ダメ姉は、○○を失う(その2)
「……どうしよう」
突如として私を襲った、原因不明の異常事態。まさか……そんな、どうして……?全身から冷や汗が止まらない。クラクラと目眩がする、吐き気がしてくる……息するのが凄く苦しい……
「お、落ち着け……冷静に……状況を……」
自分に言い聞かせるように、今の私の状態を分析してみる。朝、コマと一緒の時は……ちゃんと感じていた。そこからたった数時間で……全く感じなくなってしまっている。その間になにかおかしい事をしたか……?
「ええっと……思い出せ。確か、この症状の原因は……」
奇しくもあの頃のコマと同じ症状だ。コマの為にと必死に勉強してきた事を思い返してみる。この手の症状の主な原因は……亜鉛不足、薬剤による副作用、全身疾患、口腔の病気に……心因的なものだったはず。
コマが万が一にでも再発しないように、毎日の栄養バランスは徹底して管理している。だから亜鉛不足と言うことはまずないだろう。超が付くほど健康優良児な私には薬なんて飲んでいないし、病気なんてものにかかった覚えなどない。ならば考えられる可能性としては……コマと同じく心因的なものが原因……?ううん、コマとのラブラブ生活を満喫しているストレスフリーなこの私にはそれこそ無縁な話だ。思い当たる原因は全くない。だったら……なんでだ……?なんでこんな、いきなり……
「……考えても仕方ない。この際原因は何でもいい」
問題は……この状態が続くなら非常にマズい事になるということだ。これがなくなったと言うことは……つまりは私の唯一と言ってもいい特技が、完全に失われたということと同義だ。多分……和味せんせーの指導やこれまで培ってきた経験があれば、これがなくてもそれなりには出来るかもだけど……それでも、完全じゃない。そんなものをコマにお出しするなんて……とても出来そうにない。
「もしもこのまま元に戻らなかったら……私は……私の価値は……」
まるで迷子の子どものように、オロオロとその場に立ち尽くしてしまう私。このままじゃ……私、コマと並んで立つことが――
「――ただいま戻りましたマコ姉さま♪立花コマ、帰りましたよ」
「……ッ!」
その最悪のタイミングで、最愛の人が帰ってきてしまう。いかん……今、この瞬間だけはコマに会いたくなかったのに……
と、とにかくまずは平静を装って……私の今のこの状態をなんとしても隠し通さなきゃ……
「お、お帰りコマ!早かったね!」
「ただいまです姉さま。いえいえ、寧ろ遅いくらいですよ。姉さまを待たせてしまい――姉さま?」
悟られないようにいつものように元気にコマを出迎える。そうやって出迎えた私に、コマもいつものように嬉しそうに私に抱きつこうとするけれど……
「…………姉さま、どうかしましたか?」
「へっ!?な、ななな……なに、が……?」
「いえ。なんだか顔色が悪いような気がしまして。何か……ありました?」
……双子故に、生まれてからずっと一緒だったから。たった一瞬で私の表情からいつもと何かが違うと察せられてしまった。心配そうにその綺麗な瞳で私の顔を覗き込むコマ。
いけない……コマを不安にさせるのは。コマにこれ以上詮索されるのは……いけない。
「う、ううん。なんでもないよ。ただその……コマの為にお料理作ってたんだけどね。ボーッとしてたらちょっとだけ……失敗しちゃって落ち込んでたってわけさ」
「お料理……失敗ですか。確かに姉さまにしては珍しいですね」
慌てて私は苦笑いしながら必死に誤魔化してみる。祈るように懸命に誤魔化したお陰か、何とか上手いこと誤魔化せたようで。コマは納得してくれたみたいだ。
「これですか?失敗した料理って。んー、とっても良い匂いですし。見た目的にもそんなに失敗しているようには見えませんが……まあ、他でもないマコ姉さまが仰るなら失敗しているのでしょうね」
「そ、そうなんだよ。あはは……料理で失敗しちゃうなんてちょっとへこむなぁ。私の唯一の特技だってのに……」
先に作っていた料理を遠い目で見つめながらそう呟く私。……ホント、へこむわ。私の唯一の特技が……これじゃあ……
「…………マコ姉さま」
「ふぇ?な、なにかなコマ?」
「ふふ……隙ありです――んっ……」
「ふむぅ……!?」
と、そんな落ち込んでいる私に。コマはいたずらっ子のように……私の唇を易々と奪い取った。
「ん、ちゅ……姉さま……マコ、姉さま……♡」
「ンぅ……ふ、ぅぅ……こ、ま…………あっ……」
重なり合う私とコマの唇。喉奥でうめきを鳴らす私を嘲笑うように閉じた唇を舌先でなぞって割り、勝手知りたる姉の口内にあっという間に舌をぬらりと侵入してくる。熱い鼻息が頬に当たるのを感じながら、されるがままにコマと口づけを交わす。
「こらぁ……だめ、らって……んっ、んぐ……あ、ぅ……そんな、いきにゃりぃ……」
「嫌じゃ……ないでしょう?んふ……姉さま、舌……もっと出して……そう、もっと……」
熱を持った舌が動き回り暴君のように私の舌を蹂躙する。唾液を纏った粘膜同士が……触れ合い、絡み合い、擦れ合い、啜り合い……その度に頭の中で幾度となく白い光が爆ぜる。爆ぜる度に理性が解かされていく。はじめは軽く抵抗していた私も……気づけば夢中になっていて。コマの舌に負けじと押し返すように舌を踊らせていた。
唾液を飲んで、飲まされて。長くて深い蜜のような口づけ。そろそろ呼吸が足りなくなって陸で溺れそうになるところで……ようやくコマは私を解放してくれた。
「はっ……はぁああ…………こ、コマ……いきなりすぎでしょ……もう……」
「えへへ……♪ごめんなさい。でも、落ち込む姉さまを癒やしてあげたくなっちゃって。つい」
「そりゃ……まあ癒やされたけどさぁ……」
クスクスと笑いながら、溢れた私の唾液をペロリと挑発するように舐め取るコマ。キミはただ単にキスしたくなっただけなのでは……と思わなくもないけれど。キスされた衝撃のお陰で確かに癒やされたし、それにさっきまであれほどどうしようどうしようと自分でも情けなくなるくらい動揺していたのに……その気持ちもどっかに吹っ飛んでしまっている。……我ながらコマとのキスに弱すぎでしょ……
冷静になったところで、改めてコマの口づけを反芻する。舌先に残ったコマの熱と唾液と……それから甘いリンゴの味。さっきまでの苦悩が嘘のように、ハッキリと感じ取れるリンゴの――
「…………リンゴの、味……?」
……あれ?いや、あれ……?ちょっと、待って……何かがおかしい。……い、いやおかしくはないというか……寧ろ正常なんだけど……おかしい……!?
「あ、ごめんなさい姉さま。わかります?実は帰る直前に喉渇いちゃってて。リンゴジュース飲んでたんですよね。キスするならその前に歯磨きくらいしておけばよかったですかね?」
「…………」
「姉さま?」
「…………コマ」
「きゃっ……!?ね、ねねね……姉さま……!?そ、その……どうしましたそんな急に……熱烈に抱いてくれるなんて……♡」
甘い。甘くて、蕩けちゃいそう。リンゴと、それからコマの口づけの味。……わかる……私、ちゃんとわかる……!
感極まった私は、思わずコマを抱きしめていた。わけもわからぬまま抱かれるコマに、私は泣き出しそうになりながら……強く強く、コマを抱きしめていた。
「……なんでもない、なんでもないよコマ。ただ……ありがとう」
「???え、ええっと……何が何やらよくわかりませんが……姉さまが嬉しいなら私も嬉しいです……はふぅ……」
私とのハグを堪能するコマをよそに。私はコマに心の中で改めて感謝していた。……ありがとう、コマ。これで……これでまた私は……コマに必要とされる人間に戻れたよ……




