ダメ姉は、略奪する
「——コマさん。今日は本当にありがとうございます。すみません……うちのちゆり先生が無理を言ってしまって。大丈夫でしたか?実はマコさんとご予定があったりとか……」
「お気になさらないでください沙百合さま。姉さまは今日はゼミの先輩のお手伝いをされるそうでして、私も時間が空いていたんです。それに……私にとっても今日の事はきっと良い予行演習になると思うので、寧ろ呼んで頂けてありがたいですよ」
「そう言っていただけると助かります。それにしても……ふふっ」
「……?沙百合さま?どうなさいましたか?」
「いえ……ちゆり先生の言った通り、コマさんにお願いして正解だったなと思いまして。やはりウエディングドレスを着られたコマさん、お綺麗ですよ」
「あ、あはは。お恥ずかしいですが……そう言って頂けると嬉しいです」
「マコさんがいたらきっと泣いて喜んでいたでしょうね。終わったらマコさんに写真を送っておきますよ」
「そ、それは……ちょっと考えさせて貰っても宜しいですか沙百合さま……姉さまがこのことを知ったら……大変な事になりそうですし」
「……え?今日の事まさかマコさんに伝えられていないのですか?どうして?」
「だって姉さまが知ったら……『どうして私を呼んでくれなかったの!?それは私の役目でしょ!?』って泣いちゃいそうですし……」
「あ、ああ確かに……マコさんならそうなりそうですね。そうなっちゃったら何から何までマコさんが取り仕切っちゃいそうです……」
「ですので……沙百合さま。くれぐれも姉さまには内緒でお願いします」
「ふふ、そういう事なら仕方ないですね。では……手早く済ませちゃいましょうか。――ブライダルモデルの写真撮影を。メイクさんがコマさんをお待ちですよ」
「はいです。すぐに行きますね」
◇ ◇ ◇
「……ホントにいた。コマだ……メイクしてる。それにあのドレス……どう見てもウエディングドレスじゃん……」
「…………」
「……まさか本当にコマがマコ以外の誰かと式を挙げようとしてたなんてね。……信じらんない……ね、マコ……大丈夫?」
「…………(ギリィ)」
「……あの。マコ……血の涙流しながら口から血が出るくらい歯ぎしりしないで……こわいから」
私の与り知らぬところで、私の将来の……そして生涯の嫁である双子の妹のコマが結婚するという噂が流れた。そんなこの世の終わりのような噂を聞きつけ、式があると言われたその日に式場に潜り込んだ私(とそんな私に半強制的に連れられて来たヒメっち)。
半信半疑の中式場でコマを探すと……メイク室で綺麗におめかししているコマを発見してしまう。美しさに更に磨きがかかったコマの晴れ姿をこの目で見る事が出来た嬉しさ1割、そのコマの横にいるべき私がいない事実に絶望99割(?)ってところか。
「…………潰す、絶対完膚なきまでに潰してやる……」
「……落ち着けマコ。冷静になれ」
「…………大丈夫。私は冷静だよヒメっち……冷静に――私に隠れてコマと結婚しようとするクズ野郎を潰した後の処理方法までちゃんと考えているから大丈夫……」
「……潰すって、式をじゃなくて相手の方かー……全然冷静じゃないじゃんマコ……いいから落ち着け」
…………ハハハ……今なら、お嫁に行こうとする娘をもつ全国のお父さんの気持ちがちょっとだけ分かる気がするよ……きっと全国のお父さんも自分の娘を誑かした恋人が自分に挨拶に来た時……私と同じ気持ちで迎えているんだろうね……(※違います)
あ。ちなみに余談だけど……あれだけ私に『どういうことだ、結婚式なんてやめろ』と泣きながら詰め寄っていたカナカナ・レンちゃん・せんせーの3人は『マコが結婚するわけじゃないなら良かったわ。あとは誰が結婚しようがどーでもいいわね♡』とか何とか言って誰一人一緒に付いてきてはくれなかった……おにょれなんて薄情な……
「待っててね……コマ……っ!お姉ちゃんがコマを救い出してみせるから……!」
「……と言うか。凄いねマコ。マコはコマがマコに愛想尽かせてこっそり別の人と結婚式を挙げようとしてる……なんて事は考えていないんだ?」
「はい?」
そんなコマのお相手の抹殺を決意する私の隣でそんな意味の分からない事を口にするヒメっち。はて?何を言っているんだこの天然マザコン娘は?
「何を仰るヒメっちさんや。コマが私に愛想尽かす?私以外の人と結婚式を挙げる?……あり得ないでしょ。あのコマだよ。ナイナイそれだけはない。例え世界が終わりを迎えようが何が起ころうが、私へのコマの愛は絶対だもの」
「……そうやってコマの事を信じて一切疑わないところはホント尊敬するよマコ」
心底感心した口調でヒメっちはそう呟く。そんな当たり前の事を尊敬するなんて変なヒメっちだなぁ……
「……でも。それならそれでどうしてコマは……」
「恐らくだけどうちのクソ親がまーた性懲りもなくコマを言いくるめるなり脅迫するなりしたんだろうね」
コマが私以外の誰かと結婚するって事態がまずあり得ない以上……何か私にも相談できなかった重篤な理由があるに違いない。その理由を散々考えた結果……そんな結論に至った私。そういう事なら辻褄が合うし、ぶっちゃけそれ以外考えられないだろう。
絶対許さん……許さんぞあのクソ親共め……うちのコマと式を挙げようとか企む不届き者と一緒に土に還してやる……!
「……んで?具体的にどうするつもりなのマコ」
「そうだね……まずコマを式場から安全なところまで連れ出すよ。その後で関係者諸々を血祭りにあげる」
「……血祭りは置いておくとして。まあ、そうなるよね。んじゃ、今が連れ出す絶好の機会なんじゃない?」
確かにヒメっちの言うとおり。メイク中の今なら邪魔も入らないだろう。今ここで連れ出せば穏便に事を済ませられるだろうけど……
「いいや。まだダメだよヒメっち。今連れ出しても……一体誰が今回コマを無理矢理式に挙げようとしたのか分からずじまいじゃん。そうなるとまたいつ同じような事になるか分かったもんじゃないし」
「……まあ、それもそうか。じゃあいつコマを連れ出すつもり?」
そんなヒメっちの問いかけに、私はニヤリと笑ってこう答える。
「ねえヒメっち。実は最近、カナカナに強く推されてさ。とある昔の映画を観たんだけどね。その映画って……いわゆる略奪愛がテーマのお話でさ」
「……カナーらしいチョイスだね。しかもそれをマコに勧めてるところもカナーらしい。……それで?」
「その映画のラストシーンにヒントがあったんだよ。映画では主人公が式が執り行われてる協会に殴り込んで花嫁をかっさらっちゃうんだけどね」
「……まさかマコ」
理解の早いヒメっちは私が何をしようとしているのか最後まで言わなくてもわかってくれたらしい。ああ、そうともそのまさかさ……!
「私も映画に習って……式の最中にコマを略奪しようと思うんだ。きっとコマを陥れた黒幕共もその関係者も、会場に全員いるはず。式の途中なら奴らも油断してるだろうからその隙を付いてコマをかっさらい……コマを安全な場所まで連れ出したらあとはその会場にいた全員を一網打尽にしちゃうの。式をぶち壊された精神的苦痛を与えると共に肉体もついでに屠る……どう?我ながら完璧な作戦だと思うんだけど」
「……犯罪スレスレでは……?」
私の作戦の概要を聞いたヒメっちは訝しげにそう呟く。ハハハ。何を言うんだいヒメっちさん、バレなきゃ犯罪じゃないのだよ。殺った証拠なんて残さないから安心して欲しい。
「……てか。そうなると私もコマを連れ出す為に飛び入りしなきゃいけなくなるの?母さんにバレたら絶縁されたりしないかな……」
「ああ。それは大丈夫。ヒメっちに危ない橋は渡らせるわけないでしょ。コマの略奪は私の仕事。ヒメっちはコマを連れ出した後にコマを安全な場所でかくまって欲しいんだ。お願いできる?」
「……まあ、それくらいなら」
渋々OKしてくれる頼もしい親友。よし……これで心置きなくコマを救った後は暴れられるな……!
『――それでは立花コマさん。チャペルへお願いします』
『はいです……よろしくお願いします』
と、作戦も決まったところでコマが式場の従業員さんらしき人に呼ばれる。物陰に隠れた私とヒメっちはコマがチャペルに入っていったところを確認すると……二人こくりと頷き合う。
「それじゃあヒメっち。あとは手はず通りに」
「……了解。まあ、ほどほどにね……」
ヒメっちを安全な場所へと向かわせて、私はコマを追う。閉じられた扉にそっと耳を当てて中の様子を探ってみる。式に呼ばれたであろう客や従業員の気配、私が間違うはずのないコマの圧倒的気配が感じ取れる。
そして……しん、と静まりかえった厳かな雰囲気の中、一人の男性の声だけが発せられていた。
『――出席の皆さんのうち、この結婚に正当な理由で異議のある方は、今ここで申し出てください。申し出がない場合、後日異議を申し立て、二人の平和を破ってはなりません。異議のある方、いませんか』
恐らく牧師であろうその人が言い放った言葉。誰一人異議を申し立てる人はいなかった。その反応に満足した牧師はそのまま次に進もうとするけれど…………
「異議ありっ!その結婚、ちょっと待ったぁ!!!」
「ッ……ま、ままま……マコ姉さま!?」
「「「えっ?」」」
バンッ!と盛大に扉を開き、異議申し立てと共に私は式に乱入する。突然の珍入者……いや闖入者に、この場にいる全ての人間がポカンと虚を突かれている様子。その隙を付き、誰かに止められる前に全速力で思い人のところまで駆け寄る私。
「え、あれ……?嘘……マコ姉さま……?ど、どうして……?」
「迎えに来たよ、コマ」
流石のコマも私がこの場にいることが理解出来ていないみたいだ。そんな困惑する可愛いコマをじっと見つめてみる。
花嫁らしくティアラを載せているのは、いつも以上に艶やかなため息が出るくらい美しい黒髪。普段お化粧なんて必要ないくらい綺麗だけれど、薄くメイクされたコマはさらなる輝きを見せてくれている。淡い口紅に塗られた唇は、私を誘うように煌めいて。
身に纏うのはただの一点も汚れのない、華麗なウエディングドレス。コマの雪原のような肌を思わせる白いスカートがふわりと床まで広がっている。
……まさにコマに相応しい、清楚で可憐な花嫁姿。夢にまで見たコマのその姿は……美しすぎて直視しただけで身震いを起こしてしまう……
「(…………渡さない。誰にも……コマは、私のだ……)」
私の中でグツグツとマグマのように湧き上がり燃え上がる独占欲。本来なら今すぐにでもコマを連れてこの場を離脱しなければならないというのに。独占欲に支配された私は、コマを引き寄せ目を閉じて……そして……
「ん……」
「ひゃ、んっ……!?」
この場にいる全員に見せつけるように、コマの唇を奪い取っていた。重なり合う唇と唇……これだけなら今朝も当然のように二人でやっていたけれど……今の私がそんなんで終わるわけがない。
舌を差し入れ、こじ開けて。わざと聞こえるようにぴちゃりぴちゃりと唾液の音を会場に響き渡らせる。柔らかく温かな唇を、舌を、粘膜を……隅から隅まで味わい尽くす。
そうしてたっぷりキスを堪能したところで……唇をおもむろに離してあげる。ゆっくりと透明な橋がとろりと私とコマにかかっていた。
「は、ぅん…………ま、まこ……ねえさまぁ……♡」
「っと……いけない。これじゃコマ、走れないか……
うっかりキスでとろとろに蕩けちゃって、クラゲちゃんみたいに足腰がたたない様子のコマ。このままでは逃げ出すのも困難だろう。いかんついやっちまった……体格的にちょっと厳しいけれど……そうも言ってられないか。
「……ごめん、ちょっと手荒だけど……しっかり私に掴まってねコマ」
「は、はぃ……♡」
「それでは皆さん、花嫁は私がいただきます。…………コマは、誰にも渡しません。だって私の嫁なんですから」
そんなコマをお姫様抱っこして、誰かに止められる前にそんな台詞と共に颯爽とこの場を後にする私。
…………フッ。決まったぜ……
なお、盛大にかっこつけたその5分後。正気を取り戻したコマに『あれはブライダルモデルの写真撮影だったんです……』と真相を教えて貰った私は現場に全速力で戻り、関係者さん全員に向け全力のかっこ悪い土下座を晒す羽目になったのは、もはや言うまでもない事だろう。
幸いにもコマにブライダルモデルを紹介したちゆり先生や沙百合さん。そしてカメラマンさんに式のスタッフの皆々様は許してくれた――と言うか。
『これはこれで色んな意味でインパクトあるからありなんじゃない?』
『あ、あはは……そうですね。スタッフさんたちも喜んでるみたいですし』
『ね、ねっ!閃いた!コレさ、女の子同士のウエディングプランに使えるんじゃない!?』
『それだ!折角だから今からその路線で行こう!』
と、私とコマの一連の騒動を激写した写真を同性のウエディングプランの広告に嬉々として使うことにしたらしい。商魂たくましいというか何と言うか……
「うぅ……こ、コマもごめんね……私ったらとんでもない勘違いしてコマにまで恥をかかせちゃって……」
「いいえ……最高でしたよマコ姉さま……♪いずれ執り行う姉さまとの式の素敵な予行演習になりましたから」
「い、言っとくけど……モノホンの式の時はあんなディープなキスはしないからね!?」
「…………え。しないん、ですか?してくれないんですか……?」
「…………し、式が終わって……二人っきりになったら……するけど」
「はい……♡」




