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ダメな姉(わたし)は妹を愛でる  作者: 御園海音
七月の妹も可愛い
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第43話 ダメ姉は、暗記する

 コマの担当医であるちゆり先生から、勉強に集中できる場所を探しているなら診療所で勉強したらどうかと提案された私とコマ。

 最初は流石に遠慮していた私たちだったけど、先生の熱烈なお誘いに結局根負け。昨日今日と泊まりで診療所の待合室をありがたく使わせてもらい期末試験の勉強をしている。


「とても良い調子ですよ姉さま。ここまで解けるようになれば今回の期末試験は心配ありませんね」

「あはは。それはきっと私専属の家庭教師さんの教え方が上手いお陰だね」

「姉さまにそう言って頂けるなんてとても嬉しいですよ。頑張って教えた甲斐がありました」


 午前中いっぱいを鬼門の科目である数学の勉強に当てて、お昼になってからはちゆり先生たちからお昼ご飯をご馳走になりその後も午後からまたしっかりと勉強。そんな流れでとても分かりやすいコマの指導を受けながら学習を進め、ついに苦手だった数学の文章問題も基礎的な部分はほぼ解けるようになった私。

 コマもこう言ってくれていることだし、結構順調に勉強出来ているみたいだね。


「さあ今日は数学の勉強はこの辺にして、あとは少しだけ休憩を入れてから気分転換も兼ねて他の科目の勉強を始めましょう。数学をいくら頑張っても、他の科目を疎かにしてそちらで赤点を取っては元も子もありませんし」

「そだね。んじゃちょっと休憩しよっか。コマおつかれー」

「はい、姉さまもお疲れ様です」


 私の現在の集中力や疲労具合などを様子見しながら、適度に休憩を入れたり科目を変えたりとペース配分を上手く調整してくれているコマ。私一人でやってたら多分ダラダラと無駄に勉強を続けるか、もしくは科目を偏らせて勉強していただろうし正直滅茶苦茶ありがたい。


「いやぁ、コマが私のスケジュール管理しつつ勉強教えてくれているお陰で無理なく勉強出来て助かってるよ。凄く勉強が身についてるって実感できるもん」

「そ、そうですか?……私、姉さまの役に立っているでしょうか?」

「もっちろん!ホントにありがとねーコマ」

「あ……えへへ……♪」


 その感謝の気持ちを込めて頭を撫でてあげると、コマは気持ちよさそうに目を細めて私に撫でられるがままになる。……うーん、かわいいなぁ。昔からこんな風に頭を撫でられるのが好きなコマ。なんでも私に撫でられると安心するとかなんとか。

 どう考えてもこんなのでは勉強を教えて貰ったお礼にならないだろうけれど、せめてコマが満足するまでは撫でてあげようかな。



 コンコンコン



『マコちゃーん、コマちゃーん!今入っても良いかしらー?』

「あ、はーい!どうぞですー!」

「えっ!?……あ……そ、そんな……」


 と、そんなことを考えていた矢先に待合室の扉が午前中同様ノックされる。この声は……ちゆり先生だね。ささっとコマを撫でていた手を引っ込めて、ちゆり先生を出迎える私。


「お疲れ二人とも。様子見に来たわよー♪どうかしら?勉強は捗っているー?」

「はい!もうお陰様でかなり良い感じで勉強出来てますよ。色々とありがとうございますちゆり先生」


 現れたちゆり先生にそう告げつつお礼の言葉を言う私。コマに感謝するのはモチのロンだけど、先生や沙百合さんにも感謝しなきゃいけない。

 勉強場所の提供やお泊り、食事の用意までしてもらったし……何より二人にはこうして時々私とコマがちゃんと勉強しているか様子を見に来てもらっているもの。


「何せ私とコマが二人っきりになると集中力切れちゃって勉強にならないですからね……ちょくちょく様子見に来てもらえるの、すっごいありがたいですよ」


 ついこの間なんかコマの部屋で勉強しようとしたのに、結局私たちイチャイチャしただけで勉強せずにその日は終わってしまったわけだし。そういうわけでこんな風に先生たちに定期的に様子を見に来てもらえるのは私たち立花姉妹にとって一番助かっているのである。


「ねっ!コマもそう思うよね」

「…………そうですね」

「ん?コマ?」


 コマに同意を求めようとしたけれど、私の隣に座っていたコマは何故かちょっとだけ不機嫌そうな表情をしている。……何と言えば良いのだろう、まるでハムスターみたいに頬をまんまるに膨らませてるコマ。やだ、うちの妹ったら小動物チックで超キュート。


「あ、あらら……コマちゃん?どうしてコマちゃんは私を親の仇のような目で睨んでいるのかしら?……もしかしなくても怒ってる?」

「…………ふふっ、何を仰いますか。別に怒っていませんよちゆり先生。これほどまでにお世話になっている先生に対して、私が怒るはずもないでしょう?………(ボソッ)姉さまの……ナデナデを邪魔させられたならともかく、ですが」

「……あ、あーなるほど。ゴメンねコマちゃん。私ったらタイミングが悪かったのね」

「???あの……コマも先生も一体何の話してるの?」

「……いえ、何でも無いのですよ姉さま。気にしないでください」

「そうね。マコちゃんは気にしないで」


 そ、そうかな?何でも無いって言っているけど……何だかコマのご機嫌は斜めっぽい気がするんだけど……?


「……それで?何の御用でしょうかちゆり先生。ただ様子を見に来たのであればご安心ください。私も姉さまもちゃんと集中して勉強出来ていますので。…………先生もお忙しいのでしょう?二階へお帰りになって結構ですよ。()()()()()()


 若干引きつっている笑みを浮かべながらコマは先生にそう進言する。む……確かに先生はお医者様だし、例え休日だろうと忙しさは変わらないのかもしれない。

 本来なら私たちに構う暇もないハズ。だったらここであまり時間を取らせちゃマズいよね。


「そだね。先生、コマの言う通り私たちは大丈夫ですよ。勉強の方は順調ですし集中力も今日は全然切れてませんから」

「ほら、姉さまもこう仰っていますでしょう?どうぞお帰りくださいちゆり先生♪さあ、さあ……っ!」

「……ま、待って待ってコマちゃん。用はあるのよ。二人にお話があるの。だから押さないで、追い返さないで、お願い話を聞いて頂戴」


 優しく先生の背中を押して二階へ帰そうとするコマに、ちゆり先生は慌ててそんなことを言う。話……?何の話だろう?もしや『邪魔だから二人ともそろそろ家に帰って』って話とか?

 もしそうならちょっと参った……今かなり良い感じだし、出来る事ならもう少し勉強続けさせてもらいたいところなんだけど……


「先生、それで私たちに話ってなんですか?」

「……手短にお願いしますね、ちゆり先生」

「うん。実はね、二人に謝りに来たのよ」

「「え……?」」


 想像していたことと全然違う話にちょっと面食らってしまう私。あ、謝りに?何故?何を謝るの?心当たりなんてないんだけど……


「さっきね、沙百合ちゃんにすっごく怒られちゃったのよ。『先生はコマさんやマコさんをいじめすぎです!』って」

「え、えっと……沙百合さんに?」

「怒られた……?」


 その先生の言葉ってハッと思い出す。そういえば沙百合さんったらさっき麦茶持って来てくれた時に『後で先生を叱っておきますので』って言ってたっけ……凄い律儀な人だなぁ……そんなん気にしなくて良いのに。


「『いくら二人の事を気に入っているからって、中学生をからかって恥ずかしくないのですか?あまりに度が過ぎると、いずれあの子たちに嫌われますよ。……大体中学生相手にセクハラまがいの事をするなんて、貴女捕まりたいのですか?訴えられても知りませんよ』とこっぴどく叱られちゃったわ。……ごめんなさいね二人とも。確かにちょーっとやり過ぎてたかも。反省してるわ」


 私たちに向かって頭を下げる先生。そんなこと言われても何か却ってこっちの方が申し訳なくなってしまう。


「あ、いや。良いんですよ先生、大丈夫です。沙百合さんにも言いましたけど、お茶目だけど先生が優しい人だってことは最初からわかってますから。気にする必要ありませんって」

「……私だって……先生の事、嫌いというわけでは……ないですし……」

「ホント?じゃあ私の事許してくれる?」

「あはは!許すも何も私は全然怒ってませんって。ねーコマ?」

「……私も別に怒ってません。…………治してほしいところは、多々ありますけど……」

「そっか。ありがとうマコちゃん、コマちゃん」


 もう一度、今度は本人の目の前で素直な気持ちを伝える。ずっと可愛がってもらってきたわけだし、私たちが今更先生の事を嫌いになんかなるハズないもんね。


「ん……?ところで先生、もしかしてその話をするためにわざわざ来てくれたんですか?」

「ううん、話はここからが本番。二人に迷惑をかけちゃったお詫びに、ちょっと良い事を教えようと思ってね」

「「良い事?」」


 と、今度は謝る時とは打って変わって何だか楽しそうに話を始める先生。


「昨日コマちゃんとマコちゃんが一生懸命勉強しているところを見てたらね、学生時代の事を思い出しちゃったの。夜なんかもう、沙百合ちゃんと二人で昔の話で色々と盛り上がったのよ」

「はぁ……それが?」

「その話の最中にね、今のコマちゃんたちのように沙百合ちゃんと一緒に期末試験の勉強会をやった時の話題も出たんだけど……その時に沙百合ちゃんがね、『私、あの時は先生が編み出した絶対に忘れない暗記法で試験を乗り切ったんですよね』って話してくれたのよ」

「ぜ、絶対に忘れない暗記法ですとぉ!?」


 す、凄い……そんなものがあるのか……!?


「私も沙百合ちゃんの話を聞いて思い出したの。そういえばそんな暗記法も作ったなーって。……というわけで、さっきのお詫びも兼ねてその暗記法をマコちゃんの家庭教師役のコマちゃんに伝授しようと思ってここに来たというわけなの」


 おぉ……!これは正直渡りに船だ。ちょうどこれから暗記科目の勉強を始めるつもりだったし、忘れない暗記法なんて素晴らしいものを教えて貰えるなら今回の期末はもう勝ったも同然じゃないか。


「というわけでコマちゃん、ちょーっと耳を貸してちょーだいね♪」

「は、はぁ……」


 何故かノリノリのちゆり先生の言う通りに耳を傾けるコマ。そのコマは先生の耳打ちを訝しげに聞いていたのだけれども、


『で、覚える時に―――をするのよ』

『んなっ!?ななな、なにを!?』

『だから―――よ。ね、簡単でしょ?』

『……ほ、本気ですか……?いえ、()()()()()……?―――を私と姉さまにやれと?というか、それ本当に効果あるんですか……!?』

『うん♪効果あるわよ。だって一度で覚えられなかったらもう一回、ううん。覚えるまで何度でも、何度でも―――するわけだし嫌でも覚えるもん。コマちゃんも嬉しいでしょ?何せマコちゃんと―――が出来る口実が増えるわけだし』

『そ、それについては否定しませんけど……って、何を言わせるんですか先生!?』


 途中から真っ赤になってあたふたと慌てている。一体どんな恐ろしい暗記法を伝授されているんだろうか……?


「さーてと。それじゃ伝え終わった事だし、私は邪魔になっちゃうからそろそろ行くわね。マコちゃん、コマちゃんと勉強頑張ってね。ごゆっくりー♪」

「あ、はいです。お疲れ様でした先生」


 話を済ませると先生は手を振ってあっさりとこの待合室から退出する。残ったのは私と、未だにリンゴのように顔を赤くしているコマだけだ。


「そんじゃ十分休憩したしそろそろ勉強再開しようっかコマ。折角だし早速先生に教えて貰った暗記法を試してみない?」

「えっ!?……え、ええ。そうですね。…………(ブツブツブツ)これは姉さまに暗記してもらうため……暗記してもらうため…………もらうため。そう、決して……私の私利私欲ではなく……」

「……?コマ、どったの?」

「い、いえ!なんでもありませんよ姉さまッ!」


 何やらブツブツと呟いていたコマだったけど数度深呼吸をして自分の呼吸を落ち着かせてから、先生に教わった暗記法を私にも教えてくれる。


「あ、あのですね姉さま。ちゆり先生曰く、『人間の記憶とは衝撃的なものや辛かったもの、恥ずかしかったもの、喜怒哀楽が伴うようなものが頭に残りやすい』そうなのです」

「ふむ。それは何となくわかるかも」


 ……例えば、コマの昔のトラウマとかいい例だよね。6年経っても決して忘れられない出来事だもの。


「他にも興味のある分野や好きな分野は記憶しやすく、逆に何の感情も沸いてこないと記憶しにくいとか。つまり記憶と感情は切っても切れない関係があるというのが先生の持論だそうです」

「うんうん、それもわかるよ。それでそれで?」

「……そこで、先生の考えた暗記法の話になるのですが……」


 そこまで言ってコマはまた深呼吸。そして覚悟を決めた表情をしてこんなことを言う。


「その、さっきの先生の話を要約するとですね……暗記をする度に、先生たちは二人で()()()()()していたそうです」

「してた?してたって……何を?」

「…………キスを」

「へー、なるほどキスを。…………うん?」


 ……キス?


「で、ですから……覚えるべき単語などを覚える度に、口づけ(キス)していたそうなんです。それをすれば絶対に忘れないとか……」

「…………ゴメン、ちょっとゴメンねコマ。お姉ちゃん、頭が悪いから意味がよくわかんない……」


 何故にキス……?急に話がよくわからない方向に飛んで行った気がする。参った……頭の良い人たちの考えることは、凡人の私にはさっぱりだ……


「先ほど説明しましたよね?人の感情を左右するような衝撃的だったり恥ずかしい思いをした時の記憶は残りやすいと」

「う、うん。言ってたね……」

「で、ですから……衝撃的で且つ恥ずかしい思いも出来る…………キスを、暗記の時にやれば自然と覚えることが出来る……そうです」

「なるほどわからん」


 困ったな……コマにとってもわかりやすく説明してもらったハズだけど、やっぱり意味がわかんねぇ……


「いやあのコマさん?その暗記法ってさ、色々と衝撃的過ぎて覚えなきゃいけない事まで含めて全部記憶が吹っ飛びそうな気がするんだけど……」

「で、ですが……!じ、実際あの沙百合さまもその暗記法で様々な試験を乗り切ったそうですし……」

「マジで!?」


 な、何か急に胡散臭い話になってきた気がするけれど……あの真面目で誠実そうな沙百合さんもやってたというならその効果は本物なんだろう。

 で、でもいくら何でも試験勉強にキスって……


「そ、それで……どうでしょうか姉さま……?せ、折角先生にやり方を教わりましたし……試して、みませんか……?」

「い、いや……でもそれは流石にちょっとねぇ……」

「ぁぅ……や、やっぱり。姉さまは私なんかとキスするの……嫌……ですよね……」

「っ!?」


 何を仰るコマさんや!?い、嫌どころか、私としてはバッチコーイなんですけどね……!試験勉強できるうえに、最愛の妹とチュー出来るとかご褒美すぎるわ……!


「ち、違う!違うんだよコマ!嫌じゃないし私は構わないというか寧ろやりたいというか、叶う事なら土下座してでもいくらでもやらせて欲しいわ!……で、でも。やらせて欲しいんだけど…………た、ただでさえ毎日毎食こんな駄姉とチューしてるのに、こんな時まで口づけするなんてコマが嫌なんじゃないかと思って―――」

「嫌じゃありませんよっ!」

「ふぇ……?」


 えらく大きな声で私の言葉を否定するコマ。い、嫌じゃない……ですと?ま、まさかとは思うけど……コマも私と同じ気持ちなのか……!?


「コマ……?その、嫌じゃないって……一体どういう意味で……?」

「あ、いえその…………わっ、私は姉さまの家庭教師役です!ね、姉さまのテスト勉強の手助けが出来るのならば、喜んでキスでも何でもしますよ!そ、それにですよ姉さま?私たち、いつも口づけやってるじゃないですか。ですので……慣れていますし、今更ですし……不快でもなんでもないという……意味です……」

「そ、そっか……そうだよね!あはは……」


 ……慣れてるから……か。ま、まあそりゃそうか。例の特異体質持ちのコマからしてみれば、こんなの普段の挨拶みたいなものか。

 寧ろ私の方がちょっと気持ち悪く意識し過ぎているだけだよね……最初からわかっちゃいるけど脈無しだよなぁ私の恋……


「じゃ、じゃあ……コマさえ良ければ。と、とりあえず一度試してみても良いかなコマ……?」

「は、はい……よろしくお願いします姉さま」

「こ、こっちこそよろしくコマ」


 まあ良いか!どんな形であれコマと口づけするのは嬉しいもんね。早速気合を入れてコマの熱い唇を頂く―――もとい、気合を入れて期末試験に出る単語とかを記憶していくとしましょうか。


「それで……その暗記法、具体的にどうやるの?」

「ええっと……ですね。まず出題者がいくつか質問していき、解答者が答えられなかったり間違ったら……き、キスするそうです。手始めに……英語の、今回出題されそうな単語の暗記から始めましょう姉さま」

「りょ、了解」

「ではいきます。今から私が言う単語を英語に直してください。まずは……『望む』」


 望む……えっと何だっけ……


「え、えっと……えっと……ごめんコマ、初っ端からわからない……」

「『hope』が答えです。では……残念ながら姉さまは答えられなかったので……やっても良いですか……?」

「う、うん……お願いコマ…」


 長考したけど答えは浮かばず、早速一問目からキスする流れになった。……いや違うんだよ?ガチで答えが分からなかったんだよ?

 コマとキッスするために、わざとわからない振りしたとかそんなんじゃないんだよ?―――なんて、誰に向かって言っているのかわからない言い訳めいたことを心の中で思わず呟く私。


「……ねえさま、失礼しますね」


 そんな絶賛言い訳中の私にお構いなく、ゆっくり近づくコマの唇と吐息。それこそ6年間毎日やっているからかコマにとっては手慣れたもののようで、


「「ん……」」


 何気なく、それでいて私に気遣うように優しく触れるように口づけをしてくれる。

 いつもと違って今日のはコマの味覚を戻す口づけではない。だからこれは舌を入れ合う必要もない、ただ唇と唇を軽く合わせただけの家族とか親しい人たちでやるようなライトキスだ。


「(コマの唇……柔らかくて気持ちいい……)」


 ……だけど、それでも最愛の妹と口づけしている事実は変わらない。コマの唇の柔らかさ、温もり、近くに感じるコマの香り。その全てが私を満たして、私の胸の鼓動はコマに聞こえてしまうのではと思うくらい高鳴ってしまう。


「……覚えましたか姉さま?『望む』は英語で何と書くでしょうか?」

「う、うん。『望む』は『hope』だよね?」

「はい、正解です姉さま」


 1分くらい口づけを続け、おもむろに唇を離したコマに問いかけられる。コマとの熱い口づけのせいでさっきの単語なんてすっかり忘れていないか心配だったけれど、あっさりと覚えた単語が私の中から飛び出してきたではないか。


「……確かにこれ凄い暗記法かも。しばらくは絶対忘れない自信あるわ……」


 我ながら何と単純な頭の作りになっているのだろうか。口づけを『望む』なら『hope』と頭の中で関連付けて、見事に単語をインプットしてしまったらしい。

 半ばまた先生の冗談かと思ってたけど……い、意外といけるぞこの暗記方法……!?


「で、では姉さま。これを続けてみましょうか」

「う、うん……コマさえ良ければお願いします……」

「わかりました。では次の問題です。『驚く』を英語に直してください」

「えっと……なんだっけ…?」

「『驚く』は『be surprised』ですよ。では姉さま、また良いですか?」

「う、うん。何度もゴメンねコマ」


 またもや答えられなかった私に対して、コマから二度目のお仕置き(ごほうび)が開始される。


「んぅ……コマ……」

「……っふ、ん……姉さま……」


 小鳥たちが餌を啄むように軽く、それでいて何度もリズミカルに唇同士をタッチさせ合う。

 ……いつも舌を入れ合ったり唾液を交換したりと濃厚な口づけをやっているから、却ってこういう親愛を込められた口づけに新鮮さを感じる。……何かこれ、楽しい。


「……ふふふっ」

「?コマ……?ど、どうして笑っているの?」

「ごめんなさい姉さま。何だかちょっと楽しくなってきちゃいまして」

「楽し……?あ、コマも?い、いやぁ……実は私も楽しくなってきちゃった。叔母さんがここにいたら『お前ら遊んでないで勉強しろ』ってまた怒られちゃうだろうね……」


 どうやらコマも同じ気持ちだったようで、二人で思わず笑い合ってしまう。コマが許してくれるなら……偶には、こういうのもいいかも……


「さて姉さま。この口づけの本来の目的はお忘れではありませんよね?ここで問題です。『驚く』を英語に直すと何になるでしょうか?」


 こんな風に笑い合いながらも唇を合わせつつ、コマが私に対してもう一度問いかけてくる。

 そうそう、今回はこれが目的だもんね。目的も、それから覚えなきゃいけない単語も忘れないようにしなきゃ。


「あはは、勿論。暗記の為のものだもんね。覚えてるよ。『驚く』を英語に直すと―――」



 カタ……



「あ……」

「「っ!!?」」


 と、コマの問題を答えようとしたまさにその時。……突如私とコマの二人以外は誰もいないはずの待合室から物音と人の声が聞こえる。ビックリしてお互いの唇をパッと離し、その音の出どころに視線を送ってみると……


「あ……あの……ど、どうもですマコさん、コマさん……」

「さ、沙百合……さん……?」


 そこにはお顔を紅色に染め、実に美味しそうなクッキーと紅茶を乗せたトレイを持ったまま私たちを凝視しつつ固まっている……ちゆり先生の助手兼看護師さんの沙百合さんがいるではないか。

 ……え、ちょっと待って?いつからこちらにいらしたのでせうか沙百合さん……!?ま、まさかとは思うけど……私達二人がチューしてるのを……見られたりはしてない……よね?


「す、すみませんお二人とも。……そ、その。今ちょうど三時ですし……お二人にお菓子食べてもらおうと……思って。クッキー焼いて持って来たんですけど……お、お邪魔だったみたいですね……」

「いやあの……沙百合さん?お菓子はひじょーにありがたいんですけど……一体いつからそこに―――」

「だ、大丈夫ですよ!わ、私…………な、何も見てません!見てませんから!」


 はっはっは!…………その反応、どう見ても双子姉妹のキスシーン、見ちゃった系のやつですよね沙百合さぁん……!?見られてた……ヤバいめっちゃ見られてた……!


「ま、待ってください沙百合さま!?ご、誤解―――とも言えませんが、違うんですよ!?」

「な、何も私は見てませんし、絶対に誰にも言いませんから安心してくださいね……!そ、それではその……失礼しましたっ!」


 律儀に私たちの机にトレイを置いて、真っ赤になりながらお辞儀をして二階にダッシュで駆けていく沙百合さん。


「「…………」」


 待合室に残った私とコマの間に気まずい空気が漂う。あー……いかん、死ぬほど驚いたわ……

 …………あ、そう言えば『驚いた』って確か『be surprised』だったっけ。……良かった。恥はかいてもお陰で単語は覚えられたみたいだ……


「……すっごい恥ずかしい思いをしたし……今覚えた単語は、当分の間絶対忘れない自信あるわ私……」

「……私個人といたしましては……無かったことにして、一切合切忘れたいですけどね……」


 ある意味すんごい効果覿面だったこの暗記法。リスク的な問題から、今後やる時は【二人っきりの時だけで】という条件が加わった。


【試験まで残り4日】

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