第58話 ダメ姉は、仲直りする
自身のとある無遠慮な一言……そして態度が原因で、コマから平手打ちを食らわされてしまった私。その件について編集さんに咎められアドバイスをいただいて……何が悪かったのかを改めて考え、そして反省した。
『先ほど先生と携帯で連絡したところ……コマさんはコテージにいるそうです』
反省後、編集さんにそう教えられた私は急ぎ足でコテージへと向かう事に。コテージに辿り着くと私とコマの寝室の前で腕組みをして立っていた叔母さんが出迎えてくれる。
「おうマコにシュウ。やっと来たか。……悪いなシュウ、マコの事任せちまって」
「いえいえ。私、大したことはしていませんからお気になさらず」
「お待たせ叔母さん。……コマは?」
「ん」
親指を肩の後ろに向けて『部屋の中にいるぞ』と指差しで教えてくれる叔母さん。
「えっと……コマ、どんな様子だった?」
「……正直、かなり良くないな。お前に対する怒り―――というよりも、マコを引っ叩いちまったのが相当効いたみたいだ。アタシが何を言っても聞きやしない。さっきから『ねえさまを……ねえさまをたたいた……わたしが、ねえさまを……』ってブツブツ呟きながら、めちゃくちゃブルーになってやがるぞ」
「……そっか」
今回生まれて初めて私を叩いちゃった事になるからね。心優しいコマがその事を悔い、落ち込んでしまうのも当然か……
ホント、何をやってんだか私。情けないし、なんて不甲斐ない……
「出来ればアタシや編集は部屋に入って欲しくないってさ。ただまぁ……マコだけは特別に入って良いそうだ。『言わなきゃならない事ある』って言ってたぞ」
「……良かった、私……部屋に入れて貰えるんだね。じゃあ―――」
「おっと。待ちなマコ」
「……叔母さん?」
と、部屋の扉をノックしようとした私に叔母さんがストップをかけてくる。
「……多分シュウにも色々言われたと思うから、アタシからは一つだけ言わせて貰う。……お前、ちゃんとわかっているだろうな?お前の何気ない一言で、お前のさり気ない行動一つで……コマはこうも傷ついちまうんだ。……だからマコ、間違えるな。一言一行、命をかけて真剣にコマと対峙しろ。いいな?」
「…………うん。もう間違えない」
「……ならば良し。頑張れよお姉ちゃん」
かつてないほど真面目な表情で叔母さんに忠告される私。……その通りだ。ここから先はより慎重に、より真摯な気持ちでコマと向き合わないと……
コンコンコン
「……コマ、私。マコだけど……入っても良いかな?」
『―――っ!』
気合を入れ直してから、まずはコマのいる部屋の扉をノックする。声をかけてみると部屋からそんなコマの息を呑む気配が伝わってきた。
……数秒待ったけれど、コマからの返事は無い。
「……お姉ちゃん、入るからね」
だけど……『入らないで』とは言われていない。意を決して静かに扉を開けて部屋へ入ることに。
部屋の中へ入り、扉を閉めた私の目に映ったのは……部屋の隅で体育座りをして俯いているコマの姿。
コテージに戻ってからずっとそうして座っていたのだろう。恰好は私と同様に水着姿のままだし、何より綺麗な黒髪も白い肌も水に濡れたままだ。
「……隣、座っても良い?」
「…………(こくん)」
とりあえずぼんやり立っていても始まらない。コマにそう尋ねてみると、コマは静かに首肯してくれる。……良かった。無視されないかちょっぴり不安だったけど、話は聞いてくれるらしい。
コマに許可を貰ったことだし、私もコマの横に腰かける。さて、と。ここまではOK。後はどうやってコマと話すかだけど……
「「…………」」
お互い完全に沈黙してしまい、気まずい思いをしたまま最初の一言を出せず数分経ってしまう。さて困った……何から話していくべきだろうか……
ついさっき叔母さんにも言われた通り、私の一言・行動一つを誤ると……コマをまた傷つけてしまう。だから間違ってもいつもの軽いノリで『いやぁーさっきはメンゴメンゴー!』とか絶対に言っちゃいけない。慎重に、真面目にちゃんと考えた上で会話をしないと……
編集さんに言われたこと、叔母さんに言われたことを自分の中で噛みしめてみる。それを踏まえたうえで、私が今しなきゃならないのは―――よし、決めた。
一度大きく深呼吸。昂る鼓動を静めて、そして勇気を出して心の中で掛け声をかける。さあ行くぞコマ……!せーのっ!
「「あの……っ!!あ゛……」」
……ハモった。うむ、流石は双子の姉妹だぜ。声をかけるタイミングもばっちりシンクロ♡そのせいで、さっきとは違う意味で二人の間に流れる気まずい空気が堪らなくしんどい。
「あ、えっと……その。こ、コマから良いよ」
「い、いえ……姉さまからどうぞ……」
「う、ううん。コマも言いたい事があるんだよね?先に、いいよ……」
「え、遠慮しないでください姉さま……私は後からでも……」
お陰でこのようにお互いに譲り合いしてしまう羽目に。……まあ元々遠慮深いコマと今回の負い目がある私だ。こうなるのも無理はない事だろう。
そんな感じでしばらくの間『コマからどうぞ』『いいえ姉さまから』と、譲り合いが続いたのだけれども……
「で、では……僭越ながら私から、いきます……」
「よ、よろしくね……」
流石にこのままでは埒が明かないと思ったのか、コマが口火を切ってくれる。胸に手を当ててふーっと息を吐き、
「……ごめんなさい、姉さま。叩いてしまって……」
そして私にペコリと頭を下げてから、コマは話を始めた。
「言い訳になってしまいますが……そんなつもりは無かったんです。本当に、あれは無意識でした」
「無意識……」
まあ、無意識だろうね。何せ私叩いた張本人があの場で一番驚いていたもの。
「……ついカッとなって……気づいた時には、姉さまを……大切な姉さまのお顔を……引っ叩いてしまったんです。……言いたかった事を口で伝えるよりも早く……手を挙げてしまって……っ!」
相当その事を後悔しているのだろう。私に話をする度に、叩いた右手を強く……爪が食い込むほどに強く握りしめていくコマ。その様子は見ていて居た堪れない。
「……その。やっぱり……痛かった、ですよね……?」
身体を震わして怯えるように恐る恐る私にそう尋ねるコマ。
……痛かったか、か……
「……うん。痛かった」
「…………っ!」
少し考えてから正直にコマに告白する私。その私の一言にコマは泣き出しそうな顔をするけれど……
違う、違うんだよコマ。お姉ちゃん、コマが考えているような意味で痛かったんじゃないんだよ。
「ご、ごめんなさい……本当に、私……姉さまになんてお詫びをすればいいか―――」
「そう……とても痛かった。私がどれだけコマの気持ちを理解していなかったのかわかったら……心がとっても痛かったよ」
「…………え……?」
きょとんと、私が何を言ったのかわからないといった表情をするコマ。強く握りしめていたコマの右手を解いてあげながら、私は話を続ける。
「『ごめん』は私が言わなきゃいけない事だよコマ。……私、本当に考え無しだった。……自分は編集さんにコマのボディガードして貰えるように頼んだくせに……少し考えれば、コマも私と同じように―――ううん、私以上に私の事を心配してくれていたってわかったはずなのに……」
「ね、姉さま……?あ、の……もしかして、怒っているわけじゃ……?」
「それなのに私、コマのありがたい忠告を無視して……ナンパに絡まれて勝手にピンチになっちゃって。そればかりか心配して駆けつけてくれたコマに……心無い事を言っちゃって……最低だよね。コマが怒ったのも無理ないよね……姉失格だわ」
どうやら謝られるのは想定外だったようで、私の謝罪に目を白黒させているコマ。
「ち、違う!違うんです姉さま……っ!悪いのは私で……」
「ううん、違わないよ。……私はね、情けないことに一番大事な事を疎かにしてた。自分の言動で相手が……コマがどう思うかなんて、全く考えていなかった。コマの気持ちになって考えてみたらさ……とても悲しくなったし、そりゃ腹も立つよねってなったよ」
私がコマにしてしまったように、コマに今回私がした事をされたら……やっぱり辛いし悲しいし腹も立つと思う。心配しているのにその助言を無視され……おまけに目の前でコマがナンパに酷い事されたと思うと……ナンパに対しても、コマに対しても頭にくるハズ。
「コマの事を大事にしたかったのに……その実、誰よりもコマを傷つけてたんだね私……だから、『ごめん』は私の台詞」
「ぁ……」
謝罪の気持ちを抱擁に乗せて。少しでも私の今の気持ちがコマに伝わるように、ぎゅっと抱きしめる。
「ごめん、ごめんねコマ。コマの気持ちも考えずに傷つけてしまって」
「……ねえ、さま……」
「そして……私の事、いっぱい心配してくれて本当にありがとうコマ」
これは最初に……コマが私の事を心配してくれた時に言わなきゃいけなかった事。……こんな初歩的な事を言えないとか、こんな単純な事を編集さんや叔母さんに諭されてようやく思い立つとか……私、ホントにダメダメだよなぁ……
「……よして、ください……最低なのは……私の方です。私、姉さまに……そんなに謝られる資格も……感謝される資格もないんです。……ただ理不尽に暴力振るった……最低な……最低な……」
私の腕の中で小さくコマが呟く。……やはり私を初めて叩いてしまった事をかなり悔いているらしい。そんなコマに、私が言うべきことは一つだ。
「うん、まあ確かにコマに叩かれちゃった時はわけがわからなかったから……ちょっとだけビックリはしたよ。でもね、コマ」
「……?」
「私、コマに叩かれて嬉しかったよ」
「…………うれし、かった……?」
……念のために言っておこう。コマに叩かれドMに目覚めたとか、そういう意味じゃないからね?
「コマってさ、私を含め他人に対して感情を出す事ってあんまり無いでしょう?……だから、コマに叩かれて……コマの本気の気持ちをぶつけてもらえて……嬉しかったんだよ」
「……」
コマは無意識に私を叩いたって言っていた。つまりそれは……いつもは隠れているコマの本心が表に出たって事じゃないだろうか。
コマには悪いけれど……ここまでストレートに気持ちをぶつけられたのは……対等に私の事を見てくれたみたいに感じて、素直に嬉しい。
「あのね、コマ。私知っての通り……自他ともに認めるほど鈍いんだ。だからさ……出来ればコマの口からちゃんと教えて欲しい。どう思ったのかとか、どうして怒ったのかとか」
「…………」
「……コマはさ、まだ私に言いたくても言えずに胸の内にしまっている事があるんじゃない?……だからさ、私を叩いた時みたいに……自分の気持ちを遠慮せず、私にぶつけて欲しいな……その、ダメかな?」
私のそんなお願いに、しばらく無言のコマだったけれど……数分の沈黙の後、ポツリポツリと語り始めた。
「…………姉さまの、言う通り……確かに許せなかった事が多々あります。……私の忠告を聞いてくれなかったとか……結局恐れていた通りナンパに絡まれたとか……心配したのにその気持ちを分かってもらえなかったとか…………(ボソッ)あと、碌な抵抗もせず私以外の人に好き勝手身体を触らせていたとか」
「……うん」
「ですが……今言った事は、姉さまを叩いてしまうほどに許せなかったというわけではありません。…………私が何よりも嫌だったのはですね……姉さまが、ご自身の事を軽んじていた事です……」
「……自分の事を軽んじていた……?私が……?」
ついさっき私が編集さんに注意された事を、コマも同じように告げる。
「姉さまは、お優しいです……世界中の誰よりもお優しい。……でも……でも姉さまは優しすぎて……昔から姉さまは、私の事ばかり気にかけて……自分の事は全く顧みないですよね……?」
「……や、やっぱそう見えるの……かな?」
「……見えます」
これまでにないほどハッキリとした口調でコマは言い切る。そっか……そうなのか……顧みてないのか私……
ずっと私の傍で私の事を見てくれているコマや、人間観察に長けた編集さんが言うならきっとそうなのだろう。自分じゃあまり意識してなかったけど……
「私が姉さまを叩いてしまう直前、姉さまはこう言いましたよね。『私ならどうなっても全く問題なんて無いからね』と」
「あ、ああうん……そういえばそんな事言ったかも」
「……その言葉を聞いた時、私思ったんです。……多分、これから先もずっと、さっきみたいな事を私以外の他人にされても……姉さまは『私は別にどうなっても構わない』って考えちゃうんだろうなって」
「…………ぅぐっ」
……それは、ちょっと否定できないかもしれない。コマや編集さんに指摘までは、自分が他人にそういう事されるとは露程も思ってなかった。コマが襲われているならいざ知らず、仮に自分が誰かに何か変な事されたとしても『コマに関わらないのであれば、私は誰に何をされようともどうでも良い』とか考えそうだったし。
図星を指された私に諭すようにコマは続ける。
「……それが、私……とても不安で、怖かった。いつでも、どんな時でも……姉さまが私の事を本当に大事にしてくれているのは……嬉しいです。でも……それと同じくらい、自分の事をもっと大事にしてほしい。だって……」
そこまで言ったコマは、一呼吸入れてから……
「……だって、姉さまが私の事を大切に想っているのと同じくらい……私にとって姉さまは大切な存在だから。……替えなんてきかない、私の大切で大好きな、たった一人のお姉ちゃんだから……」
「…………」
「だから……もし姉さまに何か良くない事があったら……私、きっと耐えられません……っ!」
胸の中にいるコマから発せられる強い気持ちの乗った言葉が、文字通り私の胸に響いた。それを聞いて死ぬほど感動すると共に、深く深く反省する私。
ずっと前からわかっていた事じゃないか。6年前、高熱を出したコマは父と母に置き去りにされてしまって……その事を今でも引きずっていて……
そして、家族の中で唯一信頼できたのは姉であるこの私で……だからこそ、コマにとっての私は一番失いたくない存在で……居なくなっちゃいけない存在で……
「……それで、思わず叩いちゃったんだね。その事を私に分かって欲しくて。気づいて欲しくて」
「…………はい」
……『私なら、どうなっても良い』だって?……ああ、ホント。私はなんて……なんてダメダメなんだろう。大馬鹿者だ。……それだけは、コマに言っちゃいけない言葉じゃないか……
『マコさんの場合は謙虚を通り越して卑屈すぎる。過度な卑屈さは自分だけでなく、他人も傷つけかねないと気づくべきだ』
……ついさっき編集さんに忠告された言葉が、私の頭の中をよぎった。……まさにその通り。謙遜のつもりの軽い気持ちで言った言葉だったのだけれど……それは私が想像していた以上に、コマを傷つけていたんだね……
「改めて謝らせてコマ。……本当にごめんなさい。考え無しにも限度があった……未熟なお姉ちゃんでごめんねコマ……」
「……いいえ。やはり謝らねばならないのは私の方です。……本来ならば、あの時もちゃんと……今みたいに言葉に出して姉さまに自分の気持ちを伝えるべきだったのに……それなのに私、ついカッとなり言葉より先に暴力を加えて……本当に未熟者でした……申し訳ございません姉さま……」
お互いがお互いに謝り合う。……うーむ。今回100%私が悪くてコマに非は一切ないと思うから……ホントは『謝らないで』と言いたいところ。
……いやでも、コマにはコマの譲れない気持ちがあるんだろう。ここは素直にコマの謝罪を受け入れておこう。
「……じゃあ、さ。未熟者同士、この辺でそろそろ仲直りしよっか。どっちも何かしら悪かったって事で。コマ、私の事……許してくれる?」
「……姉さまが私の事を許してくださるのであれば、喜んで許します。……と言いますか、姉さまに私の気持ちをちゃんと理解してもらえた時点で私は姉さまの事を許していますよ。……私の方こそ、許していただけますか……?」
「……うん、私も許す。てか、とっくに許してる。さっきも言ったけどコマに叩かれた事は……怒るどころか嬉しいって思ってたし」
仲直りの印に、もう一回コマを抱きしめる。さっきと違ってコマも私を抱きしめ返してくれた。…………心の中で最後に一言コマに告げる。ごめんねコマ。そしてありがとう。私を怒ってくれて。私を大事に想ってくれて……
正直、許してくれないかもと思っただけに、あっさりとコマが私の事を許してくれて内心ホッとする私。コマの寛容さに感謝だね。
……勿論、感謝したりホッとするだけじゃなくて、私の悪いところは反省しないといけないだろうけど。……コマに・編集さんに・叔母さんに……三人に言われたことを、再度よく考えてから自分の中に深く染み込ませないと……
「…………あ、ですがそれはそれとして。姉さま、ほっぺた大丈夫ですか……?私、無意識だったせいで……一切加減なしで引っ叩いたと思うので……い、痛かったですよね……?」
そんな事を考えていた私の顔を心配そうに覗き込むコマ。……こういう申し訳なさと不安が入り混じった表情も可愛いなぁ……とか思っちゃったり。
妹が心配してくれてるのに相変わらず不謹慎だね私って……この癖も後で反省して矯正しなきゃね……
「心配しなくても全然平気だよ。そこまで痛かったわけじゃないし、腫れてもいないから大したことないと思う」
「いえ……叩いた私が言うのもなんですが、用心の為にもちゃんと冷やしておいた方が良いと思います。後から腫れてくるかもしれませんし、痕が残ったら大変ですから。えっと……濡れタオルでもあれば良いのですが……」
そう言って部屋の隅々を眺めて何か冷やすものを探そうとするコマ。本当に優しいなぁコマ……その優しさで傷なんて一瞬で回復しちゃいそうだよ私……
「ああ、いや。それも大丈夫。実はついさっき編集さんに氷を―――」
「……あ。そうだ。姉さま、少し失礼しますね」
「へ……?コマ何を……」
『氷を貰って冷やしておいたから平気だよ』と言おうとした私の言葉を遮って、コマはそっと私の顔に手を伸ばす。そして……
「あまり効かないかもしれませんが。今ちょうど私の手、冷え切っちゃっているので。良かったらしばらくお使いください姉さま」
「~~~~~っ!!?」
そして、コマは白く美しい手を……ビンタした私の頬にピタッと優しく当てたではないか。
ひんやりとしたコマの手は、熱を帯びていた頬を冷ましてくれてとても気持ち良い。
…………気持ち良いのだけれども。
「あ、あの、コマ……そ、その……て、手……」
「……?姉さま、どうかしまし―――あ……」
動揺している私を見て首を傾げたコマだったけれど、途中でハッと気づいてしまったらしい。一体何に気づいたのかって?それは…………あれですよ。
こんな至近距離で抱き合って……頬に手を添えられたら…………まるで今からキスしようとしているみたいに見えて……
し、しかも……謝ることで精いっぱいだったけど。よく考えたら私とコマ……水着のまま抱き合っているわけで……い、いかん。さっきまでは全然気にならなかったのに……なんだか急に恥ずかしくなってきた……
「「…………」」
双方その事実に気づいてしまい、その状態のまま固まって見つめ合う私とコマ。え、えっと……どうしよう。折角気遣って貰ったわけだし、ここで私から『手を放して』って言うのは流石にコマに申し訳ない。
……け、けどこのままにしておくと、変に意識しちゃって……下手したら私、勢い余ってキスしちゃいそうで……私が危険すぎるし……!ど、どうしよう……ホントにどうしよう……!?
「…………(ボソッ)これ、もしかしなくても……仕掛けるなら今がチャンスなのでは?」
「え?な、何か言ったコマ?」
「…………コホン。姉さま、言いそびれてしまいましたが……実は私、もう一つ許せなかった事があるのです」
「う、うん……?」
そんな悶々としていた私をよそに、コマは何かを決意した顔で突然何かを語り始めた。え、嘘……?もう一つの許せなかった事……?ま、まさかまだ私何かコマに良くない事しちゃってたの……?
「姉さまは……私が引っ叩いてしまう直前にご自身が仰った事、覚えていますか?」
「へ……?そ、それは……まあ一応覚えてるよ。えっと、確か『私ならどうなっても全く問題なんて無い』ってやつだよね……?」
「いいえ、そっちじゃありません。もう一つの方です」
「も、もう一つ……?」
……なんだっけ?ゴメン、ちょっと覚えてないんだけど……
「姉さまはですね、こう仰ったのです。『こんな私みたいなダメな奴なんかに好意的な目線向ける人とかいるわけ無い』と」
「えーっと……」
……言ったかな?そういや言ったかも……
「私……基本的に姉さまの言う事を否定するつもりはありません。…………ですが。その言葉だけはどうか取り消して頂きたい」
「え、あの……何の話……?ってか……ちょっと、近くない……?」
「姉さまの素晴らしいところ、魅力的なところ……私はいっぱい知っています。そのご立派な胸も、ふわふわの髪も、抱き心地の良い小柄で愛らしい身体も、聞いているだけで元気になる声も、宝石のように煌く瞳も……私の味覚を戻してくれる柔らかで優しい舌と唇も……」
離れるどころか、ますます距離を詰めながらコマは話し続ける。もう少しでおでことおでこがごっつんこしそうなくらいだ。
「……勿論身体だけじゃありません。料理を始めとして家事上手なところも、見ていて微笑ましくなる天真爛漫なところも、笑顔がとっても可愛いところも、深く広い慈愛に満ちた心も、いざとなった時見せてくれる凛々しくカッコいいところも。……私、先ほどのような昨日今日会っただけでナンパしてきた輩なんかよりも……いっぱい、いっぱい姉さまの魅力を知っているんです」
「そ、そうなんだ……その……あ、ありがと褒めてくれて……」
聞いているこっちが恥ずかしくなるくらいのベタ褒めである。そういう事を世界で一番好きな妹に言われるのはめちゃくちゃ嬉しい。嬉しいんだけれど……何故にこのタイミングで……?
「ええ……本当に、姉さまは魅力的な女性なんですよ。……だから、取り消して貰いますね。姉さまに好意的な目線を向ける人は存在しない?……いいえ。そんな事はありません。だって、現に今ここに一人……姉さまの魅力に惚れた人間がいるのですから」
「こ、コマ?コマさーん?……な、なんかお顔がまた近づいていませぬかね……!?」
依然片手は私の頬に添えたまま、ここからは逃がさないと言いたげにスッともう片方の手を私の腰に回すコマ。
な、なんだろう……私の気のせいじゃないなら……マジでチューする3秒前みたいな感じになってないかなコレ……!?
「…………マコ姉さま。私……ずっと前から姉さまの事が……」
「はぅ……」
告白めいた事を呟きながらゆっくりと、けれど確実に自身の唇を私の唇へと誘おうとするコマ。頬をほんのり桜色に染め、瞳は色っぽく潤ませ、そして私の名を呼ぶ声はとても甘く蕩けるように。
……そんなコマの雰囲気に当てられたのか、私もそれを受け入れるように静かに目を閉じ―――
ガタタッ!!
『よーし!そこだ行け、コマ……っ!ヤれー!チューしろー!マコを押し倒せーっ!』
「「……」」
―――ようとしたところで、私たちの意識の外からそんな変な声が聞こえてきた。
『ちょ……!?め、めい子先輩マズいですって!?貴女、何やってんですか!?』
『ば、バッカ!シュウ邪魔すんなって!今めっちゃイイところなんだから!』
「「…………」」
コマと二人で顔を見合わせて、その声のする方へ視線を走らせてみる。……よく見ると、いつの間にか扉が微かに開いているではないか。
『マコさんとコマさんの良い雰囲気を邪魔してるのは先輩でしょう!?何勝手に覗き見してんですか……!』
『違うし、覗き見じゃないし!……これは叔母として、あの二人がちゃんと仲直り出来たか確認するために必要な事なんだって!』
『百歩譲ってお二人が仲直り出来たか確認する為に部屋の様子を覗くのは許したとしても、そのメモ帳は全く必要ないですよね……!?貴女メモする気満々じゃないですか!ええい、お二人の邪魔になる前にとっとと離れますよ先輩……!』
『は、放せシュウ!アタシには次のネタ―――もとい、あの二人を見守る義務が……!』
ドタンバタンと扉の向こうで誰かが暴れる音がする。誰かさんが暴れている隙に、気づかれないようにこっそり扉まで向かう私。
扉の前まで辿り着いたら、勢いよくその扉を開けてみる。
「…………何してんの、叔母さん」
「「あ゛っ……」」
……するとそこには。編集さんに羽交い絞めにされながらも、メモ帳とペンを片手に必死に部屋の中を覗き見しようとしている叔母さんの姿が。ホント、何やってんだこの人……
「あ、あの……マコさん、これはそのぅ……」
「ご心配おかけしました。お陰様で仲直り出来ましたよ編集さん。ありがとうございました。……ああ大丈夫です。編集さんは悪くないってことは見ればわかりますんで」
「そ、そうですか……それは何よりで……」
「…………で?叔母さん、アンタ一体何してんのさ?」
「……あー、うん。いやその……アレだよアレ」
どれだよ。ついさっきはカッコいい事を私に言って大人らしく諭してくれたのにこの人は全く……
私の出現に一瞬慌てた様子の叔母さんだったけど。咳払いをして居住まいを正してから一言私に言ってくれる。
「…………いやぁ、すまんなマコ。アタシは止めたんだが、この編集が『お二人のイチャイチャシーンを見たいです!』って聞かなくてさー」
「は、はぁ!?」
見事なまでの責任転換。素知らぬ顔で編集さんに罪を擦り付ける叔母さん。いっそ清々しさすら感じる。
ハッハッハ!やれやれ…………よくも邪魔してくれたな叔母さん。とりあえず、表出ろ。