第44話 ダメ姉は、集中する
週明けの月曜日。期末試験まで残り日数僅かということも相まって、気を引き締めてコマに作って貰っておいた試験対策のプリントを見直しながら朝から一人教室で試験勉強をしていた私なんだけど……
ざわ……
『お、おい。あれ、見てみろよ……』
『ば、バカな……!?あ、あのダメ人間が俺より先に学校に来てる……だと?どうなってんだ……!?』
「……」
ざわざわ……
『それだけじゃないわ……よく見なさい、あの子の机の上に広げているブツを』
『っ!?きょ、教科書にノート……参考書まで……!?ま、まさか……!?』
『あ、ああ。そのまさかなんだよ。……あのダメ姉、どういうわけかこの中の誰よりも早く登校してる上に……勉強までしていやがるんだぞ……!』
『な、何ィ……っ!?』
「……」
ざわざわざわ……
『まるでダメ人間から真人間になったみたいじゃないか!?い、一体全体どうしたというんだ!?』
『もしかしてこれは……天変地異の前触れ……?』
『いえ、ここは本人の脳の状態を心配してあげるべきだわ。ねえ、誰か保健室へ連れて行ってあげるべきだと思わない?保健委員来てるー?ちょっとあの子を保健室に―――』
「…………」
……何だか今日は教室がかなりざわついている模様。その上クラスメイトたちの自分に向けられた視線が四方八方から突き刺さり、ちょっぴり勉強に集中できない私。……ええい、一体何なの君たち?
ついこの間は『勉強に集中できないから黙らっしゃい!』と全員が私に向かって辞書投げるほどキレたくせに、私に対してはこんな仕打ちとはどういうことかね全く……
「……コホン。あー……あのさ皆。別に私も世間話をするなとは言わないよ。……けど流石にちょっと勉強にならないから、せめて私の机の周りをぐるりと囲んでひそひそ話をするのは止めてくれないかな?うるさいし気が散っちゃうじゃないの」
登校してきた愛すべき我がクラスメイトたちは、この教室に入るや否や私の姿を見るなり目を丸くして仰天し、次々と私の座っている机の周囲を取り囲みつつ私をジロジロ見つめて何やらひそひそ話をしてくる。
これじゃあまるで見世物小屋の珍獣になった気分だ。流石に耐えかねて周りの連中に文句を言うことに。
「い、いや……だってマコが真面目に勉強してるし……」
「だ、大丈夫なのマコ……?一体どういう心境の変化……?」
「あのな立花。夏風邪ってこじらせるとヤバいって聞くぞ。熱測ったほうが良いと思うぞ立花……」
「……君たちはさぁ」
何でこう……先生も叔母さんもこいつらも、私がちょっと勉強してるだけでいちいちオーバーに動揺するかなぁ……
「つーかさ。君たちが先週言ったんじゃない。『マコはこれ以上赤点取ったら留年しちゃうかもよ。勉強しなくていいの?』的な事を。それなのになーんでそういう事言った張本人たちがそんなに驚いてるのさ?」
「そ、そりゃ言ったわ。確かにマコは勉強しなきゃ危ないよって言ったのは事実よ。け、けどね……」
「けど、なにさカナカナ。言いたいことはハッキリと言いなよ」
そう言って全員顔を見合わせながら心配そうに私の様子を見るクラスメイトズ。
「それを差し引いたって気合の入り方が半端ないじゃない……一番乗りで教室にやってきて勉強するなんて……どうしたのよマコ」
「もしかして何か悪いものでも食べたんじゃないか?立花、辛いなら遠慮せず保健室に行って良いんだぞ。何なら俺が保健室連れて行ってやろうか?」
「ア、アタシ先生にマコが具合悪いから早退させた方が良いって伝えてくるわ!待ってなさいマコ!」
「うん。君らが待とうか。良いからちょっと落ち着け。別に私、おかしくなったわけじゃないからね?」
普段の私には決して見せないであろうその無駄な優しさは何なのさ。どんだけ勉強嫌いと思われてんだろうか……?
「だって学校一の不真面目生徒のマコがこんなに勉強してるのおかしいじゃない。赤点回避って目的だけでそんなに目をギラギラさせて勉強するなんて……マコらしくないわよ」
「いやいや……それってそんなに驚くような事かねカナカナ。よく考えてみなよ。もしかしたらこの私も土曜と日曜を経て、勉学の素晴らしさに目覚めたという可能性だって―――」
「「「マコに限ってそれは無い」」」
「即答!?ねえ、酷くない!?せめて言い切らせてよ!?」
親友を筆頭に、クラスメイト共の私への厚い信頼に思わず涙が零れそう。そ、それ程までに勉強嫌いだって思われてたのか私……いやまあ確かに嫌いですけどね。
「それじゃあ結局何なのよマコ」
「へ……?なにが『何なのよ』……なの?」
「だからね、マコがコマちゃん関連の事以外で必死になるとかありえないでしょう?コマちゃんと何かあったんじゃないの?」
……ほほう。コマ関連の事だと必死になるって認識されてるのか私。それはちょっと嬉しい。
「そういうわけだからさ、マコがこんなに一生懸命勉強しだすなんてマコの頭がおかしくなったか……あるいは妹のコマちゃん関連で何かあったかの二択しかないでしょ。頭がおかしくなったわけじゃないなら……コマちゃん関連でなんかあったってことなんでしょう?それで?コマちゃんと何があったのよ?」
「お、おぉ……」
私の隣の席の親友がそんな推理を披露する。さ、流石……親友なだけあってよく私を見てるなと感心してしまう。何でわかるんだろう?私って……ひょっとしてわかりやすいのかな?
「まあカナカナのお察しの通りだよ。……ふっふっふ。実はね、私……昨日コマとある約束をしたんだよ」
「「「約束?」」」
そう、話は昨日の……ちゆり先生の診療所で勉強会を終えた後に遡る。
◇ ◇ ◇
「今回は凄く勉強捗ったねーコマ」
「ええ。勉強場所を提供してくださったり……色々と教えてくださった沙百合さまや先生に感謝ですね」
「うんうん。あ、勿論コマの適切な指導もあったからこそ捗ったんだからね!ありがとコマ!」
「それは良かったです。姉さまのお役に立てることが私の幸せですし、姉さまにそう言って貰えることが何よりも嬉しいですよ」
勉強会を終え、先生たちの診療所からの帰り道。私とコマは電車に揺られながら車内で昨日今日の勉強会の感想を言い合っていた。
「とりあえず最大の難関だった数学は基本的な問題なら大体解けるようになったから、あとはとにかく問題を少しでも多く解いて試験に備えつつ……他の科目の暗記をどれだけ頑張れるかどうかだね」
「はい、その通りです姉さま。試験まであと四日。それまでに姉さまには数学の勉強に磨きをかけつつ、残り教科の試験に出るであろう箇所をしっかりと覚えてもらわねばなりません」
「結構時間が無いよね……頑張らなきゃ」
「ファイトですよ姉さま♪」
私の隣に座っていたコマが私の手をきゅっと握って愛らしくエールを送ってくれる。うーん、嬉しいなぁ……その応援だけでお姉ちゃんなんだって出来る気がしてくるよ。
「さて。ここから先、一番の問題は……帰ってから試験日までにちゃんと集中して勉強できるかだよね」
あとはどれだけ私が家や学校で集中して勉強できるかに全てがかかっていると言えるだろう。明日からどうしたもんかなぁ……
何せ集中して勉強できそうな学校の図書館は試験が終わるまで出入り禁止令が出されちゃってるから使えない。自分の部屋で一人で勉強をやろうにも……私的には勉強ってものは自分一人でやろうとすると、気が付けば部屋の片づけとか始めたり隙あらばコマ萌え萌えな妄想しだしたりと中々集中出来ないという致命的な問題がある。
かといってコマと二人っきりで勉強しようとすると、監視役がいなければ二人とも色々とダメになって勉強にならないのはすでに先日実証済みだ。家には一応叔母さんがいるけれども、流石に小説の締切間近な叔母さんを監視役にするのは申し訳ないし……参ったねこりゃ。またどうにか勉強できる環境か、集中できる方法考えないとなぁ……
「どうにか一人でも集中して勉強できる方法があれば良いんだけどね……」
「……ふむ。集中できる方法…ですか。…………あ。そ、そういえばですね姉さま」
「ん?どうかしたのコマ?」
と、思わずポツリと呟く私を見てコマが何か思いついたように手をポンと叩く。
「実は帰り際にですね、姉さまはちゆり先生とお話をされていたじゃないですか。その時……私は沙百合さまと雑談していたのですよ」
「沙百合さんと?」
ああ、そういえば帰る前に今後のコマの診察や心療内科の受診に関して先生と再確認してた時に、コマと沙百合さんが何やら仲良くお話してたっけ。
「その雑談中にですね、沙百合さまに『自分の家で勉強すると、私も姉さまも中々集中出来ないのですよ』という話になりまして」
「おおっ!それは中々にタイムリーな話題だね」
「そうなんですよ。その際参考までに、沙百合さまに『沙百合さまやちゆり先生は学生時代、試験勉強をする時はどうやって集中して勉強していたのでしょうか?』と、尋ねてみたのですが」
沙百合さんやちゆり先生の勉強の集中法か……それは興味深い。思わず身を乗り出してコマの話に耳を傾ける私。
「それで?沙百合さんは何て言ってたの?」
「はい。沙百合さまはですね……『私の場合、試験が始まる前にちゆり先生とお互いに条件とご褒美を決めて勉強にやる気を出していました』と仰っていました」
「……うん?どゆこと?」
条件と、ご褒美……?
「試験前に予め二人で目標を決め、その目標を達成出来ればご褒美を上げ合っていたそうです。例えば沙百合さまは『成績上位になったら』ちゆり先生からご褒美を貰えて…ちゆり先生の場合は『学年一位になったら』沙百合さまからご褒美を貰えるように決めていたらしいのです。これがあったから試験勉強もやる気が出せたそうですし、集中して勉強出来たとか」
「へぇ……なるほどなるほど。ご褒美システムね」
確かに嫌々ながら勉強するよりも、何か特典とかあったほうがやる気やモチベーションが向上するし勉強にも集中出来るだろう。
キスで暗記するという例の勉強法といいご褒美システムといい、コマや先生たちみたいな頭の良い人ってやっぱ色々考えて勉強しているんだなぁ……
「姉さま。これって面白そうだと思いませんか?」
「え……?面白そうって何が?」
「ですから。ご褒美の事ですよ。私たちも先生方のように試しにやってみませんか?」
「え、ええー……」
「あら……?意外ですね。不満なのですか姉さま?」
先生たちに感心していると、コマがそんなことを言いだす。むむむ……確かに面白そうだとは思うし、何かしらのご褒美があれば私も勉強に集中できるかもしれない。
だけど……
「い、いやぁ……だってさ。私じゃ逆立ちしても学年一位になんかなれないし、成績上位者にも勿論なれそうにないもん。そもそも平均点を超える事すら難しいと思うんだけど……」
だけど流石に私にはちょっとその先生たちのような条件だと厳しすぎる。いくらご褒美があっても達成できないなら絵に描いた餅だもの。そう思って遠慮する私だけれど、コマは首を振って笑顔で話を続ける。
「大丈夫ですよ。条件は姉さまに合わせますから。姉さまは当初の予定通り『全科目、赤点回避』を目指してもらいます。それが姉さまの目標です」
「えっ?い、良いの?そんな緩い条件で……」
コマの提案に驚く私。いくら何でも条件としては軽すぎないだろうか?ある意味達成出来て当然のことでご褒美貰えるなんて悪い気がするんだけど……
「良いのですよ。元々の目標が全科目を赤点無しで乗り切る事でしたし、それだって立派な目標でしょう?……それで、どうでしょうか?その条件で構いませんか?」
「そ、そう?……うん、わかった。コマさえ良ければ私はそれでOKだよ」
「良かった、決まりですね。あ、ちなみに私は『全科目、学年一位』を目指しますから」
「おぉ……!流石私のコマ、私と違って目標が高いっ!カッコいい!」
「ふふ……♪私も今回姉さまを見習って全力で頑張りますのでっ!……さて、それでは肝心のご褒美の内容ですけど……」
ご褒美か……まあ、私の条件は軽すぎるしどんな安価なものでもご褒美になるだろうね。というか、コマがくれるものならば私にとってはどんなものだろうとご褒美になっちゃうし!
そんなことを考えていた為に、ご褒美の内容自体はそこまで期待していなかった私なんだけど…………次の瞬間、コマの一言に固まってしまう。
「ご褒美はですね、姉さま。姉さまが条件をクリア出来れば―――」
「うんうん」
「一つだけ、私が姉さまの言う事を何でも聞く……というのはどうでしょうか?」
「…………え?」
◇ ◇ ◇
「何でも……何でも…………何でも……っ!ふ、ふふっ……ふははははは……!」
「「「怖……っ!?」」」
皆に説明をしている最中に、思わず堪えきらずに高笑いしてしまう私。『何でも言う事を聞く』……嗚呼、何と素晴らしい響きだろうか。
「だって、だってだよ。条件をクリアしたら…………私がコマを好きにして良いという事でしょう!?これは勉強を頑張らない理由がないじゃないのさぁ……っ!」
コマにそんな魅力的な提案をされてから、一人でも死ぬほど集中して勉強できるようになった私。これもすべてはコマを好きにするため……!
いやぁ、試験後がホントに楽しみだ……!条件クリア出来たら何をお願いしようか?一日コマとお出かけするのも良いし、プールへ連れて行ってそのコマの芸術的な肌や肢体を見せてもらうのも良い。
いや、水着を着てもらうだけじゃちょっと物足りないし……いっそのこと私のお部屋でコスプレショーを開催させてもらうというのも捨てがたい。二人っきりの部屋で色んな服を着てもらい、少しずつ大胆な服をコマに着せて堪能し…最終的には全ての衣服を投げ捨ててベッドに―――なーんて!ぐふ、ぐふふ……ぐふふふふ…………っ!
「というわけで!そろそろ私、勉強を再開させてもらうよ!集中したいからこれ以上私に話しかけないでねっ!みんなもちゃんと勉強しなよ?試験までもう時間無いしさ!」
周りのみんなにそう助言してから勉強を再開する。さぁヤるぞぉ……!私はヤってヤるぞぉ……っ!
「……な、なんつーわかりやすくて、且つめちゃくちゃ不純な動機なの……」
「つかコイツ、勉強しながら涎と鼻血出していやがるぞ……いつも以上に気持ち悪いな……」
「けどすっごい集中力……ね、ねえ。このままじゃマジで条件達成しちゃいそうだし……コマちゃんの為にもこの欲望に塗れた駄姉をここで止めるべきじゃないかなぁ…」
「い、いやでも待ってあげて……一応マコも折角やる気を出してるわけだし、マコに勉強しろって最初に焚きつけたのはわたしたちだから……動機はどうあれ、止めるのは流石に悪い気がするわ……」
「……でもよ叶井。コイツから出てるのは、やる気というかヤる気じゃねぇかな……」
「…………否定はしないわ」
クラスメイトの戯言は無視して机にかじりつき必死に暗記する。赤点回避のためにもご褒美の為にも……やる気と気合い全開で勉強するとしましょうかねぇ!
【試験まで残り3日】