第33話 ダメ姉は、甘えさせる
「―――失礼します。二年A組立花マコと二年B組立花コマです。すみません、体調不良の妹を少し休ませてあげたいのですが」
「ああ、立花さん。来ましたね。話は聞いています。とにかく妹さんをこちらのベッドへ寝かせてあげましょう」
体育の授業中に倒れた最愛の妹:コマを抱きかかえて保健室へと向かった私。保健室に辿り着くとすでに連絡を受けていた保健の先生やコマの担任の先生、それと私の担任の先生に出迎えられる。
一先ずコマをベッドに寝かせてやった後は簡単に先生たちに状況説明を行い、ついでに私とコマの早退を頼み込む私。
「……わかりました。保護者の方には担任として私から電話を入れておきますから安心してください立花さん。あとでコマさんの鞄なども持ってきますね」
「正直私としては立花まで早退すること自体は反対なんだが……まあ事情が事情となれば仕方がないな。来週お前には早退した分の特別補習を入れてやるから、今日はしっかり妹の看病をしてやりなさい」
「本当にありがとうございます先生方、助かります。……それはそうと補習は謹んでお断りしますぞマイティーチャー」
「ハッハッハ!まあそう遠慮するな立花」
体育の先生に先に内線で一通りの事情を説明してもらっていたお陰で、保健の先生やコマと私のそれぞれの担任の先生への説明も5分とかからずにスムーズに終わる。
説明に手間取るかもしれない、変に言及されてしまうかもしれないと思って身構えていたけれど、私の頼みを快く了承してくれる先生たち。理解ある先生たちの優しい対応にホッとするね。
そんなわけで色々便宜を図ってくれた先生方に深く感謝しつつ、今はコマが眠っている保健室のベッドに静かに座りコマが目を覚ますのをただゆっくりと待つことに。
「立花さん、悪いけど少しだけ席を外すわね。何かあったら他の先生を呼んで頂戴」
「あ、はい。わかりました」
「30分で戻るわ。こんな時にごめんなさいね」
コマが起きるのを待つ途中、保健の先生は所用があると言って外出する。今日はコマの他には保健室で休んでいる生徒はいないようで、保健室にはベッドで眠るコマと見守る私だけとなった。
「……ぅ、ん……」
「……コマ」
コマの寝顔を観察してみると、倒れた時ほどではないものの少し苦しそうな感じがする。
いや……それもそうか。現在進行形で横殴りの雨が保健室の窓を煩く叩き、遠くからは轟々と雷鳴が鳴り響いているわけだもの。コマからしてみればこんなトラウマを呼び起こしちゃう音が飛び交う中で安心して眠れるはずもないよね。
「……大丈夫だからねコマ。私は、ここにいるから」
「……ぁ」
安心してもらえるように、昔のように手を握ってあげる私。眠ってはいるけれど反射的にコマも私の手を握り返してくれる。
手を握ると、コマも心なしかさっきよりも楽になったような表情に変わり少しだけ安堵する私。寒くないように毛布を掛けなおし、額にかかった前髪をそっと払いちょっとでも気持ち良く眠ってもらえるようにしてあげる。
……そう。大丈夫だよ。だから……今はゆっくりお休みコマ。
◇ ◇ ◇
「……ぅん、んん……っ」
「……コマ?起きた?」
見守り始めて10分くらいが経っただろうか。不意にコマが吐息を漏らす。小声で名前を呼んでみると、数回まぶたが震えてからゆっくりとそのまぶたを開くコマ。
やや焦点が合っていなさげなコマの瞳だけど、私をまっすぐ見つめてきた。
「おねえちゃ―――あ、いえ……姉さま?」
おお、呼び方戻った。
「おはよーコマ。目が覚めたみたいだね。少しは眠れたかな?」
「…………?あ、はい……かなり久しぶりに、ぐっすりと眠れた感じ……です」
「そっか。なら良かったよ」
なんだか寝ぼけているようで、若干ぽけーっと夢うつつのまま受け応えるコマ。とは言えさっきのような昔の感じのコマじゃなくていつものコマに戻っているみたいだ。これなら一先ずは安心かな。
「……え?あ、れ……?ねえ……さま?」
「はーい、お姉ちゃんだよー」
「ここ……どこ?それにどうして姉さまが……?え……えっ?わ、私は一体何を……?」
胸を撫で下ろしている私とは対照的に、意識がはっきりとし始めたコマは今の状況に困惑している様子。
まあそれも当然か。さっきまでバスケしていたはずなのに、気が付いたらいきなり保健室のベッドにいるんだし混乱しても仕方ないよね。
「ここは保健室だよ。もしかして覚えていないかな?体育の授業中にコマ、倒れちゃったんだけど……」
「え……?えっ……!?私、倒れ……?そ、それに……授業中に……!?だっ……だったら今まさか授業は―――」
「ああ、こらこらダメだよコマ。無理に動いちゃダメだって」
慌ててベッドから飛び起きようとするコマを押しとどめてベッドに寝かせる私。
「今ちょうど保健の先生も外出てるし、ここで慌てて起きてもしょうがないよ。とりあえず先生が戻るまではゆっくり休んでて良いんだよコマ」
「で、ですが……授業が……このままではサボり扱いに……」
「ああ、そっちも大丈夫。念のためってことで今日のコマは早退して病院に行くことになったから。勿論私も付いて行くから心配しないでいいからね」
「早退……!?」
『早退』。その単語を聞いた途端に見る見るうちに顔が青ざめていくコマ。
「そ、そそそ……早退って!そんなことする必要は!そ、それに姉さままで付き添うだなんて……!そんなの申し訳が……」
「だーめ。今日はしっかり休みなさいコマ」
「で、でも!」
「言っておくけど先生たちにはもうコマと私の早退の件は伝えてあるから引くに引けないよ。そう言うわけだから、これからしっかり診てもらおうねー」
「…………そう、ですか……わかり、ました」
そうコマに諭す私。少し何か言いたげだったけど、悔しそうに下唇を噛んでからコマは大人しくベッドに再び横になってくれる。
……ゴメンねコマ、勝手な姉で。頑張り屋さんで真面目な優等生のコマだし、本当は早退とかしたくないよね。でも今日はしっかりと休むべきだから許してね。
「……あ。姉さま……手……」
「ん?手がどうかした?」
心の中で謝っていると、コマがふと自身の手元に視線を送る。どうしたのだろうと釣られて私も視線の先を追うと、私とコマの手がつながれているのが見えた。
「……その。もしかして私が寝ている間……ずっと手を握っていてくださったのですか?」
「あ、うん。そうだけど……嫌だったかな?もしそうなら手を離そうか?」
「いえ……姉さまさえ良ければ……このままで……」
鬱陶しいなら離してあげるべきかとも思ったけれど、コマは再度しっかりと私の手を強く握りしめる。
よく見るとその手は震えていて、どこか頼りなさげに見えてしまう。……そっか。さっき手を握ってあげたのは正解だったみたいだね。良かった……
さてと。今は運が良いことに保健の先生もここにはいないわけだし丁度いいか。少しコマと突っ込んだ話をしても誰にも聞かれることはないハズだよね。
私も優しく手を握り返しつつ、一度深呼吸。心を落ち着かせてから意を決し、コマに聞きにくいことを尋ねてみることに。
「……ねえコマ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「……?ええ、どうぞ…」
「もしかしてさ。さっき倒れたことも、いやそれ以前にここ最近コマの調子が悪かった理由って…………全部雨と雷のせいなのかな?」
「……っ!どうして、それを……!?」
出来るだけ優しい口調で尋ねてみると、コマは目を丸くして驚きながらそのように私に尋ね返してくる。この反応から見ると、どうやら私の推測はビンゴだったらしい。
「正確に言うと雨や雷が直接の原因と言うわけじゃないんだよね?……6年前の事を思い出しちゃうから、この時期の雨と雷は嫌い―――そうでしょ?」
「……わかり……ますか?」
「うん。まあなんとなくね。あの時の嫌な記憶、思い出しちゃったんだよね?それでここしばらくの間ずっと辛かったんだよね?」
「…………は、い。……そうです……」
見透かされていると分かったからか、コマは震える声で肯定する。やっぱりそうだったんだね。
……忘れもしない6年前―――そうコマが高熱を出し、父や母に置き去りにされて今に続く味覚障害の発端となったとも言えるあの日も……ちょうどこんな風に嫌になるくらい雨は降り、耳をつんざく雷鳴が轟く6月だった。
夫婦喧嘩に明け暮れて、熱が出ているコマの存在を忘れてしまい薬も飲ませず病院にも連れて行かずに自分勝手に外へと出て行く両親。姉の私も学校へ行っているという状況で、時間が経つごとに上がっていく熱と身体のだるさと痛み。
喉が渇いても家には頼るべき者など誰一人おらず、自分で起き上がって飲み物を取りに行かねばならなかったコマ。しかしベッドから起き上がる事すら困難な程に高熱だったため、部屋の真ん中で力尽きて倒れてしまう。
その時コマはどんな気持ちだっただろうか?当時小学生のコマはどれほど辛い想いをしたのだろうか?
親に見捨てられた恐怖。持てる力のすべてを使い助けを呼んでもその声を無常にかき消してしまう雨と雷の恐怖。そして生死の境を彷徨いあと数時間私の発見が遅れていたら死んでいたかもしれないという恐怖―――これじゃあ雨と雷がトラウマになっても仕方がない事だろう。
つい先ほどバスケの授業中に倒れたコマを思い返す。あの時コマはこう言っていた。
『……お姉ちゃんは、わたしがねむっても……どこも、いかない?あのときみたいに……ひとりに、しない……?』
きっとあれはコマのずっと隠してきた本音。6年前のあの日に私に言いたかったコマの本音だろう。
多分昨日から……いいや、下手をしたら6月に入ってからずっとコマは苦しんでいたのかもしれない。昨日の生助会の仕事中、今日のお昼の味覚が戻りにくかったこと。他にもエトセトラエトセトラ。今思い返せば6月のコマは何だか不調続きだった。
もしかしたらコマも無意識のうちに私に対してSOSを送っていたんじゃないだろうか。少なくとも明らかに様子がおかしかった昨日の段階でちゃんとコマに対して対処できていれば……
全く。あれほど傍にいたくせに、何をやっていたんだ私。どうして気づいてあげられなかったんだろう。
姉として情けない。自分自身に腹が立つ。ホントに……ホントになんてダメ姉なんだろうか。
「……ごめんねコマ」
「ね、姉さま……!?あ、あの……あの……っ!?」
思わず謝りながらギュっとコマを抱きしめる私。そんな私の行動にコマはしばし身体を強張らせて途方に暮れていたみたいだけれど。
「気づくの遅くなっちゃって本当にごめんね。辛いのわかってあげられなくてごめんね」
「……ぁ」
「もう寂しい思いはさせないから。一人にはしないから。コマが望む限りずっと傍にいるから。だからコマ、嫌なこととか辛いことがあっても……一人で我慢しなくていいんだよ」
「ねえ……さま……」
そう言って抱きしめながらコマの背中をポンポンと叩いてあげると、やがてコマもおずおずと私と同じように抱き返してくる。
「コマも知っての通り、私って察しの悪いダメな姉なんだよ。だから……もっと詳しく教えてくれるかな?コマは一体何が辛いのか、私にどうして欲しいのかをね。……それとも、私に話すのは嫌かな?」
「……いいえ!そんなことは決して……!ですが……その……」
「うん、わかってる。ゆっくり、気持ちの整理がついてから話してくれればいいよ。私は……いくらでも待つから」
「はい、はい……っ!」
自分の今の気持ちをストレートに伝えてみると、コマは心なしか嬉しそうに私を抱く腕に力を入れる。急に抱きついて気持ち悪いって思われないか心配だったけど、コマは嫌がっているわけじゃないようだし……コマの心の整理が付くまではしばらくこのまま抱きしめてあげよう。ハグって心を落ち着かせる効果があるって聞いたことあるからね。
……一応言っておくけど、別に役得だとかそんな邪なことは思っていないんだからね?
◇ ◇ ◇
「―――いつもは雨が降ろうが雷が落ちようが平気なんですけどね」
「……うん」
どれくらい抱きしめていただろうか。唐突に私の胸の中でポツリとコマが語り始める。
どうやら今までため込んでいた様々な胸の内を話す決心がついたようだ。コマの身体を優しく抱きしめたまま、その話に耳を傾けることに。
「姉さまの仰る通り、6年前から……6月になると、毎年調子が悪くなるんです。普段は全く気にならない雨や雷の音、光が……その」
「その音とか光を見ると……体調が悪くなったり、何かと集中できなくなってしまうって事?」
「……はい」
……知らなかった。ポーカーフェイスが上手くて気遣い上手なコマの事だ。私や叔母さんに心配かけまいと平静を装っていたのだろう。
悔しい……調子が悪いことに気づいてあげられなかったことも、コマが私たちに気遣ってくれていたことにすら気づかなかったことも悔しいな……
「とは言え、いつもは倒れたりパニックを起こすほどではないんです。確かに辛いと言えば辛いですけど…少し我慢すれば耐えられましたし。……今回の件は……恐らく寝不足が原因かと」
「寝不足?」
そう言えばコマが昨日部活中に『寝不足で集中出来なくて』と言っていたことを思い出す私。なるほど……それ自体は嘘じゃなかったのか。
「今年は特に雨と雷が多いみたいで……ここ最近は夜になってもずっと雨は止まず雷が鳴っていますよね」
「ああうん。そだね、昨日の夜なんかも土砂降りな上にゴロゴロうるさくて仕方なかったよね」
「はい。そのせいで実を言うと今年は6月に入ってからは……多分一日2時間程度しか眠れていないと思います……」
「それだけしか眠れてなかったの!?」
ああ、そりゃ倒れたりパニックも起こすよね……寧ろそんな睡眠時間でよくあんなに体育でも動けたねコマ。かなり辛かっただろうに・
……ん?けど待った。そのコマの説明に納得する一方で、別の疑問が私の中から湧いて出てくる。
「ねえコマ。コマは寝不足になるくらい、梅雨時期の雨と雷は苦手なんだよね?」
「ええ。恥ずかしながらその通りです。……それがどうかしましたか姉さま?」
「ああいや。ちょっと不思議に思ってね。だったら去年とか一昨年とかはどうして寝不足にならずに済んだのかなーって。去年とかは平気だったんでしょ?どうしてか理由はわかる?」
「……っ!?……え、ええっと……それは、ですね……」
と、どうしたことか言いよどむコマ。動揺しているようで折角抱き合っていたのに顔を赤らめながらパッと私から離れてしまう。
あ、あれ?何このコマの反応……?私、別に変な質問はしてない……よね?
「きょ、去年は梅雨の割に雨も少なくて……雷もあまり落ちなかったじゃないですか。で、ですから去年は大丈夫でした!」
「ふむふむなるほどね。……それで?一昨年とかその前の年とかは、どうしてコマは平気だったの?」
「…………ぁう」
そう尋ねると再び押し黙るコマ。もしや今更言えないことでもあるのだろうか?
しばらく無言のままなコマだったけれども、私の追及するような視線に観念したのか溜息を吐いて再び語り始めた。
「……だって。だって一昨年までは一緒でしたから……」
「一緒?何が?どゆこと?」
「……その。一昨年までは私、姉さまと一緒に眠っていましたし……」
「…………え?」
私と、一緒……?
「で、ですから!……一昨年までは、姉さまと一緒のベッドで眠っていたから平気だったんです!眠る時、姉さまに手を握ってもらえたから……安心して眠ることが出来たんです……!」
「~~~~~っ!!!」
頬どころか耳まで真っ赤にしてそんな爆弾発言をしてくれるコマ。…………ヤバい。キュンと来た。可愛い、やっぱりうちの妹は世界一可愛い……!
コマのそんな愛らしい告白に思わず舞い上がりそうなほど私が悶えている一方で、はぁ……と溜息を吐いてまた暗い表情になるコマ。
「……私、自分が情けないです。中学生にもなってこの程度のトラウマすら克服できずに姉さまにも迷惑かけて……こんな恥ずかしい姿を姉さまに晒しちゃうなんて……」
「へ?」
え?迷惑?何が?何の話?舞い上がっていた精神を何とか己の身体に戻してコマの呟きに耳を傾ける。
「これくらい克服しなきゃいけないって思っていたのに。それなのに……結局自分をコントロール出来ずに無様に倒れて……」
「……コマ?何変な事言ってんの?」
「しかも早退する羽目になって。姉さままで巻きこんで、迷惑ばかりかけて……ただでさえいつも私の味覚障害で迷惑かけているのに」
「……」
何だか自暴自棄になっているように、コマの口から自虐めいた言葉がどんどんあふれ出て止まらなくなっている。
それは今の告白を機に、これまでコマの中で誰にも言えずに溜まっていた不安と恐怖が堰を切られて吐き出されているようで……
どうして?どうしてそんな悲しい事を言うの?コマから発せられる言葉にちょっとムカッとしてしまう私。
「これじゃダメだって……わかっているのに……もっと頑張らないと……もっとしっかりしないといけないのに……そうじゃないと今度こそ、姉さまから嫌われて……見捨てられてしまうかもしれな―――」
「……てい」
「んぷっ!?」
……弱音を吐くのはいい。辛い気持ちを打ち明けてくれることも大歓迎。けれど…そんなバカみたいなことだけは言わせたくない。言わせてたまるものか。
問答無用でその後に続くコマの言葉を自分の唇で塞いでしまう。
「ねえ、ねえひゃま……なに、を……」
「んっ……黙って、コマ」
流石にそんな私の行動は予想できなかったようで、つい先ほど抱きしめられた以上に目を白黒させ身体を硬直させるコマ。
「―――ぷはっ。ごちそーさまコマ」
「ね、ねねね……ねえさ、ねえさま!?い、今キス……キス、を……!!?」
「あはは、どうかなコマ。ビックリした?」
「…………心臓が、止まるかと思いましたよ……」
わずか10秒足らずでただ唇と唇を重ねるだけと言う、いつもやっている味覚戻すやつに比べるとめちゃくちゃ軽い口づけ。けれども今のコマには十分効いたみたいだ。暗い表情は無事に消え去り、胸と唇を押さえてドキマギしながらも何とか深呼吸をして落ち着こうとしている。
いやはや。毎日毎食前に口づけやっていて慣れているはずなのにこの初心なコマの反応……たまらなく愛おしいね。
「ごめんごめん。まあ、今の口づけは変な事を言ったコマへのオシオキって思っておいてね。もし次も同じような事を言うなら、今度は舌入れてコマの事をめちゃくちゃにしちゃうから覚悟しておくよーに」
「…………(ボソッ)寧ろ、ご褒美ですよそれ……」
唐突にやったセクハラまがいの口づけには謝罪しながらも、コマの頭を優しく撫でつつ脱線しかかった話を戻すことに。
「あのね、コマ。これだけは分かって欲しいんだ。……私はコマの事を見捨てないよ。嫌わないよ。それに迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないよ」
「……え?」
「だってさ、寧ろ今日は私は嬉しかったって思ってるもの。こんな私でも久しぶりにお姉ちゃんらしいことができたからね」
今日はホント久々に姉らしい事が出来て良かったわ……何せ姉の私はダメダメで、一方妹のコマは完璧超人。お陰で普段は姉らしいことなんて指で数える程度しか出来ていないもんね……
つーか……指で数える程度すら出来ていない気がするぞ私。何せ自他共に認める変態ダメ人間だし、今日なんかコマの不調に全然気付かずにコマに抱きついたり匂い嗅いだり萌え上がったりと―――いかん、我が事ながらアウト過ぎじゃないか……?
ま、まあそれは一旦置いておくとして、だ。
「我が儘言って良いんだよ。頼って良いんだよ。……もっと甘えて良いんだよ。そうじゃないと私、寂しいな」
昔からコマはとっても優秀で良い子だった。聞き分けはよくて手もかからないしっかり者。それがコマだった。私に対しても保護者である叔母さんに対しても甘えたり我が儘を言うなんてほとんどなかったし、優秀過ぎて何でもできる故に、私たちに頼る事なんて滅多になかった。
けれど私は……もっとコマに甘えられたいし、もっと姉らしいことをやりたい。コマに無理難題な我が儘を言って貰って私を困らせて欲しい。
どうしてかって?……そんなの決まっている。私は、コマのたった一人のお姉ちゃんなのだから。
「で、ですが……甘えるなんて、昔ならいざ知らず今更甘えるだなんて……」
「何を言ってるのコマ。いくつになってもコマは妹で私は姉でしょう?……妹は姉に甘えるものなんだよ?法律にもそう書かれてあるよ、知らないの?」
「……姉さま。それは一体どこの世界の法律なんですか……?」
私とコマの二人だけの世界の法律かな。
「まあ冗談はさておき。……私、コマに我が儘とか遠慮せずに言ってほしいんだ。甘えて欲しいんだ」
「ぁ……」
そう言って少しでもコマが安心してくれるように、少しでもコマが嫌な気持ちを忘れてくれるように、そして少しでも甘えてくれるように―――そんなことを願いながら保健室のベッドの上で、コマをもう一度抱きしめる私。
再び抱かれたコマは、しばらくの間何か迷っていたみたいだけれども……
「……頑張りが足りない私の事、見捨てたりしませんか……?」
「見捨てないよ。どっちかと言うと私があまりにダメ姉過ぎて、いつでも頑張っているコマに見捨てられないか心配だなーって思ってる」
「……迷惑ばかりかけている私の事、嫌いになりませんか……?」
「一体いつコマが私に迷惑かけたのかわかんないし、そもそもコマを嫌うなんてありえないよ」
「…………本当に、我が儘言って……良いんですか……?」
「うん。我が儘でも何でも、どんどん言ってほしい」
そこまで言うとコマは震える手で私を抱き返しつつ、
「…………今夜は、その。姉さまと一緒に寝ても……良いですか……?雨も雷も、嫌な思い出も忘れちゃうくらい……こんな風に強く抱きしめて貰っても……良いですか……?」
同じく震える声でこんな可愛いおねだりをしてくれる。……うーん、参ったなぁ。そんなおねだりに対する答えなんて一つしかないじゃないか。
「―――喜んで」
コマの耳元で優しく囁くと共に、コマを抱きしめる腕に力を入れて了承する私。
……ごめんねコマ。私ってコマと違って勉強も運動も素行もどれこれもダメダメで、お姉ちゃんらしさなんて欠片もないよね。だから今までずっと頼ってもらえなかったんだよね。
私、頑張るから。コマに自慢できる、コマに自然に頼って貰えるような立派なお姉ちゃんになれるように頑張るから。コマの味覚障害もコマのトラウマも全部まとめて解消できるように頑張るから。どんな時でもコマの事を助けられるお姉ちゃんになれるように頑張るからね。
そんな決意を胸に抱きながら、保健の先生が戻ってくるまでコマを抱きしめ続けた私であった。