。その呻き声に合わせるように、まるでのたうち回るような音がリビングから聞こえてくる。
今ちょっと火を使っていて鍋から目が離せないからコマと叔母さんがいるリビングの様子が伺えないけど……な、なに?何が起きてるの……?
「お、叔母さーん?ちょっと大丈夫?突然どうしたの?腰でも痛めたの?」
『ふ、ふふふふふ……大丈夫ですよ姉さま。叔母さまったら興奮しすぎてちょっとタンスの角に小指をぶつけてしまったみたいです。怪我も大したことないようですし、どうかご安心ください。……ですよね、叔母さま?』
『……お、おぅ…………な、なんでも……ない、ぞ……マコ……』
「そ、そう?なら良いけど。……で?結局これって何の手紙なのさ叔母さん。さっき何か言いかけたよね?」
『気のせいですよ姉さま。それは姉さまの仰る通り、果たし状で合っています。…………ですよね、叔母さま?』
『……せ、せやな。あー……すまんマコ……アタシの……気のせいだ。……オメーの言う通り、果たし状だわそれ……』
「あ、そう?なら良いや」
なーんだ、やっぱ果たし状で合ってたのか。全く、人騒がせだなぁ叔母さんったら。
『そ、それで?姉さま……改めて聞きますが、その果たし状の差出人に本当に心当たりは無いのですか?』
「むー……ごめんコマ。お姉ちゃん心当たりがあり過ぎてちょっとよく分かんないや」
『そう……ですか。…………え?こ、心当たりがあり過ぎて……?』
今時珍しく果たし状を送るくらいだし、送った相手は十中八九コマに強い想いを寄せている人物だろう。そうじゃないなら私に個人的な強い恨みを持つ相手のハズ。
それを踏まえて考えてみると……あの学校内だけでも心当たりが多すぎて、誰からの果たし状なのか全くもってわかりゃしない。いやはや参ったねこりゃ。
「…………けどこれは……」
『けど!?け、けどどうなさいましたか姉さま!?やはり何か心当たりが!?』
「あ、いやごめん。何でもないよコマ。多分気のせいだから気にしないで」
コマに心配かけないようにそう言ってあげる私。……だけどこの手紙の綺麗な字。どっかで見たことがあるような気がするんだよね。それもかなり身近なところで。……ハテ?どこだっただろうか?
「まあ、なんにせよ明日の放課後に屋上に行ってみれば全部わかる事か。……てなわけで。ごめんねコマ。明日の放課後はちょっとこの手紙の送り主に会いに行ってみるよ。だから生助会のお仕事はお休みすると思うからそのつもりでよろしくね」
『え、ええっ!?』
私がそのように頼み込むとコマは悲鳴に近い叫び声をあげて動揺する。
『そ、そんな……まさか姉さま、明日その手紙に書いてある通り……屋上へ行くつもりなのですか!?』
「んー?うん、そりゃ行くよ。何であれこんなに丁寧に呼び出されたら行かないわけにはいかないでしょう?」
何せ『来るまで待つ』とか書かれてるわけだし、すっぽかしちゃったら相手に悪いよね。
『だ、ダメです!ダメ!そんなの危険ですよ姉さま!?』
だけど何やら納得がいかないようで、コマは声を荒げて止めようとする。
「あはは。大丈夫だよコマ。果し合いって言っても流石に命にかかわるような事にはならないって。危険な事なんて何も―――」
『き、危険です!危険ですよ姉さま!?も、もしも姉さまが…………そ、その手紙を送った人に落とされでもしたら私……』
「待ってコマ!?お、落とされる!?え……ちょ、何!?私明日屋上から突き落とされるの!?まさかこれ、果たし状じゃなくて殺人予告状なの!?」
コマから発せられる衝撃の発言。い、一体コマはどんな想像をしているんだろう……?まさか果し合いの果てに殺し合いに発展するんじゃないかと危惧でもしているのだろうか……?
いくら何でもそこまで猟奇的にコマの事を想って私を始末しようと企んでいる輩とか、私に積年の恨みを晴らそうと企んでいる輩はうちの学校にはいない……ハズ。そんなサスペンスな劇場とか探偵漫画みたいな惨劇はそうそう起こらない…………よね?な、なんかちょっぴり怖くなってきたぞ私……
『い、いえ……そういう意味で落とされるのが危ないと言っているのではなくてですね……』
「そっか。良かった違うんだね。……ん?それじゃあ何が落とされると危ないのかなコマ?」
『そ、それは……えっと、そのぅ…………』
私の問いかけに口ごもるコマ。これは……アレかな?どうしても行ってほしくないけれど、コマも咄嗟には上手い説得が思いつかなくて思わず変な事を口に出してしまったって感じかな?
まあ、喧嘩も弱いくせに実の姉が無謀にもわざわざ決戦の舞台に上がろうとしているんだし、心配で必死に止めたくなる妹心は私にだってよくわかる。ホントにコマって優しい子だなぁ……
「ホントに心配いらないよコマ。確かに明日は私、果たし状通りに屋上まで行くつもりだけど……喧嘩をするつもりは一切ないもん。とりあえずその送り主の話を聞いて……何とか口喧嘩程度で済ます予定だよ。だから全然危なくなんかないからねー♪」
『…………で、ですからそういう意味では……』
不安そうなコマを安心させるために明るい声でそう言ってあげる。先生からも生徒からも問題児の変態と恐れられ目をつけられている私だけれど、コマに危害を加える輩と対峙した場合ならともかく自分から進んで悪い事や過激な事をするつもりは一切ない。
相手の出方次第だけれど、明日は私も出来れば穏便に済ませる予定だ。だからコマが心配する必要は何処にもないわけだ。
「そんな事よりそろそろ鍋も出来上がるよ。コマ、それに叔母さん。そっちで食器とか並べておいてねー♪」
『は、はい……です……』
『へーい……』
【明日の事は明日案じよ】ってことわざもある事だし、果たし状に関しては明日になって考えれば良い。それより今はコマと叔母さんに美味しい鍋料理を食べて貰う事だけ考えよう。さーて、鍋も良い感じに出来上がって来た事だし、そんじゃあ最後の仕上げを頑張っちゃいますかね。
『……うぅ……違うのに……私が恐れているのは……姉さまが思っている意味の落とされることじゃないのに……』
『…………やれやれ。……そんなに思い悩むくらいなら、『マコ姉さまが告白相手に堕とされるのが不安です』って素直に言えばいいのに―――(ズドスッ)ほぐぁ!?』
『叔母さま?何か仰いまして?』
『…………何でもないッス……』