ダメ姉は、予行演習する
「――コマ。ほんっとにごめん……お姉ちゃん盛大に勘違いして……コマにまた恥をかかせちゃってさ……何か事情があるんだよねって一言聞いておけばそこで終わる話だったのに……」
「いえ。私も姉さまに黙ってブライダルモデルを引き受けたわけですしおあいこですよ。それに……何度も言いますが素敵な予行演習にもなりましたし私としては願ったり叶ったりです。お気になさらないで姉さま」
「そう言って貰えると助かるよ……ちゆり先生に沙百合さんも……ホントにすみません。冷静に考えたら私のコマが私以外の誰かと式を挙げるなんてあり得ないのに……早とちりして多大なご迷惑をおかけして……」
「良いって良いって。私たち含めここにいる皆誰一人気にしてないわよマコちゃん。寧ろ生のドラマを観てるみたいで楽しかったしさ」
「ふふっ、マコさんかっこよかったですよ」
「うぅ……お恥ずかしい限りで……」
コマが無理矢理私以外の誰かと結婚する――そんな荒唐無稽な噂話を真に受けて。式が行われているであろう会場に乗り込んでコマを奪い取るという荒技を披露してしまった私。
尚、実際のところコマはちゆり先生の紹介でブライダルモデルのお手伝いをしていただけだったというオチだったんだがね。幸いにも怒り狂って機材とか破壊する前にコマから事情を聞けたから最悪の事態は避けられたんだけど、諸々準備していたスタッフさんたちのスケジュールを悉く潰しちゃって……恥ずかしいやら申し訳ないやらで……
「な、何か私に出来る事とかないですか……!?謝ったくらいで許されるとは勿論思ってないんで……!何でもやります!どんな雑用でもやりますし、なんなら靴でも何でも舐めますから……!」
「ま、マコ姉さま落ち着いてください。皆さんそんなに気にしていないみたいですよ」
「そ、そうですよマコさん。寧ろ良い絵が撮れたってカメラマンさんたちも喜んでいたくらいですし」
「でも……!」
「ふむ……じゃあさマコちゃん。そんなに申し訳ないって思っているなら。ブライダルモデルの件でちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど……良いかしら?」
と、落ち込む私を気遣って何か思いついたらしいちゆり先生がそんな事を言い出した。
「も、勿論です!何でも言ってください先生!」
「それは頼もしいわね。それじゃあ遠慮なく。あのねマコちゃん。――マコちゃんもコマちゃんと一緒に、ブライダルモデルをやってみてくれないかしら」
「はい!喜んで!モデルでも何でもやってやりま…………え?もでる?…………えっ?ブライダル、モデル……?」
◇ ◇ ◇
「……どうしてこうなった」
「うんうん、よく似合っているわねマコちゃん」
「わぁ……マコさんとてもお綺麗ですよ」
ちゆり先生に頼まれたのは……あろうことか私もコマと一緒にブライダルモデルをやる事だった。ワケもわからないままあれよあれよと言う前に丁寧にお化粧されて、綺麗なドレスを着せられて……気づけば花嫁姿の立花マコが出来上がり。
「あ、あの……ちゆり先生?どうしてまた私までブライダルモデルに?こんな事をして一体何になると……」
私への罰ゲームとかそういうアレだろうか?似合わない衣装を着せて皆の笑いものにしちゃう的な。……いや、でもそれにしては私にメイクをしたりドレスを着せたスタッフさんたちはガチもガチにやってたけど……
そんな私の疑問に対し、ちゆり先生は笑顔でこう答えてくれる。
「それがね、ついさっきのマコちゃんとコマちゃんの略奪劇を目の当たりにした知り合いのカメラマンがさ。『こっちの路線で行きましょう!』って張り切っちゃってさ」
「……こっちって、どっち?」
「最初はコマちゃんには通常のブライダルモデルを依頼してたんだけどね。あのマコちゃんの略奪劇の絵があまりにも衝撃的過ぎたのね。見てよこの写真。こんなインパクトある絵を活かさないなんて勿体ないって言いだしてね。これなら女の子同士のウエディングプランとして広告した方が売れるって結論に至ったわけよ」
「は、はぁ……」
先生に見せられたのは、私がついさっきコマをお姫様抱っこして式場からかっさらっていく瞬間を激写した写真だ。確かにインパクトがある絵というのは認めるけど……寧ろインパクトしかないように見えるんだが……?
「実はコマさんからも『ブライダルモデルのお手伝いは構いませんが……いくら演技といえども姉さま以外の誰かと結婚式という名目で一緒に並ぶなんてごめんです。私単体での撮影で良ければお手伝いします』って言われていたんですよ」
「コマが……そんな事を?」
「はい。それだとコマさんの相手方がいないままの撮影になりますが、コマさんの気持ちは十分わかりますし。そういう事なら仕方ないかって事で撮影が進められていたのですが……女の子同士のウエディングプランとして売り出すなら話が代わってくるんです。マコさんとなら喜んで一緒に写りますってコマさんも了承してくれました」
「そういうわけでマコちゃん。撮影を台無しにしちゃったお詫びって事で。頑張ってちょうだいね」
そうやってちゆり先生と沙百合さんに笑顔で送り出される私。ま、まあ……撮影を滅茶苦茶にした私には拒否権なんてないんだけど……でも良いのかなぁ……
コマと私で……女の子同士のブライダルモデル……双子同士とはいえ、私とコマが並んで写るのは……絵的に色んな意味で釣り合わないんじゃないか?カメラマンさんも調整するのに苦労しそうだし……なによりコマがまた私なんかと一緒に写るなんて恥かくだけ――
「ほらマコちゃーん!時間も押してるし早くおいでー」
「マコさん。皆さんが……いえ、コマさんがマコさんを今か今かと待っていますよ」
「は、はいただいまっ!」
そんな不安を抱えながらも、撮影会場であるチャペルに辿り着く。大きな茶色い扉を押し開けて、真っ直ぐ伸びた赤い絨毯を歩いて行く。
「……マコ、ふぁいとー」
今回の騒動に付き合わせてしまったヒメっちの拍手と激励が友人席の方から聞こえてくる。折角だからとそのまま流れでゲスト枠としてキャストに混ざっているヒメっち。そんな彼女に後押しされるように、今回の主役の元へと歩み寄る。
絨毯の終点に、彼女はいた。私と同じ白いドレスを身に纏い、彼女は私を待っていてくれた。
「……マコ、姉さま……」
「……コマ……」
「「なんて、綺麗な……」」
辿り着いた先で、思わず想いをハモらせてしまう私。ほんの数分前も見ていたハズなのに……どうしてだろう、ため息が出ちゃうくらいコマは綺麗に見えた。
いや、勿論コマはいつだって誰よりも綺麗なんだけど……場所とかシチュエーションとかのせいかな……?本当に、私の花嫁さんは……今日は一段と、綺麗に見えて……
「ねえさま……愛しています……病める時も健やかなる時も……私は姉さまを愛します……」
「ん……わかってる。私も……これまでも、これからも……どんな時でもコマの事を愛するよ」
コマの晴れ姿を見て。私はあれだけウジウジ考えていたのが嘘みたいに……自然とそんな台詞を口に出していた。本来ならここで……牧師の台詞が入ったり、用意して貰った仮の指輪の交換の演出と撮影が入る予定だったハズだけど……完全に二人の世界に入ってしまい我慢が出来なくなっていた私たちは思うがままに式を進行していく。
…………すみません先生方、スタッフの皆さん、カメラマンさん……また勝手な事しちゃって。でも……ストップが入らないなら、続けて良いって事ですよね……?
「コマ……誓いの言葉の次……わかるよね……」
「はい、姉さま……誓いのキス、ですよね……」
「……しよ、コマ……」
「はい……おねがいします姉さま……」
見られている事すら、カメラが入っている事すらもはや頭から飛んでいた。もうお互いのことしか見えていなかった。肩と肩にそっと手を添えて……静かに互いの唇の距離を縮めていく。
熱、香り、吐息……それが感じ取れたところで言葉を交わす事もなく自然に目を閉じて。
ちゅ……と唇と唇が重なった瞬間。カメラのフラッシュが一斉に焚かれる。チャペルに盛大な拍手喝采が響く中……それでも私とコマは二人満足するまでキスを堪能したのであった。
◇ ◇ ◇
さて。急遽私まで参戦することになった今回のブライダルモデル。どうなることかと不安だったけど……結論から言うとちゆり先生の目論見通り、大成功で幕を閉じた。
『女の子同士でも、こんな素敵な式を挙げられました♡』
という私たちのキスシーンがデカデカと載せられた見出し文句からの同性同士のウエディングプランは……その方面の方々に勇気を与えてくれたとか何とかで。聞くところによるとあの式場では大盛況なんだとか。スタッフさんたち『実際にお二人が式を挙げられる時は、是非うちで……!』と念を押されちゃったり。
「――と、言うことがあったんです♡それはもう最高の一日でした……!」
「…………なるほど。つまりわたしにとっては最低の一日だったわけね……おのれ……マコとコマちゃんがいよいよ別れるかもって淡い期待を持たせておいてこの仕打ち……許すまじコマちゃん……!」
翌日。昨日の戦利品である私とコマのブライダルモデルの戦利品を見せびらかしながら、恍惚の表情でそう報告するコマ。そして私たちのウエディングドレス姿とキスシーンを見せつけられ、額に青筋を寄らせてワナワナと震えるカナカナ。
「ふふっ……世迷い言を。私が姉さまと別れるなんて世界が終わろうともあり得ない事ですのに。……ああ、本当に昨日は最高でしたよかなえさま!鳴り響く讃美歌に合わせて指輪交換、咲き乱れるフラワーシャワー、二人でやったブーケトス……♪ほらほら、もっとよくご覧下さいよかなえさま。私たちの幸せ結婚式(仮)を。何でしたらビデオも撮って貰っているんですよ。是非とも一緒に見ましょうよ♪」
「…………ふ、ふふふ……上等よ……俄然やる気が出てきたわ……マコの話だと勘違いで式に乱入したらしいけど……本番はわたしがその役をやってやるんだからね……!」
テンション爆上がりのコマによる昨日のアレコレを聞かされて、カナカナの怒りは有頂天。怖い、こわい……今更だけどカナカナたちが私に付いてくる事にならなくて本当に良かったと思う。もしも着いてきていたら、仮とは言え私たちの式は彼女たちの手によって滅茶苦茶にされちゃってただろうからね……
「ま、まあともかく良い予行演習になったよねコマ」
「はいです姉さま♪これでいつでも式を挙げられますし入籍だって出来ますね!」
「……ん?式はともかく……入籍?」
と、そんな会話をコマとしていると。怒りに震えていたカナカナが急に正気に戻り首を傾げている。おや?どうかしたんだろうか?
「いやいや……入籍て。それは流石に無理でしょ」
「え?なんでさカナカナ?」
「かなえさま……嫉妬は見苦しいですよ。私たちもう大学生ですし、とっくに結婚出来る年齢に達しているでしょうに」
「…………いや、いやいやいや。マコはともかくコマちゃんまで何言ってるのよ……だから残念だけどそれは無理なんだってば」
「「???」」
カナカナの言いたい事がわからずにお互いに顔を見合わせる私とコマ。そんな私たちにカナカナはこう続けてくれる。
「そこの色ボケシスコンシスターズ。予行演習に舞い上がっちゃって肝心なことをすっかり忘れているようね。折角だからこのわたしが現実ってものを思い出させてあげるわ。いい?この国はね」
「「この国は?」」
「――同性同士の婚姻は、まだ正式には認めていないのよ」
「「…………あ」」
そ、そうか……言われてみれば……確かにそうだった……!?
「じゃ、じゃあ……仮にこのまま私とコマが式を挙げても……?」
「今のままの法律では……私たちは婦~婦になれない……と?」
「そうなるわね」
「「そんなぁ!?」」
幸せ絶頂期から一転。カナカナに現実という残酷なものを思い知らされてコマと二人絶望の淵へと堕ちていく。
コレがきっかけで……後にコマ。そしてカナカナやヒメっちたちまでも巻き込んで……同性同士の婚姻を認めさせる運動を巻き起こすことになるんだけど……それはまた別のお話。




