ダメ姉は、○○を失う(その6)
「……ダメかー」
最近の日課になってきた塩と砂糖の舐め比べを終え、ため息一つ吐き出す私。唯一誇れる才を失い、それを取り戻すためにちゆり先生たちのアドバイスを参考に四苦八苦しながらよく効くものを食べたり、市販のサプリを飲んだり、お口の体操をしてみたり――とにかく色々と試してはいるんだけれど……かれこれ一ヶ月経った今でも成果なし。発症してからなんの進展も見られない。ここまで手応えがないのは……流石にそろそろ不安になってくる。というか、へこむ……
「……いや、コレばかりはしゃーないか。コマだって完治まで相当長い年月をかけたんだし……」
焦る気持ちを燻らせながらも、自分自身に言い聞かせるように私は呟く。考えてみればあのコマだって発症してから数年かけて治していたわけだし、そう簡単にいくはずもないか。
出来ればボロを出す前に、何とか解決の糸口を見つけたいところなんだけどね……
「ま、無い物ねだりしてもどうしようもないよね。それよりも……今日の朝食の準備をば」
今のところ一時的とは言え元に戻す手段がある事だけが救いだ。さあ、手早く戻してから効果が切れる前に今日もお料理を済まさなきゃね。
「マコ姉さま、おはようございます。今日の姉さまも大変お美しいですね」
「あ、おはよーコマ♪今日のコマもまた麗しくて素敵だね!」
なんて考えていたところでちょうどコマもお目覚めみたいだ。さーてと。それじゃあコマに美味しいお料理を食べて貰うためにも。早速コマにお願いしてアレを元に――
「ああ、申し訳ございませんマコ姉さま。急ですが今すぐゼミの教授の研究室へ行かなければならなくなりました」
「へっ?え、ええ……な、なんかホント急だね……あ……だ、だったら私も一緒に行くよ……!なんなら車出そうか?」
「いえいえ、そこまでなさらずとも問題ありませんよ。朝ご飯は先に食べていて下さい。私は戻ってからいただきますので。要件を済ませたらすぐに戻ります。では姉さま、また後で」
「う、うん……い、行ってらっしゃい……気をつけてね……」
「はい、行ってきます姉さま」
慌ただしく荷物を持って二人の愛の巣からお出かけするコマ。あまりの慌てように手を振ってお見送りすることしか出来なかった私。
「…………あ、しまった。行く前にやらせて貰えばよかった……」
送り出した後で何よりも大事な朝の挨拶を、そしてここ最近の日課をして貰うべきだったと後悔。困ったな、これじゃあ家に帰ってきたコマに朝ご飯を準備出来ないじゃんか。
どうする?コマが家に帰ってから急いで戻せば…………いやいや、コマが家に帰ってきてから朝ご飯作るとなると遅くなっちゃうし……そもそもコマが何時に戻ってくるのかも分からない。帰ってからご飯の用意が出来ていないなんて……お腹を空かせたコマが可哀想だよね。
「……味見無しで……いけるか……?」
料理が出来ない人あるあるで、美味しく作れないのはちゃんとレシピ通りに作らないからってのはよく聞く話だ。……なので完璧にレシピ通りに作るなら、なんとか並レベルの料理は出せるだろう。
味見無しでコマに提供するのは無謀で正直気が引けるけど……
「……背に腹はかえられないか」
とは言え他に私に出来る事もない。細心の注意を払って調味料とか間違えないように作るしかあるまいて。
「大丈夫……やれる。やってみせる……」
そんな決意の元、気合いを入れて料理に取りかかる私。
「……いつも以上に繊細に、されどいつもと出来るだけ変わらないように……っと」
材料の切り方、下ごしらえの方法、調味料の種類に分量、入れるタイミング、火加減、加熱時間……長年鍛え続けてきた経験と技術と勘を総動員させて慎重に料理を続ける。
「…………うん。火の通りや焼き加減、色合いはいつも通り」
コトコトと良い音色を奏でる鍋を眺めてホッと一息つく。この調子ならどうにかなりそうだ。後は最も重要な塩加減に味の微妙な整えを――
ピンポーン♪
「あれ……?チャイム……?え、誰だろこんな朝早くに……」
不意に聞こえてくるチャイムの音。時間的には早朝だし、こんな時間に来客なんて普通はないよね?
「……もしかしてコマがもう戻ってきたのかな?」
用事が済んだらすぐ戻る的な事言ってたし、もしかしたら帰ってきてくれたのかも。だったら最後の最後の一番大事な微調整に間に合ったわけだし一安心だね。
ピンポーン♪ ピンポーン♪
「はいはーい、今出まーす!」
なんて事を思いながら一度火を止め。軽快に鳴り続けるチャイムに返事をしながら玄関へと向かう。急ぎ扉の鍵を開けたそんな私の目に映ったのは――
「おはよマコ。今日のマコも可愛らしくて眼福だわ」
「おはようございますマコせんぱーい!」
「わぁ……美味しそうな匂い……頑張っていますねマコさん……」
「あれ?カナカナ……それにレンちゃんに和味せんせー?」
私の予想に反して。親友と後輩と師匠といういつもの三人の姿だった。こんな朝早くにどうしたんだろう?
「どしたの皆?もしかして何か約束とかしてたっけ?」
「いいえ。ただ……たった今コマちゃんがマコの側から居なくなった気配がしたし、これはチャンスよってわたしの中で神託が降りてきたから来ちゃったわ」
「右に同じくですっ!」
「わ、私は……マコさんがお料理している気配がしたので……」
「そっかー気配かーなら仕方ない(?)よねー」
三人とも笑顔で超人めいた事を言い放っている。どんな気配だってツッコミを入れたいところだけれど。この三人…………いやコマも含めると四人の場合は稀に良くある事なので敢えてツッコミは入れないでおこう。いちいちツッコんでたら日が暮れるだろうし。
「悪いわね、朝早くに。迷惑だったかしら?」
「ああ、いや。大丈夫だよ。良かったら上がって。レンちゃんもせんせーも」
「わーい!おじゃましまーす!」
「お、お邪魔しますです……」
とりあえず玄関で立ち話もなんだから皆を部屋へと招き入れる私。
「あら。朝ご飯作っていたのねマコ。そう言えばお腹空いちゃったわ」
「うぅ……すっごく食欲をそそりますね……あたしも朝から10キロほどジョギングしてたのでお腹ペコペコです……」
「マコさんの手料理……手料理……♡あ、あの……折角ですので食べさせて貰っても?」
部屋に入るなり皆の視線は今しがた作っていた朝ご飯へ。そしてそれを一瞥した後は私に何か期待を込めたような視線に変わり一斉に向けられる。これは……食わせろって事だよね……
「えと……皆さえ良ければ食べてく?」
「えー?いいのぉ?なんだか催促したみたいで悪いわねぇ。まあ、マコがそう言うなら仕方ないわよね」
「ごちそうになります先輩っ!」
「えへへ……早起きは三文の得ですね……楽しみです……」
正直今の私のコンディションでコマや皆に料理を振る舞うのは抵抗があるけれど。でも……まあ今日の手応えならギリギリお出ししても問題ないものが出来上がっているハズ。多分だ丈夫だろう。
「あ、でも最後の仕上げが残っているからちょっと待っててね。すぐ出来るよ」
「ああ、そうなの?だったら手伝ってあげましょうか。愛の共同作業ってやつね」
「あたしもお手伝いします!マコ先輩に教わったお料理テクを披露する良い機会ですよね!」
「わ、私も……」
「へ?あー…………うん。ならカナカナはお皿とか並べといてくれる?レンちゃんは味の調えを……せんせーは私と一緒に味見していただけると……」
「「「はーい」」」
お客人に手伝わせるのはどうかと一瞬考えたけど皆やる気満々だし。それに……ある意味渡りに船だ。今の私のポンコツ舌じゃ繊細な微調整が出来ないけれど……他でもない和味せんせーが味見してくれるなら、間違いはあるはずもないもんね。
「味を整える……マコ先輩!お塩で調整すればいいんですよね?」
「うん、まずはひとつまみ加えてみてくれるかな?」
「了解です!えーっと…………お塩はこれですね。あとは……これくらいかな?」
私に確認を取りながら、手に取った白い調味料をパラパラと鍋に加えるレンちゃん。加えた後で味見皿に料理をよそって私とせんせーにそれぞれ手渡す。
「それじゃ先輩、ついでに先生!一口どーぞ!」
「うん、ありがと。それじゃ……」
「い、いただきます……」
ふーふーと軽く覚ましてから口腔内に移し。咀嚼しそのまま胃の中へと流し込む。……うん、いつも通りだ。いつも通り…………何にも感じない。
けど問題ない。だって今日の私には頼れる人が付いているわけだし!
「……せんせー、どう思いますか?」
一緒に味見してくれているせんせーにそれとなく感想を聞いてみる。せんせーも私と同様にゆっくりと咀嚼し、嚥下して……
「…………ええ。悪くはないと思います。マコさんはどう思われますか?」
そう答えてくれた。…………よしよし。せんせーが問題ないと仰るのならまず間違いはないはず。
「はい!私も大丈夫だって思います!」
「…………そうですか。ではマコさん。この料理はこれで完成……という事ですね?」
「勿論!ありがとうございましたせんせー!レンちゃんも味の調整ありがとねー」
「あ、えと……はい……です……」
よーし、これで完成だね!そんじゃ、あとは食器によそって美味しく頂くだけだ!
「マコー?まだかしらー?」
「はいはーい、今行くよカナカナー!」
無事に料理もできあがり、先に食器を用意していたカナカナの元へと鍋を持って急ぐ私。
「良い香りね。ホント、マコは料理上手よねぇ。わたしも見習いたいわ」
「あはは。なら今度一緒にお料理してみる?覚えると結構楽しいよ」
「んー……でもわたしは食べる専だから。試食くらいしか出来ないししないわ。てなわけで……いただきまーす」
「あっ、コラ!まだみんな席に着いてないでしょカナカナ!」
お腹を空かせているであろう親友は、料理をよそってあげると真っ先に食べ始める。やれやれ……こういうのは皆同じ食卓についてからいただきますするのがマナーって奴で――
そんなお説教をしようとした私よりも先に。カナカナは私の手料理をがっつり味わってから一言こう告げる。
「マコ」
「んー?なにさカナカナ。言っとくけどおかわりするならその前にちゃんと皆で仲良くいただきますをだね――」
「不味いわ」
「…………え?」
カシャン、と箸と食器を置き。先ほどまでの弛緩した表情とは打って変わって真剣な顔で私を見据えてハッキリとそう告げるカナカナ。まずい……って……?
「先生。マコはちゃんと味見したのかしら?」
「…………残念ですが、しっかりと。その上で……その料理は完成と……仰いました」
「そう。それじゃ柊木。あんたの細工をマコは気づかなかったって事ね?」
「…………はい、です。先輩……最後の最後で……あたしが調味料をわざと取り替えて使った事に……気づいてくれませんでした……」
「なるほど。……やっぱりね」
「な、にを……言ってるの皆……?」
冷や汗が止まらない。唾が飲み込めないくらい口がカラカラに渇いている。なにを、カナカナは……皆は……何を言っているの……?
「半信半疑だったけど、この料理を食べて確信したわ。こんなのマコの料理じゃない。やっぱりそういう事なのね。…………もう良いわよコマちゃん。入ってきなさいよ」
「……え?」
「…………はい。皆さま、ご協力感謝いたします」
「…………は?」
これ以上ないほど混乱していた私に追い打ちをかけるようにカナカナは玄関に向かって声を張り上げる。その声に呼応するように入ってきたのは……先ほど家を出たはずの……愛しき妹コマの姿が。
何……なん、で……?なんでコマがここにいるの……?それに、確信?カナカナはなにを確信したの……?私の料理が不味い……?せんせーとレンちゃんが細工……?なんの、なにが……なんだって……?
混乱の極みに陥る私に、コマはゆっくりと私に近づく。見たこともないような悲しい顔をしたコマは。ふぅ、とため息を吐いて……私にこう語りかけてきた。
「…………マコ姉さま。姉さまは今……味覚を失っているのですね」




