ダメ姉は、○○を失う(その5)
~立花コマの場合~
ぴちゃぴちゃ……と水音をたて、愛する人と自分の甘露を混ぜ合わせて啜る。熱く蕩ける舌と舌を重ね絡ませ、歯を立て甘噛みする度に泉のように湧き出るそれをゆっくりと嚥下する。
「ねえ、さま……」
「コマ……こまぁ……」
この私……立花コマが10年以上前に発症した味覚障害。そこからずっと……何千、何万……いいえそれ以上。もはや数え切れないほど交わしてきた、愛するマコ姉さまとの二人の口づけ。
始まりは味覚障害を一時的に治す為だけのものでした。ですが想いが通じ合い、味覚障害も完治した今では愛し合う二人のコミュニケーションの一種へと昇華しました。味覚を戻す口づけと、愛を確かめ合う口づけ。どちらも毎日する事には変わりありません。ですが……やはり後者の方が幸せで、満たされるのです。
…………けれど。
「コマ、こま……ふぅ――ん……んん……」
「ん、んぅ……ね、さま……姉さま……ちょっ、と……待っ……ッン……!」
「ちゅ、ちゅぅ……んちゅ……」
「マコ、姉さま……待って……!」
「ぁ……」
熱烈な口づけをどうにか中断し、一度姉さまを引き離す私。中途半端に止められた姉さまはお預けを食らった子犬のような目で寂しそうに私を見つめます。そんな愛らしい姉さまのお姿に、凄まじい罪悪感を抱いてしまいますが……い、今は我慢……我慢です私……
「ど、どうしたのコマ……?もしかして……痛かった?私、キス下手っぴだった……?」
「い、いえ。姉さまのキスは最高ですし、このまま溺れてしまいたいところでしたが……いつもの姉さまにしては……ちょっとだけ……強引だなって……」
ここ最近……姉さまは何かある度に私にキスを強請るようになりました。家にいる時、二人っきりの時は勿論……外にいる時でさえも……まるで何かの依存症のように、必死にキスをしてくるのです。
今だって目を覚ました直後、姉さまから熱烈なキスをされて……挨拶程度のバードキスならともかく……起きたばかりですし歯磨きしていないのにディープキスされちゃうのは……いくら姉さまとは言え……恥ずかしいですのに……
「…………嫌?」
「い、いえっ!違います!?嫌じゃありません!姉さまに求められるのは嫌ではないのです!で、ですが――」
「嫌じゃないなら良かった!それじゃ続けるね!」
「あ、まって……待って姉さま……話はまだ……んっ……」
話はまだ終わっていないというのに、結局姉さまに押し切られてキスを再開される私。…………おかしい、やっぱり……何かが……おかしい……
◇ ◇ ◇
そんな日常が毎日続き……自分の中で違和感が積もりに積もって……
「――マコ姉さまが、変なのです」
とうとう私はいつものメンバー……かなえさま、レンさま、先生を呼び出して相談する事を決意しました。
「んー……マコが変ねぇ。ある意味マコが変なのは平常運転といえば平常運転なんだけど……具体的になにがどう変なのかしら?」
「それが……姉さまったら最近、なにかと私にキスをおねだりするようになったんです……朝起きてキス、お昼前にキス。夕食前にもキス、キス……キス。人目を憚る事なく姉さまからキスをしてきて――」
「…………ほう。それは自慢?自慢なのかしら?それともわたしたちに喧嘩売ってたりする?マウントのつもり?そんな羨まけしからん事が悩みだって言うんなら……今すぐわたしと変わりなさいよコマちゃん……!」
「落ち着いて下さい、これは真面目な話なんですって……!」
かなえさまたちに気になっていた事を打ち明けると、真っ先にかなえさまが私の胸ぐらを掴み血涙を流してそう訴えます。かなえさまの後ろのレンさま、先生も同様に血涙を流して恨めしそうに私を睨んでいて……いえ気持ちはわからなくもないですが、今回の相談したい事と若干ズレちゃうのでその部分は一度置いておいて欲しいのですがね……!
「何と言うか……愛情表現のためのキスとは……何か違うんですよ。まるで何か別の目的がある……ような……必要だからキスしてる……みたいな……」
ここ最近ずっと感じていました。長年姉さまとキスしてきた私だから分かるのです。ここ最近のキスは……何かが違うと。姉さまに積極的に求められているのは分かるのですが……姉さまのキスに愛を感じないと言うか……義務感でキスされていると言うか……
例えるなら……それこそ以前の私と姉さまが交わしていた……あの儀式めいた口づけのような――
「…………まあ、でも確かに。わたしもマコの様子が最近変って意見に関しては同意するわ。あいつ……なんか悩んでるっぽいのよね」
「やはり……かなえさまもそう感じますか?」
「残念ながらマコに問い詰めても答えてくれなかったんだけどさ。ったく……マコったら何を抱え込んでいるのやら」
私と同じくらい姉さまを想い、見続けてきたかなえさまがそう言うなら……思った通り姉さまが何かを悩んでいるという仮定に間違いないのでしょう。ですが……一体何を悩まれて……?
肝心の何を悩まれているのかまでは分からず。かなえさまと二人うーんと首を傾げる私。
「レンさま……何か心当たりはありませんかね?」
「先生もさぁ、知ってる事あったら教えてよ。マコに関する事でさ。どんな些細な事でもいいから」
私たち二人に次いで、姉さまと接する機会が多い二人にも尋ねてみることに。すると二人はこんな事を言い出しました。
「えっと……知ってること……うーん……そう言われましても。…………えと。全然関係無い話かもしれないんですけど。あたし、実はこの間……マコ先輩に塩と砂糖の分量を間違えたクッキーを焼いて食べて貰ったんです。その時の先輩、とても食べられたものじゃないクッキーを平然と食べてましたけど……あっ、でもやっぱり関係無い……ですよねこの話」
「う、ううん……わ、私も……大した事は知らないのですが…………ああ、ですが。ほんの少しの違和感と言いますか……マコさんらしからぬ事と言えば……味覚が鈍くなっているんじゃないかって……この前マコさんに料理を教えていたのですが……普段は気づくであろう些細な味の違いに気づいていなかったんですよね……ま、まあでもその翌日はいつも通りでしたから……わ、私の気のせいと言うことも……さもありなんですが……」
「「…………」」
二人の証言に思わずかなえさまと目を合わせる私。…………ちょっと、待って下さい。それって……
「…………コマちゃん。なーんかどっかで聞いたことあるような話じゃないかしらコレ」
「…………私も、同じ事を考えました。で、ですが……それなら何故姉さまが……?」
確かにそう考えると全ての姉さまの行動に説明がつきます。ただ……そんな兆候など一切なかったですし、アレを姉さまが患う理由が全くわかりません。
それに……もしもその仮定が正しいならば、何故姉さまは他でもないこの私に相談してくださらなかったのですか……?
「理由は今はどうでも良いでしょ。それよりも……一度確かめてみる必要があるわね」
「あのぅ……先輩たち、二人で何を納得してるんですか?あたしたち、ちんぷんかんぷんなんですけど」
「な、なにか……二人はご存じだったりするのですか……?」
「……そうね、ちょうど良いわ。話すついでで二人にも手伝って貰いましょうか。……コマちゃん、わたしに考えがあるわ」




