第51話 ダメ姉は、水着を褒められる
「―――本当に、大丈夫なのですか姉さま……?あれだけ血を流したわけですし、貧血になっていませんか……?」
「大丈夫大丈夫。止血マジでありがとねコマ、助かったよ」
あわや出血多量で天に召されかけたけれど……コマの献身的な看病のお陰で何とか現世に戻って来れた私。
「あまり無理をなさらないでください姉さま。熱中症を甘く見てはいけませんよ」
「あ、あはは……だ、大丈夫だって。コマのお陰でもう平気!色んな意味で元気出たからねっ!」
私が熱中症でダウンしたと思っている心優しきコマは心配そうに私を気遣ってくれる。…………ゴメン、違うんだよコマ。熱中症なんかじゃないんだよ……
コマの水着姿があまりにも魅力的すぎて、お姉ちゃん鼻血が止まらなくなるくらい大興奮しちゃっただけなんだよ―――なんて心配してくれるコマに申し訳なさ過ぎて絶対言えないわ……
「それよりホラ!折角こんなに素敵な海に来てるんだし、早く遊ぼうコマ!時間も勿体ないからね!ねっ!」
「……わかりました。姉さまがそこまで仰るのでしたら……ですが、体調が悪い時は必ず私に教えてくださいね」
「はーい。りょーかいだよコマ」
まだ若干心配そうではあったけど、私に頷いてくれるコマ。これ以上こんな私の阿呆みたいな鼻血垂れ流し体質のせいでコマが海を楽しめなくなるのは私も辛い。
これから先はちょっと気合を入れて、無駄に鼻血を出さないように気を付けなきゃね。
「それじゃコマ、まずは何をしよっか?早速泳ぐ?それとも砂浜で遊ぶ?」
とりあえず気を取り直してコマにやりたいことを尋ねてみる私。夏の海は楽しいことが盛り沢山。海に入って泳いだりぷかぷか浮かんだり、水鉄砲で水を掛け合ったりするのは勿論砂浜でビーチバレーをしたり砂のお城を作ったりと色んな事が出来るハズ。さあ、コマはまず何をやりたいのかな?
「ええっと……そうですね、色々とやりたいことはありますが……まずは、」
『先輩、パラソルもシートもチェアも設置終わりましたよ』
『おうご苦労さん。ならシュウ、次は背中に日焼け止め頼む。丁寧にな』
『はいはい、わかってますよ先輩。では失礼して……』
「「……ん?」」
と、コマが何か言いかけたところで、私たちの前方からそんな声が聞こえてくる。この声は……叔母さんと編集さん……?
『……一応言っとくけどシュウ、変なところ触んじゃねぇぞ。セクハラで訴えられたくなかったらな』
『だからわかっていますって。安心してください、こんなところで私が先輩に対して下心なんて抱くわけ無いじゃないですか』
『アァ……?なんだぁテメェのその言い草は。シュウ……まさかお前さん、アタシの身体は魅力がないとでも言いたいのかゴラァ…ッ!』
『…………は?い、いえ。決してそういう意味ではなく……』
『じゃあ触れ!ちゃんと男らしく本能の赴くままにアタシの身体に触れやシュウ!』
『……先輩、貴女結局触って欲しいのか触って欲しくないのかどっちなんですか……?』
私とコマの視線の先には、シートにうつ伏せになって編集さんにギャーギャー文句を言いつつ日焼け止めを塗らせている叔母さんの姿が。
やれやれ……叔母さんったら相変わらず理不尽に無茶苦茶なことを言ってやがる。姪として後であのダメ人間にはきちんと叱っておこう。
それにしても……ふむ、日焼け止め塗り……か。…………いいなぁ。
「……コホン。姉さま、まずは遊ぶ前に私たちも叔母さまを見習って、海で遊ぶ前に日焼け止めを塗りませんか?焼けちゃうと後々困っちゃいますし……」
「っ!」
そんな叔母さんたちの様子を見たコマは、苦笑いをしながら私にそう提案をしてくれる。
「そ、そだねー。私もコマに賛成。お肌のケアは大事だよね。今日はこんなに晴れてるしコマの珠のお肌を守るのは勿論、仮にも私だって乙女なんだし日焼け対策はしっかりとしとかなきゃいけないよね!コマ、日焼け止めは持ってきてる?」
「ええ勿論。少し待っててくださいね姉さま。すぐに用意しますから」
「あはは、コマ。急がなくていいよー」
コマの提案に私も同意すると、コマは持ってきたポーチから日焼け止めクリームをいそいそと取り出そうとする。
そんなコマの愛らしい仕草をにこにこと笑顔で眺めながら、私は心の中でこんなことを考えていた。
「(日焼け止め……コマ一人では塗れない背中……そしてこの姉の私の存在……!)」
叔母さんと編集さんのやり取りを見た時から、そんな事を内心でずっと考えていた私。夏の浜辺、ビーチパラソルの下で背中に日焼け止めを塗ってあげるという恋人同士がやるようなちょっと過激で刺激的なシチュエーション……私はこれを待っていた……!
「お待たせしました姉さま、日焼け止め見つかりましたよ」
「そ、そっか。……あ、あのさコマ。もし良かったら、叔母さんたちがやってたみたいに……わ、私がコマの背中に日焼け止め塗ってあげようか?」
「……え?」
なるべく平静を装いながら、コマにそう進言を試みる私。これが例えばナンパ目的の見知らぬ男性に提案されたのであれば、当然コマも警戒心や羞恥心を抱いて塗らせてくれないだろう。
だかしかし、幸いにもコマの隣にいるこの私はコマの双子の姉。……つまり私はこの世で最もコマに警戒されること無く、お背中を触れられる存在なのである……っ!
「だ、ダメかな?せ、背中は手が届かないかなって思ったんだけど……ど、どう?塗らせてくれないかな?」
「ええっと……そうですね……」
大丈夫。傍から聞いても今の私の進言は、妹想いの姉の気の利いた台詞に聞こえるハズ。コマもきっと断ったりしないだろう。
「姉さまのお気持ちはとても嬉しいのですが……遠慮します」
「えっ!?ダメ!?」
……そう考えて思い切って提案してみた私なんだけど……ところがどっこい。予想に反してコマは私の提案に乗り気じゃないご様子。ば、バカな……!?何で!?何故に断られるの……!?
も、ももも……もしや私の邪念に気付かれた!?『コマの背中を余すことなく触れたい』とか『コマの背中に白濁液いっぱい塗りたい』とか『あわよくばちょっとドキドキするハプニングも……』―――的な事を考えてる私の煩悩が駄々漏れだった……!?だからコマに警戒されちゃった……!?
「こここ、コマ……?あ、あの……も、もしかして……お姉ちゃんに触られるの……嫌……なの……?不快……だったり……?」
震える声でコマに確かめてみる。これで『はい、不快です♪』なんて言われたら……私、死ぬかも……
「あ、いえ違いますよ。その…嫌というわけでは無いのです。寧ろ姉さまに塗って貰えるなんて、本来ならば跳び上がって喜びたいところです。ですけど……」
「け、けど……?」
何だか申し訳なさそうに言い淀みながら、コマは視線を今自身が着ている水着へと向ける。コマに釣られて私もその視線を追うと―――
「わ、私が着てるこの水着だと……その、背中は塗る必要が無い……ですよね?」
「へ……?」
―――私自身がコマの為に選んだ、ワンピース水着が私の目に映った。……うん?待てよ、ワンピース水着……だと……?
「~~~~っ!」
「ね、姉さま!?どうなさいました姉さま!?」
その事実に気づくと同時に、声にならない叫びをあげて膝から崩れ落ちる私。……そうだった。コマが今着てるのって、私が選んだ露出少なめのワンピースタイプの水着……!
不覚、何たる不覚……!これ、背中が出てない水着じゃんか……!?つまりは背中には日焼け止めが必要ないというわけで……
あ、アホか私は!?なんで水着を選んだ張本人なのにそれに気づかないんだよ……!?
「あ、あの姉さま。どうなさったのですか?まるで世界の終わりでも見たかのように意気消沈されているように見えるのですが……」
「ナンデモナイヨ……ハハハ……」
「そ、そうですか?えっと、それでは先に私が日焼け止め使いますけど……宜しいでしょうか?」
「うん、いいよー……はぁ……」
なんてこった……他の人たちにはコマの露出の多い姿を見せたくないという私の醜い独占欲が、こんなところで裏目に出るとは……
せ、せめてワンピース水着はワンピース水着でも、背中が空いてるモノキニタイプの水着とかにしておけば……!
そんな感じで唇を噛みしめて後悔している私の隣で、コマは腕や足、首元に日焼け止めを淡々と塗っていく。
ちくしょう……塗りたかった。この私がコマに日焼け止め塗りたかったのに……恨むぞあの日この水着を選んだ私ィ……!
「姉さま、私は塗り終わりましたよ。次は姉さまの番ですね」
「ああうん……そだね。じゃあコマ、悪いけど日焼け止め貸してくれるかな?」
……仕方ない。済んでしまった事はもうどうしようもないし、今日のところは諦めるとしよう。
若干後ろ髪を引かれながらも切り替えて、コマから日焼け止めクリームを借りようとコマに手を出す私。
「……(じー)」
「……ん?コマ?どうしたの?」
するとそんな私の差し出した手に目もくれず、コマは私の身体をまじまじと観察するように凝視している。何だろう?何か私に付いてるのかな?
「…………あの。先ほどからずっと気になっていた事があって……でも色々あって今の今まで姉さまに聞きそびれていた事があるのですが……聞いても良いですか?」
「へ?ああうん、どうぞ…?」
気になっていて…おまけに聞きそびれていた事?一体何のことだろうか?心当たりなんて私にゃ無いんだけど…
「……どうして姉さま、パーカーを着ているのですか?」
「…………え゛?」
真っすぐな瞳で、コマはそんな事を私に聞いてきた。
そうコマの言う通り、ここに来る前からずっとコマが選んでくれた水着の上に、その水着を隠すように大きめのパーカーを着ている私。
「私は姉さまに選んでもらった水着を着ていますけど…姉さまも私の選んだ水着を着る約束でしたよね?……ビキニのやつ」
「あ、ああうん……も、勿論コマに選んでもらった水着はありがたく着てるよ…」
「そのパーカーの下に、ですか?」
「う、うん……」
「……もう一度聞きます。どうして姉さまはパーカーを着ているのですか?」
若干不満げにコマがそう私に尋ねる。……何故なのかって?そんなもの決まっているじゃない。恐ろしく似合わない上に恥ずかしいからだよ…!?
「……もしかして私が選んだもの、気に入りませんでした…?ご不満でしたか…?」
「い、いや違う!そうじゃないの!不満なんてこれっぽっちも無いの!ただ……」
「ただ……?」
「ただその、折角コマに選んでもらった水着だけど……こういうセクシー系は着慣れてないから恥ずかしくて。……それに……や、やっぱり私には似合わなくてさ……」
一瞬悲しい表情を見せるコマに慌てて取り繕う私。コマのチョイスに文句があるわけじゃない。
ただその……私にはコマの選んでくれた水着は絶望的に似合わないってだけで……
「恥ずかしいのはともかく……似合わない?姉さまが?」
「う、うん……」
「……そんな事無いと思うのですが。まあ、とにかく似合う似合わないは見てみないと分かりませんよね。―――というわけですので。パーカー脱いでみましょうね♪」
「え、えぇ!?」
「さあ……さあ……っ!」
私に勢いよく詰め寄るコマさん。何だかお目目が肉食動物チックで…………ゾクゾクしちゃう―――とかまた変な事言ってる場合じゃないね。
ま、マズい。このままじゃこの私の駄肉が衆目に晒されてしまう……
「ままま、待ってコマ……!?お、落ち着いて。見せられるようなものじゃないし……見ても大して面白くもなんともないから……」
「どの道パーカーを着たままでは泳げませんよ。さあ姉さま、脱ぎ脱ぎしましょうねー」
「い、いやだからちょっと待っ―――強っ!?コマの力強っ!?」
そう思ってなけなしの抵抗を見せようとした私だけれど、普段から鍛えているコマに敵うはずもなく。コマに片手で私の両手を難なく抑えつけられ、残った手で器用にパーカーのジッパーに手をかけられる。
そして勢いよくコマがジッパーを引き下げると―――
「ぁう……み、みないでコマ……」
「…………」
着ていたパーカーを、物の見事に脱がされた。中から出てきたのは際どいビキニを身に纏った私の水着姿。うぅ……いかん、恥ずかしくて死にそう……
コマの選んでくれた白いビキニは、購入時も思ったけどいざ着てみるとやっぱりコレはヤバい……布面積が極端に少ないのに加えて私の場合(無駄に)胸がデカいせいで、余計に肌の露出が多く見えてしまう。ショーツの横は紐になっていて、一応解けない様に作られているとはいえ穿いていて心もとない感じ。
おまけに防護服のように着込んでいたパーカーをコマに脱がされたからか、何だか外で下着姿になったような錯覚さえ覚えてしまい羞恥心が更に加速する。思わず胸元を隠してコマに震える声で『見ないで』と、懇願する私。
「…………はぅ……」
「って、こ……コマ!?」
と、どうしたことだろう。私の水着姿を見たコマが、突然眩暈を起こしたようにその場でふらついたではないか。慌ててコマの傍に駆け寄ってコマを抱き寄せる私。
「ど、どうしたの急に!?気分悪い!?貧血!?」
「…………だい、じょうぶ……です。ちょ、ちょっと姉さまのお姿に目が眩んだ―――もとい、日差しが強すぎて目が眩んだだけですから……」
「目が眩んだって……も、もしかしてそれって熱射病とかなんじゃないの!?ホントに大丈夫!?」
よく見たら何だか顔が赤いし、ハァハァと息も上がっている。今日は特に日が照っているわけだし、もしやコマ体調が悪いんじゃ……!?
「い、いえ……平気です。お気になさらず。単に日の光が眩しかっただけですし……」
「そう?なら良いけど……でも絶対無理しちゃダメだからね?」
「ええ、肝に銘じておきます。…………(ボソッ)嗚呼、なんて破壊力なんでしょう……やはり私の見立てに狂いはありませんでしたね……」
何やらブツブツ呟いていたコマだったけど、ニ,三度深呼吸をしてから私にニコッと天使の笑顔を見せてくれる。
「話がそびれてしまいましたが……とても素晴らしいですよ姉さま。その水着、やっぱり姉さまに大変よく似合っています」
「え……そ、そうかな……?」
「はい!小柄で愛らしく普段はお淑やかな姉さまが、大胆に露出の多いビキニを着ているという事実だけでもとてもドキドキしていましたが……実際に着て貰うとそのドキドキが私の中で何十倍にも増してますよ。今回私は白の無地を選ばせて頂きましたが……色も柄もシンプルな分、色白で美肌な姉さまの魅力がより強調されてとても素晴らしいです。本来ビキニは私たちくらいの年齢だとまだ早いとよく聞きますが……やはり中学生とは思えないほどご立派なスタイルの持ち主である姉さまには、全く関係ありませんね。お胸もお尻もムチムチでトランジスタグラマーな姉さまにビキニは想像していた以上に良く映えています。こんなに素晴らしい水着姿、パーカーなんかで隠すのは非常に勿体ないですよ姉さま」
「そ、そうなんだ……」
まくし立てるようにコマが熱心に語ってくれる。んーと……頭が良いコマの話は難しくて私にはよくわからんが……一応褒められているってことで良いんだよね……?
コマに褒められるのは死ぬほど嬉しいけど……うぅ、でもやっぱこの恰好恥ずかしい……
「……さてと。姉さま、ちょっと話が脱線してしまいましたね。ごめんなさい、日焼け止めの話でしたよね」
「へ?あ、ああうん。そういえばそうだったね。じゃあゴメン、日焼け止めクリーム貸してもらって良いかな?すぐに塗っちゃうから」
一通り語り終えるとコマが話を戻してくれる。そうだったそうだった。ビキニに気を取られて日焼け止めの事すっかり忘れてた。
さっさと塗ってからまたパーカー着ることにしよう。水着姿になるのは…泳ぐ時とコマの前だけで良いし。
そう考えながらもう一度コマから日焼け止めを借りるために手を差し出す私。
「いいえ、それには及びませんよ姉さま」
「うん?それには及ばないって、何で?」
ところがコマは日焼け止めクリームを私には渡さず、その差し出した私の手を握り返しながらこんなことを言いだした。
「ご安心ください姉さま。塗り残しなど一切無いように……姉さまに日焼け跡の一つも無いようにじっくり丁寧にやりますので♡こう見えて私、こういうのは結構得意なのですよ。大船に乗ったつもりでお任せください」
「ええっと……ごめんコマ。何の話だっけ……?」
「え?何の話と言われましても……」
キョトンとした表情で、コマはこう告げる。
「私が、姉さまのお背中に日焼け止めを塗るという話ですが……それが何か?」
ふーん。…………ん?