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ダメな姉(わたし)は妹を愛でる  作者: 御園海音
八月の妹も可愛い
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第54話 ダメ姉は、口元を舐めとる

 これも全ては愛すべき妹の為。予定を繰り上げてスイカ割り(ナンパ狩り)に興じようとした私だけれど、叔母さんに即バットを没収された上にコマや編集さんに宥められて渋々断念せざるを得なくなってしまった。

 ……仕方ない。ご飯の前にスプラッタな光景をコマに見せるのは流石にちょっと忍びないもんね。寛大なコマの慈悲に感謝することだねスイカ共よ。もし次もやったら……何をとは言わないけど()()()から覚悟しておくように。


「それじゃあ皆さん手を合わせて。いくよー、せーのっ!」

「「「いただきますっ!」」」


 てなわけで、気を取り直して当初の予定通りお昼ご飯を食べることに。私・コマ・編集さんの三人で行儀よく『いただきます』の挨拶をしてから、楽しい楽しいランチタイムの始まりとなった。

 …………ん?何だかめい子叔母さんの姿が見えないようけど、どうかしたのかって?ああ、うん……。あの人ならつい先ほど、


『あー……ヤッベ、ちょい飲み過ぎた。ワリィお前ら、ちょいと便所行ってくるわ……メシは先に食っておいていいからな』


 なんて、私たちが食事前で且つ周りに海水浴客が大勢いるというのに大声でそんな事を宣いながらお手洗いへ行ってしまったのである。

 …………仮にも女性なんだしさ、叔母さんはもうちょっと……恥じらいとか常識とか覚えて欲しい。姪としてこっちが恥ずかしくなるわ。


「へぇ……焼きそばに焼きとうもろこし、イカ焼きにアメリカンドッグにフランクフルトか。良いねぇ!やっぱこういう場所はこういうのが定番だよね!コマ、ナイスチョイスだよ!」

「そ、そうですか?姉さまが気に入ってくださったのであれば嬉しいのですが」


 まあ、叔母さんの事は無視していいとして。まずはどんな食べ物があるのか確認してみる私。コマが海の家から買って来てくれた昼食は、いかにも海の家にあるメニューって感じがするラインナップだ。

 どれもこれも美味しそうで見ているだけでお腹が鳴りそうになる。特に焼きそばのソースや焼きとうもろこし、イカ焼きのタレの香ばしい匂いがとても食欲をそそるね。


「んじゃ早速いただきまーす!…………んー♪美味しいっ!ちょっぴりソースと油が効きすぎてる気もしなくはないけれど……この味の濃さがたまんないねぇ!」

「どれどれ……?ふむ、マコさんの仰る通りこれは中々美味ですね」


 手始めに出来たての焼きそばを選んで箸をつけてみることに。一口目で口の中いっぱいに広がる濃厚なソースの味と匂い。ついさっきまで全力でコマと遊んでいたせいで、自分で思っていた以上にお腹が減っているだろうか。それともコマの水着姿に興奮しすぎて鼻血を流し過ぎたせいで、失った血を補おうと身体が欲しているのか。その味と匂いに私の食欲が更に刺激され、ソースが絡んだ麺やお肉・お野菜があっという間に私の胃袋へと収まってゆく。

 うーん、美味しいっ!コマは実に良いものを買って来てくれたもんだね。


「…………うぅん……買って来ておいて言うのもなんですが、コレあまり好きじゃないかもです。値段は妙に高いのに、その値段の割に姉さまの料理に比べたら全然で……正直美味しくは……」


 一方このお昼ご飯を買って来てくれた張本人のコマは、何だかちょっぴり不満そう。まあ味覚が戻っている時のコマの舌は特に肥えてるから、これを美味しくないと感じるのも無理はないし、若干値段が高いのが気になっちゃう気持ちもわからんではない。

 ぶっちゃけ自分で作ったほうが安上がりだし美味しいもんね。だけど……


「コマさんコマさん、流石にマコさんの美味しい手料理とこれらを比べるのは可哀そうですよ。値段はまあ雰囲気税という事で。一応行楽地の料理にしてはここのはかなり安い方ですし、味も決して悪くは無いと思いますよ」

「そうそう、編集さんの言う通りだよコマ。それにさ、多少味が微妙だろうが値段が高かろうが……こういう場所でこういう海の家定番のメニューを食べることに意味があると思うよ。海を見ながら皆でわいわい食べれば何だか余計に美味しく感じない?」


 値段とか味だけが大事ってわけじゃないんだよね。夏の日差しを避けるビーチパラソルの下で、青々とした海や空を見ながら皆で仲良くご飯を食べる……それこそが最高のスパイスだと私は思う。

 私、海の家のメニューは勿論…お祭りの屋台で食べるご飯とか割と好き。なんというか食べるだけでテンション上がるもん。…………あと、自分で作らなくていいから楽だし。


「そういう、ものなのでしょうか?すみません……私、あまりそういう気持ちはわからなくて」

「あはは!そっかそっか。まあ、その辺は個人の感想だから仕方ないね。別にコマに考えを押し付けるつもりは無いから安心して―――って……ありゃ?コマコマ、お口にイカ焼きのタレが付いてるよ」

「えっ!?や、やだ私ったら……姉さまに恥ずかしいところを……」


 と、よくわからないといった表情で、今度はイカ焼きを子リスのようにちまちまと愛らしく食していたコマをじっくり視姦―――もとい、観察しているとコマの口元にタレが付いているのを目ざとく発見する私。

 その事を指摘されたコマは、慌ててポーチからハンカチを取り出そうとする。


「あ、待ってコマ。そんな綺麗なハンカチを使うのはよそう。それじゃあ染みになっちゃうよ」

「で、ですがその……あいにく先ほど姉さまの鼻血を止めるのにティッシュを全て使い切ってしまいましたし……もうハンカチを使うしか……」


 新品の高そうなレースのハンカチで上品に口元を拭おうとしたコマを止める。そんな綺麗なハンカチを汚しちゃうのはちょっと勿体ないよね。


「大丈夫大丈夫、ちょっとじっとしててねー」

「え……?あ、あの……姉さま?何を―――」


 そう考えた私はコマの頬に手を添えると、ゆっくりと唇を困惑しているコマの口元に近づけ……そして―――


「はむ……っ」

「っ~~~~~!?」


 ペロッとコマの口元に付いていたタレを舐め取ってあげる。


「……うん、イカ焼きも美味しいっ!ごちそーさまコマ」

「ね、ねね……ねぇ、さま……!?あ、あの……い、今…なめ……舐め、て……!?」

「ん?ああ、もう大丈夫だよコマ。綺麗になった。付いてたのちゃーんと取れたからねー」

「…………あ、ありがとう……ございます……」


 笑顔でそう言ってあげると、私に舐められたところを手で押さえながらコマは林檎のように顔を真っ赤にして俯く。……あれ?もしかしてコマ、恥ずかしかったのかな?

 まあそりゃそっか。口元にタレとかソースとか食べかすとかが付いてるなんて、なんか子どもみたいで誰しも恥ずかしいよね。


「…………ねえさま」

「んー?なーにコマ?」

「…………申し訳ございません。先ほどの発言、()()()()()()()()()()()

「へ?」


 と。まだ頬を染めたままのコマは私に囁くようにそう告げる。んん……?前言撤回?何の話だろうか?


「海の家のご飯……凄く、良いです……お値段以上に素晴らしかったです……最高です……」

「おぉー!コマもやっぱそう思う?だよね!だよねー!美味しいよね!幸せになるよねー!」

「はい……もうこれ以上ないほどオイシくて、幸せになりました…………感謝しますね、イカ焼きさんのタレ……」


 余程そのイカ焼きが美味しかったのだろうか。声を震わせながら歓喜に打ちひしがれている様子のコマ。うんうん、コマも海の家のご飯の良さがわかって貰えたようで何よりだね。


「……本当に、マコさんとコマさんは仲良しさんですよね」

「え?そうですか?そんなに仲良しに見えます?」

「ええ。お二人の微笑ましい姿は見ているだけでこちらが幸せになっちゃいそうですよ」

「ふふっ……♪ありがとうございます編集さま。最高の褒め言葉ですよ」


 そんな私とコマの様子をニコニコとすっごく良い笑顔で眺めていた編集さんがそう言ってくれる。いやぁ、仲が良いとか照れますなぁ。


「もしかしなくてもその様子だと、お二人は姉妹喧嘩とかした経験は今まで一度も無いんじゃないですか?お二人が喧嘩する姿なんて私、全く想像出来ませんよ」

「「えっ?」」


 編集さんの言葉に思わずコマと二人で顔を見合わせてしまう。…………私とコマが、喧嘩したことが無い…?


「……えっと、編集さん?しますよ私たち。ねーコマ?」

「え、ええ……多分人並みにはしますよね?」

「……?ええっと、するとは……一体何をですか?」

「「()()()()くらい、私たちだってしますよ?」」

「……?……??…………!??」


 そう二人同時に告げると、いつもはあまり動じることのない編集さんが珍しく目に見えて狼狽している。……編集さん、何ですその反応?


「えっと、編集さん?それってそんなに驚くようなことですか?ついこの間だって、私とコマ喧嘩しましたし」

「確かに頻繁にやっているというわけではありませんが……私も姉さまも、多分世間一般の兄弟姉妹と同じ程度には喧嘩しますよ」

「そ、そうなんですか……へ、へぇ……す、すみませんうろたえてしまって……。少しだけ……いいえ、正直に申し上げるともの凄く意外でしたので死ぬほど驚きました。…………そうですか。マコさんとコマさんが喧嘩……けんか……?」


 動揺を全く隠せずにいる編集さん。うーん……そこまで驚かれるとは思わなかった。確かに仲良し姉妹の自覚はあるけど、仲良しだからこそ喧嘩くらいは普通にするのになぁ……


「あー……コホン。すみませんマコさんコマさん。参考までに一体二人はどんな喧嘩をするのか教えていただけませんか……?このままでは私、気になって夜眠れなくなりそうですし……」

「え?どんな喧嘩をするのか、ですか?んーと……そうですね、じゃあついこの間喧嘩した時の話なんですけど……」


 編集さんに問われて、コマと喧嘩した話を語り出す私。そう、あれは先々週の出来事なのだが―――



 ◇ ◇ ◇



「コマお待たせ!お姉ちゃん特製、いちごのタルトの完成だよー!」


 夕食を終えた後、コマの為にデザートとしてタルトを作ってあげた私。うむ、我ながら中々良い出来栄えだ。


「ありがとうございます姉さま。わぁ……苺が宝石みたいにキラキラ輝いてますね。……綺麗です。ホントに姉さまはお料理上手ですよね。私尊敬しますよ」

「い、いやぁそれ程でも。あー、ちょっと待っててね。すぐに切り分けてあげるから」


 数少ない自分の取り得を一番大好きな人に褒められてちょっぴり気恥しさを感じながらも、コマと私の二人分にタルトを切り分ける私。

 折角上手に作れたんだし、ここまで来たら切り分けも綺麗にやろう。慎重にタルトにナイフを通して……よしっ、完璧ッ!


「タルト切ったよ。はい、これがコマの分ね。どーぞ召し上がれ」

「はーい、ありがとうございま―――は?」


 と、どうしたことだろうか。私が切り分けたタルトを渡した瞬間、笑顔を見せてくれていたコマが真顔になり急にこの場から不穏な空気が漂う。

 ……あれ?な、なにこの雰囲気…?え、ヤダ私ったらまた何かやらかしちゃった……?


「…………姉さま、何ですかコレ」

「えっ?な、何って……いちごのタルトだけど……ど、どうしたのコマ?」

「タルトは見ればわかります。この()()()()()()()、どういうことなのか説明してください姉さま」


 珍しくちょっぴり怒った表情で私にそのように問うコマ。き、切り方……?私の切り方が何かマズかったって事……?


「ご、ごめんコマ……もしかして量が足りなかったの……かな?よ、よかったら私の分も食べる?」

「違います、逆です。……どう見ても私のタルトの方が姉さまのよりも三倍近くも大きいじゃないですか。これは一体どういうことなのですか?」

「へ?」


 コマに渡した分と、残った私の分を指差してコマは怒ったようにそう告げる。コマのタルトの方が私のよりも大きい……?

 ああ、なるほどそういう事か。心優しくて気遣い上手なコマはタルトの大きさの違いにご不満という事らしい。ホントにお姉ちゃん思いの良い子だなぁコマは。……でも、元々コマの為に作ったデザートなんだし、そんなの全然気にしなくていいのに。


「せめて平等に二つに分けるか……姉である姉さまの方が多く食べるべきです。だというのに、この切り方はどう考えてもおかしいですよ。……もしや私に遠慮しているのですか?でしたらそんな気遣いは無用です」

「い、いいんだよ。私はこのくらいで。こういうのはお姉ちゃんが妹の為に譲るべきだもん。というかそもそも私、体重的にダイエットしなきゃいけないし……あまり食べない方が良いと……」

「っ!?だ……ダイエット、ですって……!?」


 私の場合、身体中の駄肉を落とすためにも甘いものは極力食べるべきじゃないと思う。そうやんわりと断りを入れた私だけれど、コマは全然納得がいかないご様子。


「い、いけません!ダメ、ダメです!絶対ダメ……ッ!ダイエットなんて、姉さまには必要ありません!寧ろ姉さまはその素敵な体系を維持するためにも、もっともっと食べるべきなのです!さあ……どうか私の分も食べてください……!」

「こ、コマこそちゃんと食べてよ。何より折角コマの為に作ったんだし、お姉ちゃんコマにいっぱい食べて欲しいなーって……」

「美味しいのであればなおさら姉さまもいっぱい食べましょう!遠慮せずに姉さまも食べてください!そしてダイエットなんて馬鹿げた考えは今すぐやめてください!」

「いや、コマこそいっぱい食べてよ!私、コマが自分の作ったご飯とかお菓子とか食べてる姿を見るのが性的に興奮す―――じゃない、嬉しくなるんだよ!?だからこそコマはじゃんじゃか食べるべきなんだよ!」


 お互いが遠慮し合い、相手にタルトを食べさせることを譲ろうとしない立花姉妹。


「いいえ、姉さまが!」

「ううん、コマが!」


 そのまましばらくコマと二人で、どちらが大きいのを食べるべきかについて口論となった。



 ◇ ◇ ◇



「―――と、そんな感じの口喧嘩を先々週に私と姉さまでしたんですよ編集さま」

「結局この喧嘩って全くもって埒が明かなかったから……最終的には二人で一口ずつ交互に『あーん』をしながらタルトを食べさせ合いっこすることで仲直りしたんだよね。……まあそういうわけです。ね?私たちも、普通に喧嘩するでしょう?」


 デザートの切り方が原因で喧嘩する。うむ、ごくごく一般的な姉妹の日常だよね。


「…………なるほど。本当に……本っ当に……お二人はもうこれ以上ないというくらい仲良しだってことがよくわかりました。マコさん、コマさん。ありがとうございます。()()()()()()()()()

「「えっ!?」」


 そんな話をしてあげると、まるでさっきのコマのように声を震わせて何かに感涙する編集さん。

 艶々した顔で先ほど以上に満面の笑みを浮かべ、何故か私たちに頭まで下げて感謝しつつ『ごちそうさま』の挨拶をする。も、もうごちそうさま……!?


「あ、あの編集さん?編集さん全然ご飯食べてないみたいですけど……もう良いんですか?」

「編集さま、もしや私や姉さまに遠慮なさっているのではないですか?まだまだ沢山ありますし、どうぞ私たちに遠慮などなさらずに食べてくださいな」

「いえいえ。これ以上なく美味しかったですし、昼食なんてもうどうでも良いのです。甘く素敵な尊いお話、本当にゴチでした」

「「……???」」


 困った……編集さんの言ってる事がよくわかんない。い、良いのかなぁ?まあ編集さんが大丈夫っていうなら問題ないんだろうけどさ……

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